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第一章 恋愛編
第18話 苛立ち
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◇ 拓弥 ◇
「佐野、お前今まで何してたんだ?例のプロジェクトお前無しで進めるの大変だったんだぞ!」
「申し訳ありません。地震の際に地盤沈下に巻き込まれて、遭難しておりまして…。」
「そんな言い訳は聞きたくない!おい、これから来れるんだろ?」
「いえ…。地震で頭を強く打ったせいで脳内出血を引き起こしまして。緊急手術して入院しているんです。」
「何だと?…たく、使えねぇな。お前は見込みのある奴だと思っていたんだが…。まぁいい。お前の仕事は、長谷川に引き継がせるから。プツッ…。ツーツー。」
「はぁ…。」
俺は、ロボットを開発する企業に勤めている。
先程の上司は、口は悪いが情熱にあふれ、他の同僚たちもその情熱に触発され、次々に成果を上げていた。
俺もその一人で、三年間にわたってこの分野のノウハウを徹底的に学び、期待される若手のひとりとして名を上げるまでに至っていた。
俺は、この職に心躍る思いを抱えていた。
まだ発展途上の企業であるが、恐らくは数年後には世間に認められる一流企業に成長することであろう。
自分がその一端を担えることは、誇らしくもあった。
今回の地震によるアクシデントは、運命の悪戯とも言える深い憂いを秘めたものであった。
結果、同僚たちの日常を狂わせ、多大な迷惑をかけることとなってしまった。
未来の見通しは不透明で、入院とリハビリという険しい道のりが待ち受けている。
「この手じゃあな…。」
思うように動かせなくなった右手を見つめて、再び溜息を零した。
ロボットの組み立てを担うことがあり、手先を行使する作業ではきっと問題が起こるだろう…。
麻痺が表れたのも利き手である右手であることが更に輪をかけて痛手となった。
《ピッピッピッ…ピッピッピッ…。》
恵美からの着信である。
「ねぇ、拓弥?入院したの?今、冴木部長が怒り心頭で事務所に入ってきたわ。」
「ああ。連絡遅れて悪かったな。地震に巻き込まれて頭を打って、頭の中で出血したらしいんだ。そのまま救急搬送されて、緊急手術した後なんだよ。気を失ってて、気づいたらベッドの上だったよ。」
「まあ!大変じゃない!早退して今から向かうわ!」
「まだ仕事中だろ?手術は無事成功したらしいし、慌てて来なくていいよ。仕事終わってから寄ってくれればいいから。」
「わかったわ。仕事が終わり次第向かうわね。下着の替えとか必要でしょ?」
「ああ。そうだね。助かるよ。」
「場所はどこ?」
「神口川病院だよ。」
「えっ…?」
恵美が驚きの声を上げた。
「恵美?どうした?」
「うんん。何でもないの。」
恵美との電話を切り、俺は再び横たわった。
頭蓋骨には手術の際に開けた穴があり、まだ傷が激しく疼いていた。
回復の兆しを見せ始めたら、リハビリにも励まねばならないだろう。そうしたら、この麻痺をどうにかしなければ…。
◇◇◇
夕暮れの時刻、病院から通常の食事が届けられた。
頭はこうした状況だが、他の部分は躍動感に満ち溢れているようだ。
前に食べたのは、真由と遭難時に半分ずつ分け合ったキャロリーメイトスだけで、それが最後の食べ物である。
それから一日近くも何も食べていなかったのだった。
俺は、流石に空腹感に襲われた。
病院食が不味いという噂を聞いたことがあるが、それは甘えた意見に過ぎない。
極限状態を味わった俺には、病院食もありがたい恵みに感じられた。
献立は、白米、肉豆腐、里芋とヒジキの煮物、味噌汁であった。
食事と対面して直ぐに胃腸の動きが活発に働き出して、身体は反射的に食事摂取の準備が整えられた。
添えられた箸を手にする…。
箸を持った感触は鈍く、意識とは裏腹に自由に動かすことが難しい。
何とか握る動作までは行くものの、箸で物を掴む動作は極めて困難であった…。
「クソがぁ!」
思い通りに動かない手に苛立ちを覚え、箸を思い切り投げつけた…。
《カランカラン…。》
壁に激突した箸は、音を立てて床に転がった。
余りにも惨め過ぎて泣きそうになる…。
「らしくないわね。そんなにイラつくなんて…。」
目の前に現われたのは、恵美だった。
恵美は、直ぐにナースコールを押して看護師を呼びつけた。
「箸を落としてしまったので、持って来て頂けませんか?」
落ち着いた様子で恵美は対応している。
