11 / 24
第三章《文庫本のメッセージ》
#2
しおりを挟む
行方不明となった本――不明本(不明除籍図書)。実際問題、不明本は図書館にはつきものだ。大きな図書館であれば年間100冊を超える蔵書が姿を消す。不明本の数が1000冊を超える図書館まで存在する。
その理由は紛失や盗難。その多くは後者である。
全ての本にICを付けるといった施策は難しい。限られた予算、しかも来館者など殆どいない。そんな図書館から本が消えることなど限りなくゼロに近い。むしろ盗難以上に紛失の可能性の方が高い。
だがシオリは勿論、ショウスケも紛失などしていない。それでも少なからず不明本はあるのだから不思議だ。
とは言えそんなに何冊もはなかった。
文庫本の書架にやって来た三人は目的の本を探す。
「見当たらないですね」
「それにしても、統一感の無い作品のチョイスだな」
『羅生門・鼻』芥川龍之介
『ジャイロスコープ』伊坂幸太郎
『所轄刑事・麻生龍太郎』柴田よしき
『幻世の祈り――家族狩り 第一部』天童荒太
『にんじん』ジュール・ルナール
フミハルは、アキラの持つメモを覗き込みながらひやかす様に笑った。
メモに書かれた本はアキラのバイト先の先輩――山本フミカのチョイスなのだと言う。
書店でバイトするだけあって本好きなのだろう。純文学系からエンタメ系、なおかつジャンルも問わない。相当の読書家と見た。
しかしシオリには腑に落ちないことが一つ。
人に本を勧めるのであればもう少し統一性があった方がいい。フミハルの言う通り、あまりにも統一性がない――皆無と言っても過言ではない。
何らかの意図があってのチョイスなのだろうが……。
その意図も気にはなるが、優先すべきは不明本の捜索だ。
運がいいのか悪いのか、メモに書かれた(借りようとしている)本が不明本となっている以上、早急に探す必要がある。
それら不明本が見つけられれば、フミカの意図もわかるかもしれない。
ありきたりな日常のスパイスとしては、ちょうどいい謎なのではないか。
もしかすると何の意図もないかもしれないが、それはそれでいい。退屈しのぎとしては充分だ。
計五冊のそれらの本は全て新潮文庫の本だった。
予算の限られている図書館は、ハードカバーの本はあまり購入しない。
文庫本の方が、同じ内容でありながら値段の面でかなり安くなっている。だからと言ってハードカバーの本を全く購入しないわけではない。芥川(龍之介)賞・直木(三十五)賞や本屋大賞など、大きな賞を受賞した作品はハードカバーでも購入される。
その他は職員の独断と偏見によって購入図書を決める。
職員と言うのは司書だけでなく、大学附属図書館においては大学の講師・准教授・教授に事務職員のことも含まれる。
購入図書を決める権限は大きい順に――図書館長>教授>准教授>講師>司書>事務員となる。館長は承認が主な仕事で、購入図書に関して口を挟まない。
本来であれば教授と図書館長との間に学生が入るのだが、本図書館を利用する学生はほとんどいないため、学生の要望が反映されない。そもそも本を読まないのだから要望などあるはずもない。
ハードカバーがいいと要望があればハードカバーの購入も検討する。
だが、そんな要望はない。これまでもほとんどなかったらしい。
故に大学附属図書館は、文庫本過多の所蔵内容となっていた。
あ行の作家から順に書架に収められている。
芥川龍之介だから、あ行。それも現代作家じゃないからより優先されてあ行の最初を飾っている。
『河童・或阿呆の一生』『地獄変・偸盗』『蜘蛛の糸・杜子春』『戯作三昧・一塊の土』『奉教人の死』……ない。
書架(あ行)を探しても『羅生門・鼻』が見当たらない。
本当に行方不明だ。
捜索の前に貸し出し記録を調べてみたのだが、貸し出された記録は残っていない。
紛失は考えにくいが……盗難もまた大学附属図書館では考えにくい。
書庫の方にあるのだろうか。ショウスケに一声かけておけばよかった。
取り敢えず書架を全部見て回るか。
不明本の捜索とは地道な確認作業だ。一冊一冊、タイトルと作家を確認。
稀に似たタイトルや作家もいるので注意を払わなくてはならない。
芥川龍之介を見間違えることはないだろうけど……。
フミハルとアキラも一緒に書架を探す。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、芥川……」
「棚本、静かに探せないのか」
アキラが咎める表情で言う。
