愛などもう求めない

一寸光陰

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準備

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「あははっ」
「お待ちください、ヴェリテ様~!」
笑い声が中庭に響く。
ヴェリテとガルディエーヌが追いかけっこをしていた。

「久しぶりに笑っているところを見たな。」
最近は大人びて、まるで成人のような振る舞いを見せるヴェリテだが、ガルディエーヌの前ではまだ7歳児なのだということを実感させられる。
「声をおかけになられてはいかがですか?」
従者のメイユーラミが提案する。
「いや、やめておこう。俺が話しかけると、きっと笑わなくなるだろう。」
「陛下…。」
メイユーラミは何と声をかければいいのか分からず戸惑った。
「で、でも!来月は皇子殿下のお誕生日ではございませんか。素晴らしいものにすればきっと喜んでいただけますよ!」

その言葉を聞いてハッとする。来月はヴェリテの誕生日だったのか。そんな大事なことも忘れていた。今までいかにヴェリテのことを冷遇していたのかということをまざまざと見せつけられて胸が痛くなる。

「あははっ!ガルディエーヌ!こっちこっち!」
弾けんばかりの笑顔はタンドレッスを思い出させた。

「タンドレッス…。」
呟いた声は誰にも届かなかった。


「今日はお洋服を仕立てますよ。急いで準備してくださいね。」
「何のために?」
「来月のヴェリテ様のお誕生日パーティーのためですよ!」
「…あぁ、忘れてた。」
ガルディエーヌは眉を下げる。

数カ月前、急に様子の変わったヴェリテは家族というものに興味を失ったようだった。ヴェリテのような幼い子供にとって家族からの愛は必要不可欠なものだ。このままでは良くないと、今までにも増して精力的にお世話をした甲斐もあってか、自分には懐いてくれているヴェリテだが、それでもまだ、心の傷は癒えてはいないようだ。

「最高のお誕生日にしましょうね!」
ウキウキとするガルディエーヌを横眼にヴェリテは心の中でため息をつく。
朝早くから支度をして、昼には国民に向けてスピーチをして、夜はパーティーに出席する。忙しいことこの上ない。
ヴェリテは毎年、父や兄からの誕生日プレゼントを楽しみにしていたが、いつも欲しいものはくれなかった。煌びやかな宝石のついた剣、美しい羽のペン…。そんなものよりも、ヴェリテは家族で過ごす時間が欲しかった。しかし、誕生日というにも関わらず、父や兄はお誕生日おめでとうの一言しか会話せず、その後は貴族たちとばかり話していた。

「お誕生日おめでとう!今度家族みんなで南の島の別荘に行かないか?」
「お誕生日おめでとう!お前は自慢の弟だよ。」

こんな妄想をしては、自分を慰めて眠りについた。

でも、もうそんなことをする必要はない。本当の家族はガルディエーヌだけなのだから。

「ねぇ、ガルディエーヌ、今度2人で旅行に行きたいな。」
「いいですね!南の島でもいかがでしょう。海鮮が美味しいそうですよ。」
「うん!楽しみ。」
「では、早くお召し物の採寸を終わらせて、旅行の計画を立てましょう!」


その日の夕食も家族3人で取ることになった。最近、こういった機会が増えてきてヴェリテは困惑していた。

愛して欲しいと願っていた頃は手に入れられず、諦めた今は家族の時間が増えるなんて、皮肉なものだ。
長く時間を共にすればするほど、離れがたくなるだろう。15歳で逃亡しようと考えているが、もっと早めたほうがいいのかもしれない。

「ヴェリテ、何か欲しいものはあるか?」
「え?」
「来月はお前の誕生日だろう。」
「あぁ、そうでしたね。忘れていました。では、ガルディエーヌと南の島の別荘に行きたいです。」
「わかった。」
「俺からも何かプレゼントを贈ろう。何がいい?」
兄にそう尋ねられ、ヴェリテは驚く。
「プレゼントをくださるのですか?」
「弟の誕生日だ。あげないわけがないだろう。」

今まで1度もくれたことなどなかったくせに。

ヴェリテは睨みつけたくなる気持ちを抑えた。
「お気持ちだけで十分です。今までも貰えなくて困ったことなどありませんでした。」
つい、嫌味が出てしまってヴェリテは焦る。できるだけ波風立たせずに、静かにここを去るつもりなのに。今までの寂しかった日々を思い出して、思わず口にせずにはいられなかった。

「そうか…。」
意外にも兄は怒らなかった。視線を落とし、唇をグッと噛み締めるだけだった。

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