新しい箸と、別にスプーンを持った看護師が現われて恵美に手渡した。
「拓弥…。こんな姿になって可哀想に…。手はどうしたの?」
「急性硬膜下血腫の後遺症で、右半分が麻痺を起こしてる。思い通りに身体が動かせなくなってしまっているんだ。」
「まあ…。なんてこと。それでイラついていたのね。拓弥、リハビリすればきっと良くなるわよ。気を落とさないでね。」
「ああ、そうだね。心配かけてすまない。」
「いいのよ。さあ、お腹空いたでしょ?私が手伝うからね?」
「ありがとう、恵美。」
恵美は、食べやすい大きさに煮物をスプーンで取り、口に運んでくれた。
「どう?」
「味はともかく、久しぶりの食事で生き返ったよ。」
「ねぇ、こんなに可愛い彼女に食べさせて貰っておいて、その点に関するコメントはないのかしら?」
「いやぁ、そうだね。気づかなくてごめん。もちろん、恵美に食べさせて貰っている分、余計に美味く感じるよ。」
「何か私が言わせてるみたいじゃない?」
「えっ、違うの?」
「うふふ。拓弥ったら意地悪ね!」
「あはは。」
俺は、卑怯な男だ。
真由に対して再び心惹かれ始めているのに、恵美との時間も心地良く感じているのだから…。
しかし最近、恵美が何となく真由に似ているように感じられる。
それは単に外見の類似ではなく、存在感や雰囲気が重なるものがあるからだ。
恵美との交際を始めた動機の一つは、その美しさにあったかもしれないが、冷静に考えると、俺が真由に抱いているイメージに似ているからかもしれないと思う。
自分自身が今後どのように行動すべきか、そしてどうしたら正しい決断ができるのか、未だに明確な答えが見つからない。
今後の病院生活の時間を利用して、熟考し、自分の本心を見つめ直していくつもりだ。
食事の時間が終わり、恵美は帰り支度を始めている。
「新しく買い揃えた下着とシャツを置いて置くわね。じゃあ、明日も仕事あるから今日は帰るね。また明日帰りに寄るから。」
「うん。恵美助かったよ。ありがとうな。」
「ええ。おやすみ!」
恵美とお互いに手を振り、その後彼女は部屋を後にした。
俺は、一人になった部屋で自分が考えたトレーニングを始めた。
麻痺の回復を目指して右手や右足の体操を行ったり、左手を利き手にする為に、細かな動作をするような練習した。
もちろん、簡単に全てができるわけではないが、徐々に乗り越えていこうと前向きに考え始めたのであった…。
「佐野、お前今まで何してたんだ?例のプロジェクトお前無しで進めるの大変だったんだぞ!」
「申し訳ありません。地震の際に地盤沈下に巻き込まれて、遭難しておりまして…。」
「そんな言い訳は聞きたくない!おい、これから来れるんだろ?」
「いえ…。地震で頭を強く打ったせいで脳内出血を引き起こしまして。緊急手術して入院しているんです。」
「何だと?…たく、使えねぇな。お前は見込みのある奴だと思っていたんだが…。まぁいい。お前の仕事は、長谷川に引き継がせるから。プツッ…。ツーツー。」
「はぁ…。」
俺は、ロボットを開発する企業に勤めている。
先程の上司は、口は悪いが情熱にあふれ、他の同僚たちもその情熱に触発され、次々に成果を上げていた。
俺もその一人で、三年間にわたってこの分野のノウハウを徹底的に学び、期待される若手のひとりとして名を上げるまでに至っていた。
俺は、この職に心躍る思いを抱えていた。
まだ発展途上の企業であるが、恐らくは数年後には世間に認められる一流企業に成長することであろう。
自分がその一端を担えることは、誇らしくもあった。
今回の地震によるアクシデントは、運命の悪戯とも言える深い憂いを秘めたものであった。
結果、同僚たちの日常を狂わせ、多大な迷惑をかけることとなってしまった。
未来の見通しは不透明で、入院とリハビリという険しい道のりが待ち受けている。
「この手じゃあな…。」
思うように動かせなくなった右手を見つめて、再び溜息を零した。
ロボットの組み立てを担うことがあり、手先を行使する作業ではきっと問題が起こるだろう…。
麻痺が表れたのも利き手である右手であることが更に輪をかけて痛手となった。
《ピッピッピッ…ピッピッピッ…。》
恵美からの着信である。
「ねぇ、拓弥?入院したの?今、冴木部長が怒り心頭で事務所に入ってきたわ。」
「ああ。連絡遅れて悪かったな。地震に巻き込まれて頭を打って、頭の中で出血したらしいんだ。そのまま救急搬送されて、緊急手術した後なんだよ。気を失ってて、気づいたらベッドの上だったよ。」
「まあ!大変じゃない!早退して今から向かうわ!」