「本なんて探し慣れてないんだよ」
「本を読め、本を」
「ハミング・イェ~イだな」
「何それ?」
「え? わかんない?」
「神尾葉子」
シオリは、元ネタ(原作者)を呟く。
フミハルとアキラはキョトンとした顔で首を傾げる。
少女漫画が元ネタだから知らなくても仕方ないか。シオリは一人納得して捜索に戻る。フミハルとアキラも浮上した疑問を飲み込んで捜索に戻った。
捜索から三十分。
「シオリさん。ありました!」
フミハルに呼ばれて確認に向かう。
指さして「ここです」と達成感に満ち溢れた表情でフミハルが言う。
まだ四冊も不明本があることを忘れているのだろうか。
するとフミハルが「全部見つけました」と付け加える。
全部? その言葉の意味を謀りかねていると、芥川龍之介著『羅生門・鼻』の隣に残り四冊の不明本が並んでいた。
「探す手間が省けましたね。これで借りられますね。良かった」
「良かったな」
「帯野くん、カウンターまで持ってきて」
シオリは一人カウンターへと向かう。
その後ろからフミハル、五冊の文庫本を抱えたアキラと続いて歩く。
カウンターに入るとパソコンを起動、貸出管理の画面を立ち上げる。
アキラの持ってきた文庫本を機械に通す。
本に取り付けられたバーコードリーダーを読み取ると、パソコン画面に蔵書情報が映し出される。
タイトルと貸出記録に間違いがないかを確認。OKボタンをクリック。繰り返すこと五回。
貸出が完了。管理画面には貸出中の文字が表示されている。
本を渡す前に貸出カードを挟んで司書としての役目を終える。
本を受け取ったアキラが「なんであんなところに本があったんでしょうね?」尋ねると言うより、独り言に近い呟きが零れる。
「だよな。あったのはいいけど、誰が置いたのかわかんねぇもんな」
「司書さんが置き間違えたなんてこと……」
――ありえない。
シオリは即座に首を振り否定した。
アキラも「ですよね」と簡単に引き下がる。端から疑ってはいないということだろう。
「犯人探しはしなくてもいい」
シオリは管理画面を確認して言った。
パソコンの画面にはアキラの借りた本が五冊。シオリは確信した。書架に順番通りに並んでいない文庫本の謎は解けたも同然。
謎が解けてしまったが故に面倒事が起こる。
そんな予感と共にシオリは困った表情を浮かべた。
その理由は紛失や盗難。その多くは後者である。
全ての本にICを付けるといった施策は難しい。限られた予算、しかも来館者など殆どいない。そんな図書館から本が消えることなど限りなくゼロに近い。むしろ盗難以上に紛失の可能性の方が高い。
だがシオリは勿論、ショウスケも紛失などしていない。それでも少なからず不明本はあるのだから不思議だ。
とは言えそんなに何冊もはなかった。
文庫本の書架にやって来た三人は目的の本を探す。
「見当たらないですね」
「それにしても、統一感の無い作品のチョイスだな」
『羅生門・鼻』芥川龍之介
『ジャイロスコープ』伊坂幸太郎
『所轄刑事・麻生龍太郎』柴田よしき
『幻世の祈り――家族狩り 第一部』天童荒太
『にんじん』ジュール・ルナール
フミハルは、アキラの持つメモを覗き込みながらひやかす様に笑った。
メモに書かれた本はアキラのバイト先の先輩――山本フミカのチョイスなのだと言う。
書店でバイトするだけあって本好きなのだろう。純文学系からエンタメ系、なおかつジャンルも問わない。相当の読書家と見た。
しかしシオリには腑に落ちないことが一つ。
人に本を勧めるのであればもう少し統一性があった方がいい。フミハルの言う通り、あまりにも統一性がない――皆無と言っても過言ではない。
何らかの意図があってのチョイスなのだろうが……。
その意図も気にはなるが、優先すべきは不明本の捜索だ。
運がいいのか悪いのか、メモに書かれた(借りようとしている)本が不明本となっている以上、早急に探す必要がある。
それら不明本が見つけられれば、フミカの意図もわかるかもしれない。
ありきたりな日常のスパイスとしては、ちょうどいい謎なのではないか。
もしかすると何の意図もないかもしれないが、それはそれでいい。退屈しのぎとしては充分だ。
計五冊のそれらの本は全て新潮文庫の本だった。
予算の限られている図書館は、ハードカバーの本はあまり購入しない。
文庫本の方が、同じ内容でありながら値段の面でかなり安くなっている。だからと言ってハードカバーの本を全く購入しないわけではない。芥川(龍之介)賞・直木(三十五)賞や本屋大賞など、大きな賞を受賞した作品はハードカバーでも購入される。
