愛などもう求めない

一寸光陰

文字の大きさ
19 / 24

逃亡

しおりを挟む
もうこれ以上はここにはいられない。

そんな思いがずっとヴェリテの頭を支配し続けていた。

少し瞼を閉じただけであの夢のことを思い出せる。

父と兄の冷たい視線。
ファクティスに寄り添う婚約者。

少しの差異はあるものの、夢の通りになってきている。
ヴェリテはそう確信していた。

早くここから出よう。
嫌な思い出ができる前に。
幸せな思い出だけ連れて行って。


時刻はもう真夜中。
人の多い王宮も静まり返っている。

ヴェリテはずっしりと重いリュックを背負った。
リュックの中にはいくつかの宝石と、幾らかのお金、硬いパンが入っている。

ヴェリテは自室の机の上に手紙を4つ置いた。

脱出するのは簡単だった。ずっと前から逃亡を考えていたのだ。護衛の目をくぐり、いとも簡単に王宮の外に出る。

振り返って王宮を見ると、今までの幸せの日々が走馬灯のように甦ってきた。

ガルディエーヌに抱きしめられたこと、父に愛していると言われたこと、兄に勉強を教えてもらったこと、ジュスティスにキスされたことーー。

全ての思い出がキラキラとヴェリテの胸の中で輝いていた。

この思い出とともに生きていく。

あぁ、とても幸せだったな。

「さようなら、お元気で。」

そう呟くと、2度と戻って来れないような気がした。


「ヴェリテ様。…ヴェリテ様?」
返事のないヴェリテを訝しむ。
ヴェリテは早起きでいつもすぐに目を覚まされるのに。

「ヴェリテ様…?」

悪い予感にガルディエーヌの胸はバクバクと鳴る。

ベッドの上にヴェリテの姿はなかった。


「探せ!何がなんでも!今すぐに!!兵を用意しろ!」
皇帝が声を張り上げる。
「お待ちください!落ち着いてください、陛下!」
「大事な息子が消えて落ち着いていられるわけがないじゃないか!」
「あなたは父親であって、一国の皇帝でもあるのですよ!」
メイユーラミの声にハッとする。

「ヴェリテ様は手紙を残されたとお聞きしました。自分の意思で出て行ったことは確かです。暴漢にさらわれたなどということではありません。焦ってはなりません。
大事にしてしまえば、これはこの国の弱みになってしまいます。慎重に、密かにヴェリテ様を探さなくてはなりません。誰にも悟られぬように。」
「はっ!息子1人思うように探せないなんてな。
俺は最後まで父親らしいこともできないのか。」
「陛下…。」

皇帝は頭に重くのしかかった王冠を煩わしく思った。


皇帝の命で密かにヴェリテ探しは行われた。王宮でもヴェリテが消えたことを知るものは少ない。表向きは病気のため部屋で療養ということになっている。

「ヴェリテ…。」

また、俺は大事な人を失ってしまうのか。

彼の微笑んだ顔が瞼の裏に浮かび上がり、儚く消えた。
しおりを挟む
感想 68

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

愛されることを諦めた途端に愛されるのは何のバグですか!

雨霧れいん
BL
期待をしていた”ボク”はもう壊れてしまっていたんだ。 共依存でだっていいじゃない、僕たちはいらないもの同士なんだから。愛されないどうしなんだから。 《キャラ紹介》 メウィル・ディアス ・アルトの婚約者であり、リィルの弟。公爵家の産まれで家族仲は最底辺。エルが好き リィル・ディアス ・ディアス公爵家の跡取り。メウィルの兄で、剣や魔法など運動が大好き。過去にメウィルを誘ったことも レイエル・ネジクト ・アルトの弟で第二王子。下にあと1人いて家族は嫌い、特に兄。メウィルが好き アルト・ネジクト ・メウィルの婚約者で第一王子。次期国王と名高い男で今一番期待されている。 ーーーーー 閲覧ありがとうございます! この物語には"性的なことをされた"という表現を含みますが、実際のシーンは書かないつもりです。ですが、そういう表現があることを把握しておいてください! 是非、コメント・ハート・お気に入り・エールなどをお願いします!

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 2025.4.28 ムーンライトノベルに投稿しました。

目線の先には。僕の好きな人は誰を見ている?

綾波絢斗
BL
東雲桜花大学附属第一高等学園の三年生の高瀬陸(たかせりく)と一ノ瀬湊(いちのせみなと)は幼稚舎の頃からの幼馴染。 湊は陸にひそかに想いを寄せているけれど、陸はいつも違う人を見ている。 そして、陸は相手が自分に好意を寄せると途端に興味を失う。 その性格を知っている僕は自分の想いを秘めたまま陸の傍にいようとするが、陸が恋している姿を見ていることに耐えられなく陸から離れる決意をした。

人生はままならない

野埜乃のの
BL
「おまえとは番にならない」 結婚して迎えた初夜。彼はそう僕にそう告げた。 異世界オメガバース ツイノベです

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

グラジオラスを捧ぐ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
憧れの騎士、アレックスと恋人のような関係になれたリヒターは浮かれていた。まさか彼に本命の相手がいるとも知らずに……。

処理中です...