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第三章《文庫本のメッセージ》

#3

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 引き攣った表情のシオリと正対し、声を掛けようか悩んでいると、隣から「なんでですか。犯人が分かったのなら注意の一つでもした方が」正義感溢れるアキラの一言。

 流石は正義感に駆られてバイト先を選ぶ真面目人間。嫌いじゃないが、わかり合える気のしない人種。帯野アキラ。
 聞きづらい事もずけずけと突っ込んで聞けてしまう性格が少し羨ましくも思う。
 今回はナイスKYだ。
 シオリは何と答えるのか。

「しなくていい。こっちで何とかする」
「なんとかって、やっぱり思い当たる節があるんですね。だったら俺たちも一緒に――」
「必要ない」

 バッサリ斬り捨てられる。
 普段は口数が少ない分ひと言に重みがある。
 シオリが饒舌になるのは謎解きの時くらいのものだが、今回の謎は取るに足らない謎だったと言う事か? それとも他に理由でもあるのか……

「そうですか。わかりました。でも、もし助けが必要なときは言ってくださいね。何時でも駆けつけますから」
「分かった。ありがとう」

 羨ましい。自分ももっと強気で押した方がいいのか。
 フミハルがこれからの自身の行動の在り方について考える。
 もっと積極的に行った方がいいのか。それとも別角度からアプローチをした方がいいのか。実に悩ましい。

「俺もお手伝いしますよ」
「ありがとね」

 シオリが微笑む。それだけでフミハルの思考は吹き飛ぶ。
 先程まで悩んでいたことが嘘みたいに上機嫌で図書館を後にした。


   ***


 十二時を回ると学食は一段と騒がしくなる。
 大学の喧騒が一か所に集約されたかのような中で、フミハルはアキラと向かい合って座っていた。
 
「なぁ、棚本は納得してるのか?」
「納得って何がだよ?」
「シオリさん、何か隠してるだろ。元々喋る人じゃないけどさ、あの拒否の仕方はおかしいって!」

 ドレッシングを付けていないサラダを口に運んでいく。
 生野菜なんて美味しいのか? そんな疑問を挟む余地もない速度でサラダを平らげる。
 定食とは別に注文していたシーザーサラダに着手する。

「どんだけサラダ好きなんだよ」
「サラダ美味いだろ?」

 性格だけでなく食の好みも違うらしい。
 
「話し脱線してないか?」
「してるな」

 A定食に付いた味噌汁を啜りながら答える。
 フミハルは赤みそ、アキラは白みそだ。やっぱり合わない。そんなことを思いながら箸を進める。
 茶碗いっぱいの白米から茶碗の底がうっすらと見えてきた頃、フミハルは決断した。

「犯人、俺たちで見つけないか」
「俺たちで? でもいいのか、シオリさん自分で何とかするって言ってたけど」
「なんだよ、「納得してるのか」とか言っておいて今度は否定的なこと言いやがって」
「そんなつもりは無いんだけど……だってお前シオリさんのこと好きだろ」
「それとこれとは関係ないだろ!?」
「関係ない事ないだろ。余計なことして嫌われるなんて可能性もゼロじゃないだろ?」

 ……――確かに!?

 アキラの私的によって失念していた可能性に気づくことが出来た。
 危ない危ない。もう少しでなにも考えずに突き進んでいってしまうところだった。全く客観視出来ていなかった。
 それでも何か力になれないか、考えを巡らせる。
 フミハルは往生際の悪い男だった。
 簡単に諦めるなんてことは出来なかった。シオリに関したことだけという条件付きではあるが……。

「でもやる。俺たちで謎を解明する。そして犯人を捕まえてシオリさんに褒めてもらう!」
「ポジティブというか、馬鹿っぽいぞ。棚本」
「馬鹿でも構わん。俺はシオリさんの愛の奴隷なんだ」
「吹っ切れて馬鹿になったか。それとも今まで気付かなかっただけで、お前ってヤバイ奴だったのか?」
「ヤバイ奴の定義ってなんだ?」
「愛の奴隷とか言い切っちゃう奴とか?」
「じゃあ俺はヤバイ奴でいい」

 フミハルが自らをヤバイ奴だと認めたところで、二人の今後の予定は決まった。

「「今日は講義サボって図書館張り込むか!」」


   ***


 昼食の後、フミハルとアキラは図書館の張り込みを開始した。

 常勤の司書はシオリとショウスケの二人。
 館長は学内にはいる。多分。

 フミハルは未だ館長の姿を見たことがなかった。
 加えて常勤の司書、ショウスケは表に出てこない。シオリも読書をしていると声をかけるまで気づかない。
 だから普段はわざと足音を立てて歩いている。
 そうしないと紙本シオリという女性は読書に集中して、自分の世界に閉じこもったまま出てこないから。