その他は職員の独断と偏見によって購入図書を決める。
職員と言うのは司書だけでなく、大学附属図書館においては大学の講師・准教授・教授に事務職員のことも含まれる。
購入図書を決める権限は大きい順に――図書館長>教授>准教授>講師>司書>事務員となる。館長は承認が主な仕事で、購入図書に関して口を挟まない。
本来であれば教授と図書館長との間に学生が入るのだが、本図書館を利用する学生はほとんどいないため、学生の要望が反映されない。そもそも本を読まないのだから要望などあるはずもない。
ハードカバーがいいと要望があればハードカバーの購入も検討する。
だが、そんな要望はない。これまでもほとんどなかったらしい。
故に大学附属図書館は、文庫本過多の所蔵内容となっていた。
あ行の作家から順に書架に収められている。
芥川龍之介だから、あ行。それも現代作家じゃないからより優先されてあ行の最初を飾っている。
『河童・或阿呆の一生』『地獄変・偸盗』『蜘蛛の糸・杜子春』『戯作三昧・一塊の土』『奉教人の死』……ない。
書架(あ行)を探しても『羅生門・鼻』が見当たらない。
本当に行方不明だ。
捜索の前に貸し出し記録を調べてみたのだが、貸し出された記録は残っていない。
紛失は考えにくいが……盗難もまた大学附属図書館では考えにくい。
書庫の方にあるのだろうか。ショウスケに一声かけておけばよかった。
取り敢えず書架を全部見て回るか。
不明本の捜索とは地道な確認作業だ。一冊一冊、タイトルと作家を確認。
稀に似たタイトルや作家もいるので注意を払わなくてはならない。
芥川龍之介を見間違えることはないだろうけど……。
フミハルとアキラも一緒に書架を探す。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、芥川……」
「棚本、静かに探せないのか」
アキラが咎める表情で言う。
「本なんて探し慣れてないんだよ」
「本を読め、本を」
「ハミング・イェ~イだな」
「何それ?」
「え? わかんない?」
「神尾葉子」
シオリは、元ネタ(原作者)を呟く。
フミハルとアキラはキョトンとした顔で首を傾げる。
少女漫画が元ネタだから知らなくても仕方ないか。シオリは一人納得して捜索に戻る。フミハルとアキラも浮上した疑問を飲み込んで捜索に戻った。
捜索から三十分。
「シオリさん。ありました!」
フミハルに呼ばれて確認に向かう。
指さして「ここです」と達成感に満ち溢れた表情でフミハルが言う。
まだ四冊も不明本があることを忘れているのだろうか。
するとフミハルが「全部見つけました」と付け加える。
全部? その言葉の意味を謀りかねていると、芥川龍之介著『羅生門・鼻』の隣に残り四冊の不明本が並んでいた。
「探す手間が省けましたね。これで借りられますね。良かった」
「良かったな」
「帯野くん、カウンターまで持ってきて」
シオリは一人カウンターへと向かう。
その後ろからフミハル、五冊の文庫本を抱えたアキラと続いて歩く。
カウンターに入るとパソコンを起動、貸出管理の画面を立ち上げる。
アキラの持ってきた文庫本を機械に通す。
本に取り付けられたバーコードリーダーを読み取ると、パソコン画面に蔵書情報が映し出される。
タイトルと貸出記録に間違いがないかを確認。OKボタンをクリック。繰り返すこと五回。
貸出が完了。管理画面には貸出中の文字が表示されている。
本を渡す前に貸出カードを挟んで司書としての役目を終える。
本を受け取ったアキラが「なんであんなところに本があったんでしょうね?」尋ねると言うより、独り言に近い呟きが零れる。
「だよな。あったのはいいけど、誰が置いたのかわかんねぇもんな」
「司書さんが置き間違えたなんてこと……」
――ありえない。
シオリは即座に首を振り否定した。
アキラも「ですよね」と簡単に引き下がる。端から疑ってはいないということだろう。
「犯人探しはしなくてもいい」
シオリは管理画面を確認して言った。
パソコンの画面にはアキラの借りた本が五冊。シオリは確信した。書架に順番通りに並んでいない文庫本の謎は解けたも同然。
謎が解けてしまったが故に面倒事が起こる。
そんな予感と共にシオリは困った表情を浮かべた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる