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魔物のスキルを奪い取る「檻の中」編
第2話 土壇場発動【吸収眼】!
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「グルルル……」
「フゥ、フゥゥ……!」
「ジュルゥリ」
檻の向こうで舌なめずりする魔物たち。
え? なにこれ?
ボク、今からこの魔物たちに食べられちゃう?
なんで街の前で捕まって、こんな魔物たちに囲まれてるの?
しかも、この魔物たち。
メデューサ。
ミノタウロス。
デュラハン。
ゴーゴン。
ケルベロス。
一介の冒険者では、一生見る機会すらない伝説級の魔物たちだ。
それがズラリとボクの前で目を血走らせている。
恐怖──を通り越して、もはや意味不明。
驚くほど素だ。
だって、ほら、こんな状況で怖がっても意味ないし。
っていうか非現実的すぎて、むしろ笑えすらしてくる。
はぁ~、しっかし、この魔物たち。
ほんっと、見渡す限り上位種ばっかりだなぁ。
ボクたちのような中級なりたて冒険者が戦う相手なんて、ほぼゴブリンか獣だ。
初級から中級に上がったところで、やることは別に変わらない。
だって、上級者クエストは上級者が受けるから。
で、遠征すらしない中級冒険者に回ってくる仕事なんか結局のところ、初級者と変わらないっていうね。
ま、そのおかげで未知の魔物と戦うこともなくなって、こうやってボクがお払い箱になったわけだけど。
いや~、でも。
お払い箱は、お払い箱でも、まさかこんな鉄の箱の中に入れられるとはね。
「……」
あれ? なんか魔物たちが不満そうだぞ?
あ、もしかしてボクが怖がってないからとかなのかな?
演技でも怖がったほうがいいのかな?
「わ、わあ~、魔物だあ~、こわいよ~(棒読み)」
「……」
ガンッ!
なぜか檻を蹴り飛ばして、魔物たちは散っていった。
そして、魔物たちが離れていったことで、部屋の全景が見渡せるようになった。
え? あれ?
ここって……。
縦横ピチッと等間隔で並べられた机。
真四角な室内。
壁には習字が貼られている。
なになに……? 「惨殺」「殺戮」「虐殺」?
あらあら、ずいぶんと物騒なお題だなぁ。
で、反対側の壁には黒板。
うん、そうだ、ここ。
学校だ。
どういうことだ?
魔物たちの学校?
あるのか、そんなのが?
っていうか。
もしここが魔物の学校だとするなら。
ここって。
キーンコーンカーンコーン。
魔界!?
魔界。
人間界との間にある大きな壁を隔て、世界を東西二分してる西側領土。
そこへは人間が入ることを許されておらず、ゆえに魔王を倒すことも出来ずに互いの領土は何千年もの間ずっと膠着状態にある。
っていう、あの魔界?
え、なんでそんなところへ?
っていうか、魔界に行ったことある人間とか何人いると思ってるの?
はぁ~、それにしても魔界かぁ。
魔界にも学校があるんだな。
学校ってことは、この魔物たちって子供だったりするんだろうか?
ボクの目には、ただの凶悪な魔物にしか映らないんだけど……。
あ、そうだ。
どうせ死ぬにしても、せっかくだからボクのスキル【鑑定】で、この珍しい上位モンスターたちの魔力値でも測定してみよっと。
人間の魔力は平均で1~2。
駆け出し冒険者で5程度。
熟練冒険者でも20もあれば序列三位の銀等級だ。
それで、ボクは、なんと50!
破格の多さ。
でも、ボクはどれだけ鍛えても鑑定以外のスキルは使えなかった。
だから、こんなに魔力あっても意味ないんだよね。
ま、それはさておいて。
さっそく魔物たちを鑑定していきましょうかね。
どれどれ……。
ボクは右目に宿った【鑑定眼】に力を込める。
ボクにしか見えない赤い炎が右目を包む。
そして目にした奴らの魔力は──。
デーモン 3852
サキュバス 2111
ケルベロス 5996
オーガ 2284
ゴーゴン 8473
え!? け、桁が違う!?
文字通り、桁が違いすぎる! しかも二つも! 下手したら三つ!
