崩落

藍色綿菓子

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偉業

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 歴史に残る偉業。今後もこの人類の歴史が続いていくという予測が立ち、危機を脱した可能性が高く見込める。それは素晴らしいことなんだろう。
 しかし私は、世界はもう終わったのだと思っていた。だからこそ、払った犠牲という物がある。私だけに限らない。誰もがそう、未来を諦めたからこそ平穏に暮らし、色々なことを放棄した。教育の場が消え、生活のシステムが崩壊し、人は友人知人を切り捨てた。それが今になってから未来を示されて、どうしろと言うのだ。これまでの選択が、来ると思っていた終わりに向けての準備の全てが、未来への礎の一つだったと言い捨てられるのか。
 治療薬の完成を喜ぶ人達が、もし本当に心の底から笑っているのなら、大切なものが欠けてしまった気がしてならない。あまりにも多くを失った。倫理を、人権を、尊厳を。私は笑いたくはない。
 それでも、人間の記録がこれからもずっと続いていくのなら、今日のような日は些細だ。例えば私が今少し絶望していたとしても。未来のためには、この思考はまさしく非生産的な感情論であって、全くの無価値なのである。
 世界はいつも残酷だ。誰かの光は、誰かの心の闇になる。

「俺はなぁ、こんな世の中でもな。お前一人無事でいてくれさえすれば良いと思うんだよ」
 不意に虫が言った。思考がゆっくりと霧散する。
「テレビに出てきそう。お前私の何なんだよ」
 虫は勢いづいて言った。
「そりゃあ、もう! 一蓮托生、一心同体いや二心同体」
「寄生虫め!」
 お前はいい奴だよ、この前のは、伝わらなかったけど、あのガキもいつかわかるさ……お前は生き残るべきなんだ、と虫が言う。生き残ってどうするというのか。家族は皆安楽死した。私を置いて。
 安楽死といえば、それを取り扱っていた大企業の一人娘である友人は今どうしているのか。ニュースを見たなら、人々が希望を持ってしまった今、商売あがったりだと嘆くかもしれない。想像して楽しくなった。嘆いても喜んでも、彼女の表情は変わらないのだろうが。
 逞しい人なので、すぐに新たな取り組みを始めるのだろうと思う。以前に開発して売れなくてやめた、義手義足を再販しようとするかもしれない。
 いつも忙しない彼女の活力に触れたくなった。電話を取り出して、番号を打とうとするが、どうにも思い出せない。共通の友達が一人、荷台で運ばれていったと教えなくてはならない。番号をどこかにメモしてあったような気がする。メモというより何か便利な記憶媒体に記憶してあったような。それが何だったか思い出せない。闇雲に冷蔵庫を開けては閉める。洗濯機の中に野菜が入っていた。
「何か探してる? お茶でも飲もう! 頭おかしいのは水分不足が原因なんだってナサが発表してたろ? ナサを信じるんだ! ナサを!」
 少し頭が痛かった。戸棚に番号は入っていなくて、ごぼう茶があったのでお湯を沸かしてみる。熱してもお湯が思うような色に染まらない。脳に損傷が蓄積されている。少し休めば番号の置き場所を思い出す筈だ。野菜を乾燥機に移した。
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