愛などもう求めない

一寸光陰

文字の大きさ
4 / 24

決意

しおりを挟む
婚約者と面会した後、ヴェリテは1人泣いていた。

「ひくっ…ひくっ…うぅっ…。」
家族にも、婚約者にも自分は愛されていなかったのだ。その事実が7歳の小さな肩に重くのしかかる。
部屋に飾られた、美しく微笑む母親の肖像画を見る。美しい金髪、聡明そうな菫色の瞳。しかし、暖かい雰囲気を纏う彼女は全く自分に似ていない。

「僕はお母様の子ではないのですか…?では誰の子だというのですか…?」

このままいけばヴェリテは死ぬ。父親に殺されて呆気なく死ぬのだ。

「うぅ…ひくっ…ひくっ…」

静かな部屋に泣き声だけが共鳴する。
だんだんと体が熱くなってきた。フラフラとしてきて意識が朦朧とする。
ベッドに倒れ込み、そのまま意識を失ってしまった。

「皇子殿下!お目覚めになられたのですね!心配いたしました。」
ガルディエーヌがほっと一息つく。
「僕、何があったの…?」
「熱を出されたのですよ。でも大丈夫です。すぐ良くなるとお医者様が。」

その後も微熱のような状態がしばらく続き、ずっとベッドの上で苦しんでいた。
しかし、家族は誰もお見舞いに来なかった。
「陛下は忙しくてお見舞いに来れないのですって。」
アーヌが口元を歪めて笑う。
そんなことを言われても何も悲しくなどなかった。初めから期待などしていない。
父は僕のことを愛していないのだから。
このまま愛されず、皆んなから憎まれ死んでいくのだ。


そんなの、そんなの絶対に嫌だ!

突如としてヴェリテの中で強い感情が芽生えた。

何としてでも生き延びてやる。次こそは、自分を愛してくれる人を見つけ、幸せに暮らすんだ。

ヴェリテは強く決意した。

王宮を出よう。
知り合いのいない遠い国で静かに暮らそう。

ヴェリテは逃亡計画を立てた。


「随分と勉強熱心になられましたね。」
ガルディエーヌが褒める。
「勉強の大切さに気づいたんだ。」
知識がなければ、外に出たところですぐに死んでしまう。どこの国へ逃げるのか、どんな職に就くのか、最適な選択肢を選ぶためにも勉強は重要だった。

「とてもお上手です!皇子殿下は刺繍の才能がございますわ!」
マダムに褒められヴェリテは恥ずかしそうに微笑む。
ヴェリテは男だが、将来ジュスティスの元に降嫁することが決まっている。だから剣術の時間よりも刺繍の時間のほうが多く取られていた。

お針子になるのもいいかもしれないな。

ヴェリテはそんなことを考える。
「これは百合ですね!こんなに緻密に縫える方はそうそういらっしゃらないでしょう。」
「ありがとうございます。」
ヴェリテは刺繍の時間が大好きだった。


普段、夕食は部屋で1人で食べているのだが、今日は父親と兄と食べることになった。
ヴェリテは面倒くさいと思いつつも、しばらくの辛抱だから、と身を引き締める。
ヴェリテの目標は15歳で逃亡することだ。

「お待たせいたしました、陛下。」
陛下という言葉に父親はぴくりと眉を動かす。
「いつから陛下と呼ぶようになったのだ?」
「僕ももう7つになりました。きちんと立場はわきまえたほうがいいかと思いまして。」
こんなの建前である。本当は父親を父親と思えなくなってしまったからだ。
「最近、とても勉学に励んでいると聞いている。刺繍の腕前も素晴らしいそうだな。」
「お褒めいただきありがとうございます。」
「何か褒美を与えよう。何でもいい。言ってみなさい。」
「では、外国語を学びたいです。」
「今、エトランジャー語学んでいるではないか。」
「他の語も学びたいのです。」
「分かった。手配しよう。」
またシンとした静寂が訪れる。普段はヴェリテが必死に話題を提供していたが、今回はそんなつもりは毛頭ない。
「今日はやけに静かだな。」
兄が感情のよく読めない表情で言う。
「殿下は煩いのがお好きではないとお聞きしたので。」
殿下という言葉に兄は眉を顰める。
「なぜ俺のことも殿下と呼ぶ?いつもはお兄様と呼んでいるではないか。」
「陛下と同じ理由です。もう、そんな歳ではないので。
…すみません、体調が良くないようなのでここで失礼させていただきます。」
ヴェリテは席をたった。
兄も父もその様子をポカンと眺めた。


しおりを挟む
感想 68

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

愛されることを諦めた途端に愛されるのは何のバグですか!

雨霧れいん
BL
期待をしていた”ボク”はもう壊れてしまっていたんだ。 共依存でだっていいじゃない、僕たちはいらないもの同士なんだから。愛されないどうしなんだから。 《キャラ紹介》 メウィル・ディアス ・アルトの婚約者であり、リィルの弟。公爵家の産まれで家族仲は最底辺。エルが好き リィル・ディアス ・ディアス公爵家の跡取り。メウィルの兄で、剣や魔法など運動が大好き。過去にメウィルを誘ったことも レイエル・ネジクト ・アルトの弟で第二王子。下にあと1人いて家族は嫌い、特に兄。メウィルが好き アルト・ネジクト ・メウィルの婚約者で第一王子。次期国王と名高い男で今一番期待されている。 ーーーーー 閲覧ありがとうございます! この物語には"性的なことをされた"という表現を含みますが、実際のシーンは書かないつもりです。ですが、そういう表現があることを把握しておいてください! 是非、コメント・ハート・お気に入り・エールなどをお願いします!

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 2025.4.28 ムーンライトノベルに投稿しました。

目線の先には。僕の好きな人は誰を見ている?

綾波絢斗
BL
東雲桜花大学附属第一高等学園の三年生の高瀬陸(たかせりく)と一ノ瀬湊(いちのせみなと)は幼稚舎の頃からの幼馴染。 湊は陸にひそかに想いを寄せているけれど、陸はいつも違う人を見ている。 そして、陸は相手が自分に好意を寄せると途端に興味を失う。 その性格を知っている僕は自分の想いを秘めたまま陸の傍にいようとするが、陸が恋している姿を見ていることに耐えられなく陸から離れる決意をした。

人生はままならない

野埜乃のの
BL
「おまえとは番にならない」 結婚して迎えた初夜。彼はそう僕にそう告げた。 異世界オメガバース ツイノベです

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

処理中です...