愛などもう求めない

一寸光陰

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予知夢

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「皇子殿下!皇子殿下!」
キンキンと頭に響く甲高い声で起こされる。
「なんてお寝坊な方なのかしら!早く起きてくださいませ!」
「…んん…。」
目を覚ますと侍女のアーヌが眉を吊り上げて、体を揺さぶっていた。
「さっさと起きて、お着替えをしてください!朝ごはんが食べられませんよ!」
アーヌに急かされ、顔を洗い、着替える。
侍女たちが朝ごはんを持ってくる。
「…きゃっ!!」
1人の侍女が何かに躓き、盛大に転ぶ。大好きな果物がコロコロ転がり、お気に入りの皿が大きな音を立ててパリンと割れる。
「も、申し訳ありません!皇子殿下!」
侍女が真っ青な顔をして謝る。
「別に気にしてないよ。そんなことよりも怪我はない?」
侍女の顔がパッと明るくなる。
「私めを気にかけてくださってありがとうございます!今すぐ片付けますね。」
平常心を保っているように見えるヴェリテだが、内心とても混乱していた。

夢で見た内容と全く一緒だ!
確か、夢での僕は怒って侍女を解雇するんだ。そのことが広まってお兄様に嫌われる。

ヴェリテは兄の冷ややかな視線を思い出し、ドキリとした。

「皇子殿下、寛容になられましたね。大人になられて本当に嬉しいです。」
ガルディエーヌが微笑む。
今までのヴェリテは少し我儘であった。
父親である皇帝は月に1回、晩餐会でしか会わない。母は自分を産む時に亡くなってしまった。
ヴェリテはいつも寂しかった。家族からの愛に飢えていた。少しでも自分のことを気にかけて欲しくて、小さな癇癪を起こしたりもした。
だが、今のヴェリテにはできそうにもなかった。未だにあの悪夢のことを引きずっているのだ。

夢だ、夢だ、ただの夢だ!

…でも本当に?

悪夢と同じことが現実でも起こった。怖くてたまらない。
「今日のお昼は陛下と王太子殿下の3人で昼餐会がございます。たっぷりおめかしして参りましょうね。」
ガルディエーヌがやる気に満ち溢れた顔で言う。
「…昼餐会。」
夢の通りにいくのであれば、昼餐会でヴェリテはナイフを落としてしまう。慌てるヴェリテに兄は悪態をつき、父親はため息をついて、最悪な思い出として記憶に残るはずだ。
ヴェリテの心臓はドクドクと素早く鼓動した。


静かな部屋に僅かに食器の当たる音がする。と言っても、兄も父もテーブルマナーは完璧で、音を出しているのはヴェリテだけだ。
悪夢のこともあり、ヴェリテはますます緊張する。食事も喉を通らない。
なんとか喉の渇きを潤そうとコップに手を伸ばす。
「あ!」
ガチャンと音がしてナイフが床に落ちた。
「あ、ああ。」
ヴェリテは狼狽える。悪夢と一緒だ。悪夢は予知夢だったのか。じゃあこのままいけば…。
「はっ。まだテーブルマナーも覚えてられないとはな。家庭教師が言ってたぞ。お前は物覚えが悪いとな。」
兄の貫くような鋭い視線が刺さる。母親譲りの美しい菫色の瞳は冷ややかに細められている。
父親ははぁっと大きなため息をついた。
そこに何やら男の人が現れた。父親の耳元で何かを囁く。
「仕事が入った。ここで失礼する。」
父親は踵を返して去っていった。
「俺ももういらない。食欲が失せた。」
兄もそう言って去っていった。
1人残されたヴェリテは嗚咽をあげた。

夢のまんまじゃないか。こんなのってあんまりだ。酷い、酷すぎる。

トボトボと自室に戻っていると、何やら話し声が聞こえてきた。
侍女のアーヌと護衛のヴィスだ。
「せっかく王宮で働けるって思ったのに、あんなガキのもとだなんて最悪だ。」
「あの子は本当にドジでマヌケで見ていてイライラするものね。」
「護衛していてもよく転ぶもんだから無視してやろうかって思う時さえあるよ。」
「それに、あの瞳と髪。陛下は銀髪に赤目でしょ。亡くなられた皇后は金髪に菫色の瞳だった。それだというのに、皇子殿下は茶髪茶目!まるで平民みたい!」
「本当に王族なのか怪しいもんだな。」

アーヌに嫌われているとは何となく勘づいていた。しかし、ヴィスもそんなことを考えていたとは。いつも優しい笑みを向けてくれた。退屈な時おしゃべりに付き合ってくれていた。
全て、嘘だったのか。
それ以上2人の会話を聞いていられず、ヴェリテは急いで自室に帰った。

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