「まだ仕事中だろ?手術は無事成功したらしいし、慌てて来なくていいよ。仕事終わってから寄ってくれればいいから。」
「わかったわ。仕事が終わり次第向かうわね。下着の替えとか必要でしょ?」
「ああ。そうだね。助かるよ。」
「場所はどこ?」
「神口川病院だよ。」
「えっ…?」
恵美が驚きの声を上げた。
「恵美?どうした?」
「うんん。何でもないの。」
恵美との電話を切り、俺は再び横たわった。
頭蓋骨には手術の際に開けた穴があり、まだ傷が激しく疼いていた。
回復の兆しを見せ始めたら、リハビリにも励まねばならないだろう。そうしたら、この麻痺をどうにかしなければ…。
◇◇◇
夕暮れの時刻、病院から通常の食事が届けられた。
頭はこうした状況だが、他の部分は躍動感に満ち溢れているようだ。
前に食べたのは、真由と遭難時に半分ずつ分け合ったキャロリーメイトスだけで、それが最後の食べ物である。
それから一日近くも何も食べていなかったのだった。
俺は、流石に空腹感に襲われた。
病院食が不味いという噂を聞いたことがあるが、それは甘えた意見に過ぎない。
極限状態を味わった俺には、病院食もありがたい恵みに感じられた。
献立は、白米、肉豆腐、里芋とヒジキの煮物、味噌汁であった。
食事と対面して直ぐに胃腸の動きが活発に働き出して、身体は反射的に食事摂取の準備が整えられた。
添えられた箸を手にする…。
箸を持った感触は鈍く、意識とは裏腹に自由に動かすことが難しい。
何とか握る動作までは行くものの、箸で物を掴む動作は極めて困難であった…。
「クソがぁ!」
思い通りに動かない手に苛立ちを覚え、箸を思い切り投げつけた…。
《カランカラン…。》
壁に激突した箸は、音を立てて床に転がった。
余りにも惨め過ぎて泣きそうになる…。
「らしくないわね。そんなにイラつくなんて…。」
目の前に現われたのは、恵美だった。
恵美は、直ぐにナースコールを押して看護師を呼びつけた。
「箸を落としてしまったので、持って来て頂けませんか?」
落ち着いた様子で恵美は対応している。
新しい箸と、別にスプーンを持った看護師が現われて恵美に手渡した。
「拓弥…。こんな姿になって可哀想に…。手はどうしたの?」
「急性硬膜下血腫の後遺症で、右半分が麻痺を起こしてる。思い通りに身体が動かせなくなってしまっているんだ。」
「まあ…。なんてこと。それでイラついていたのね。拓弥、リハビリすればきっと良くなるわよ。気を落とさないでね。」
「ああ、そうだね。心配かけてすまない。」
「いいのよ。さあ、お腹空いたでしょ?私が手伝うからね?」
「ありがとう、恵美。」
恵美は、食べやすい大きさに煮物をスプーンで取り、口に運んでくれた。
「どう?」
「味はともかく、久しぶりの食事で生き返ったよ。」
「ねぇ、こんなに可愛い彼女に食べさせて貰っておいて、その点に関するコメントはないのかしら?」
「いやぁ、そうだね。気づかなくてごめん。もちろん、恵美に食べさせて貰っている分、余計に美味く感じるよ。」
「何か私が言わせてるみたいじゃない?」
「えっ、違うの?」
「うふふ。拓弥ったら意地悪ね!」
「あはは。」
俺は、卑怯な男だ。
真由に対して再び心惹かれ始めているのに、恵美との時間も心地良く感じているのだから…。
しかし最近、恵美が何となく真由に似ているように感じられる。
それは単に外見の類似ではなく、存在感や雰囲気が重なるものがあるからだ。
恵美との交際を始めた動機の一つは、その美しさにあったかもしれないが、冷静に考えると、俺が真由に抱いているイメージに似ているからかもしれないと思う。
自分自身が今後どのように行動すべきか、そしてどうしたら正しい決断ができるのか、未だに明確な答えが見つからない。
今後の病院生活の時間を利用して、熟考し、自分の本心を見つめ直していくつもりだ。
食事の時間が終わり、恵美は帰り支度を始めている。
「新しく買い揃えた下着とシャツを置いて置くわね。じゃあ、明日も仕事あるから今日は帰るね。また明日帰りに寄るから。」
「うん。恵美助かったよ。ありがとうな。」
「ええ。おやすみ!」
恵美とお互いに手を振り、その後彼女は部屋を後にした。
俺は、一人になった部屋で自分が考えたトレーニングを始めた。
麻痺の回復を目指して右手や右足の体操を行ったり、左手を利き手にする為に、細かな動作をするような練習した。
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