 裏を返せば、忍び足で音を立てることなく図書館に入館することが出来れば、シオリにばれることなく張り込みができるという訳だ。
 監視カメラも設置されているが、実のところダミーのカメラがほとんどで、本物は入館口に設置されたカメラだけが本物。そのカメラにさえ映らなければ館内のカメラを気にすることはない。

 とはいえ、カメラは入館口を死角なく映している。
 カメラに姿を捉えられずに入館することは不可能。だが、見つかるか否かは別問題だ。
 理屈を並べるよりも行動で示そう。

 フミハルとアキラは堂々と正面入り口から入館。扉の開閉時にはかなり気を遣い、細心の注意を払って丁寧に動かした。
 古い建物故に建てつけなのか部品の劣化なのか、キィィィと音がするたび息を呑んだ。
 それさえ乗り切れば後は楽勝。

 カウンター席に座って読書に埋没するシオリの前を堂々と通過(忍び足で)。
 そのまま二階へと続く階段を上る。
 振り返りシオリの様子を確認。
 物語の世界にのめり込んでいるようだった。物凄いスピードでページをめくっている。
 
 フミハルとアキラは顔を見合わせ、頷き合った。
 親指を立てて大丈夫のサインを互いに送りあう。
 
 なんだかミッションインポッシブルみたいだ(雰囲気だけは)。
 フミハルは、シオリが饒舌になって謎解きをしている時の気持ちがわかったような気がした。


   ***


 書架の本の順番が入れ替えられていた文庫本コーナーへとやって来た。
 現場百回。刑事ドラマで言っていた。何か気づくことはあるのか……
 そんな簡単に気づくことがあれば苦労はしない。
 つまりは手詰まり。打開策はない。張り込みを継続するだけだ。
 刑事ドラマになぞらえて考えるのであれば「犯人は犯行現場に戻ってくる」なんてこともよく言っている。
 都合よく犯人が現場に戻ってこないか、と藁をもつかむ思いで書架を見張る。

 すると、

「誰か来た!?」

 アキラが声を潜めて耳打ちする。
 あそこと指さす先には人影。犯人か?
 フミハルは目を凝らす。
 
 ……本田さん?

 間違いない。ついさっき逢ったばかりの人の顔は忘れない。
 シオリの同僚の本田ショウスケだ。
 彼が犯人!? と一瞬浮足立ったが、すぐに興奮は覚めた。
 司書が図書館にいるのは当然じゃないか。
 疑念はすぐに晴れた。

 だが、アキラは頭を掻きながら「でも少し変じゃないか」と呟く。
 何がだと訊ねると「本田さんって滅多なことがないと姿見せないんだろ?」と訊ね返してくる。
 ツチノコ扱い。実際にツチノコみたいな人だけど。
 それからしばらく図書館のツチノコ――もといショウスケを観察していると……

「棚本。めちゃくちゃ怪しいぞあの人」
「だよな……。もしかして本田さんが犯人?」

 書架から文庫本を抜き出し、スペースを作って押し込む。
 アレは書架の整理だよな? 不明本騒ぎがあったから確認の為に来たに違いない。
 そう思いたかったのに……現実とは無情である。
 ショウスケの去った後、書架を確認。するとまたも書架の本の順番が入れ替わっていた。
 探してみると、一か所に順番を無視した文庫本たちがいた。

 夏目漱石の『こころ』の隣に赤川次郎。続いて井上靖、司馬遼太郎、デフォー、ルソーと並ぶ。
 タイトルで並べると『天国と地獄』『黒い蝶』『燃えよ剣』『ロビンソン漂流記』『孤独な散歩者の夢想』となる。

「確定だな」

 正義感に燃えたアキラが、今にもショウスケを追い掛けそうな勢いで断言する。
 そんなアキラを宥めながら思案する。
 
 ショウスケを問い詰めるか否か。そもそも何でこんなことをしでかしたのか。その動機の解明が先ではないか? などと考えを巡らせていると、シオリの言動が不確かだった謎を埋めるピースとなってカチカチとハマり始めた。
 
「そうだったのか……」

 ポツリと零した言葉に、アキラは首を傾げるばかりだった。

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