いやはや……。
上位種の魔物って、人間とここまで圧倒的な差があるものなのか……。
ブルッ──。
その数値を見て、初めてボクの中に恐怖の感情が宿った。
ガラガラ。
扉が開き、メガネをかけた偉そうな魔物が入ってきた。
教室に緊迫した空気が張り詰める。
(誰だ……? 鑑定してみるか)
大悪魔 49659
………………は?
万???
なに、この圧倒的な魔力?
この個体が特別なのか。
それとも大人のレアモンスターってのは、みんなこんなに魔力が高いものなのか?
っていうか、もし、みんなこんなに魔力が高いのだとしたら。
人間界が滅ぼされてないのはなんでだ?
「はい、注目~。みんな、これが気になりますよね」
「は~い! 気になりま~す! 今日のおやつですか?」
「チビでガリガリだから食いごたえなさそう!」
「ぎゃはは! マジで!」
「あれ、こいつ震えてない? ウケるんだけど!」
ざわつく生徒たちだったが、大悪魔が黙ったままなので、次第にその声も収まっていった。
「え~、皆さんには今日からこの人間を飼ってもらいます」
教師の言葉に再びざわめきが起こる。
「飼う!? 飼うってなんだ!? 食うじゃなくて!?」
「はいはい、静かに。話は最後まで聞く」
教室が静まると、大悪魔は気味の悪い笑みを浮かべ、こう言った。
「この人間をクラスで三十日間飼育してから、みんなで美味しく食べましょうねぇ~」
「んだよ、結局食うんじゃね~か!」
「太らせてから食べるのかしら?」
「怖がらせて肉の質を上げるんじゃ?」
様々な意見が飛び交うが、どれもご遠慮願いたいものばかりだ。
「先生はね、みんなに命の大切さを知ってもらいたいんですよ」
「なんだそれ、意っ味わかんねぇ!」
命の大切さを教えるために、わざわざ飼ってから殺して食べる?
たしかに意味不明だ。
というか悪趣味だ。
あ、いや……こういうの、どっかの学校でやってた気がする。
その時食べたのは、もちろん人間じゃなく──たしかモーモーヤギ、だったか?
あれも「モーモーヤギ」が可哀想ってことで炎上して、すぐに中止になってたと思うけど……。
まさか魔界でも同じことをしてるとは。
こういうのって食育、って言うんだっけ?。
「食」の「教育」で食育。
いやはや、まさか魔界で食育とはね。
しかも自分がその教材になるとはね。
突然、大悪魔がボクに話を振ってくる。
「はい、じゃあキミ。これから一緒に過ごすんだから自己紹介しよう! 元気にね!」
はぁ?
あいさつ?
何言ってんの?
食べられることが確定してるのに、なんて言えと?
あまりに無神経。
あまりに慇懃無礼。
ボクのことを虫か何かとしか思ってないことが、大悪魔のメガネの奥から覗く冷酷な目から伝わってくる。
「ほら、どうしたの? 人間でも言葉が喋れるはずでしょ? 頑張って!」
……あれ?
なんか頬が熱い。
あっ……。
どうやらボク……。
泣いてるみたいだ。
なんかわからないけど、あまりの非情さ、あまりの腹立たしさで涙が止まらなくなった。
「おいおい、この人間泣き出しちまったぜぇ~!」
「あはは~! ウケる~! ざぁ~こ! ざこ人間!」
「塩分無駄にしてんじゃねーぞ! 不味くなるだろうが!」
大悪魔が魔物たちを諫める。
「こらこら~。みんなが大声上げるから人間がビックリしてるじゃないか。弱い人間にとっては、我々は恐怖の対象なのですよ。ちゃんと思いやりを持って飼ってあげるように。よし! それじゃあ、せっかく三十日間も飼うんですから、みんなで人間に名前をつけてあげましょう! なにがいいかな?」
え? 名前?
ボクはアベル。
アベルっていう両親が付けてくれた立派な名前があるんだ。
「豚ー!」
「ゴミクズー!」
「ウジ虫~! ギャハハ!」
魔物たちが涎を飛ばしながら下劣で品のない言葉を並べる。
「ん~、もっと親しみやすい名前はないかな?」
静まり返った教室に、消え入りそうな、か細い声が響いた。
「──フィード」
「ん?」
「フィード・オファリング──は、どうでしょうか?」
その声の主を【鑑定】で見てみる。
ゴーゴン。
女性だ。
「おおっ! いいですね! フィード(餌)・オファリング(供物)! まさに三十日後に食べられる彼にピッタリの名前です! 皆さん、素晴らしい名前を考えてくれたゴンゴルに拍手を!」
パチパチパチパチ。
教室が温かい拍手で包まれる。
「フィード! フィード!」
「フィード・オファリング!」
「よろしくね、フィード!」
餌……?
供物……?
ハハッ……。
こいつら狂ってる……。
いや、狂いたいのはこっちの方だ。
こんな環境であと三十日って。
いや、むしろ、さっさと狂っちゃったほうが楽なんじゃないか?
ハァ。
なんで。
今まで真面目に生きてきて、こんな目に合わなきゃいけないんだよ。
なんで。
みんなボクを裏切ったんだよ。
なんで。
なんでぇぇ……!
くそぉぉぉぉぉ……!
なんでぇぇぇぇぇぇぇ……!
次第に実感してきた身を包む真綿のような恐怖。
それに押しつぶされそうになり、ボクは拳を檻の底に打ち付ける。
何度も。
何度も。
何度も。
やがて手の皮膚が裂け。
血が飛び散った。
(う、うぅ…………っ!)
心の底から訪れた真の恐怖、真の絶望。
ボクはこれから三十日間も、こいつらの慰みものにされて、殺され、食べられるんだ。
希望の見えない真っ暗な闇。
絶望を超えた虚無に心が包まれた、その瞬間。
ボクの左目が。
青い炎に包まれた。
(左目が──熱い?)
なぜだか本能で理解できた。
それが【鑑定眼】と対をなす、
【吸収眼】
であることに。
吸収眼。
これは──スキルを吸収する力?
右目の【鑑定眼】で魔物たちを見る。
デーモン 3852【狡猾】
サキュバス 2111【魅了】
ケルベロス 5996【地獄の業火】
オーガ 2284【剛力】
ゴーゴン 8473【石化】
これは──!?
さっきまでは見えてなかった、おそらくはスキル──であろうものが見えている。
ボクは、檻の横にいる大悪魔をそっと盗み見る。
大悪魔 49659【博識】
この表示されてるスキルを吸収出来る──ということなのだろうか?
わからない。
わからないが──。
まぁ、どうせこのままじゃ死ぬことが確定してるんだ。
試しに、あのデーモンのスキルでも吸収してみるとするか。
力を込めるとボクにしか見えない青い炎が左目に光り照る。
【吸収】
ドッ
クン。
全身が脈打つ。
体が──熱い──!
スキルが宿った。
いや──奪った。強奪した。簒奪した。奪い取った。盗み取った。
──吸収した。
それが本能でわかる。
ボクは呼吸を整えると、もう一度デーモンを視てみる。
デーモン 3852
スキルの【狡猾】が消えている。
ボクが吸収したから消えたのか。
え、もしかして。
いやいや、もしかしてさ。
このまま全員のスキルを奪い取っていけば、ここから逃げ出すことも、人間界に戻ることも出来るんじゃないか!?
ハ、ハハッ……。
嘘だろ……こんな土壇場で……こんな能力が目覚めるなんて……遅すぎる……遅すぎるよ……。
自嘲気味に笑うボクの頭に、モモの言葉がよぎる。
『最後まで絶対に諦めちゃダメだよ、アベルくん!』
……うん、そうだな。
モモなら、きっとそう言うだろうな。
うん、諦めちゃ駄目だ。
次々スキルを吸収していって、ここから脱出するんだ。
そして人間界へ──。
よし、そのためには次だ。
サキュバスのスキルを吸収してやる。
【吸収】
……あれ?
左目が光らない。
スキルが宿った感触もない。
おかしいなと思ったボクは、再びサキュバスに鑑定眼を使ってみる。
サキュバス 2111【魅了】
やっぱりだ。
吸収出来ていない。
どういうことだ?
吸収眼には何か縛りみたいなものがあるのだろうか。
まぁいい。
さいわい、あと三十日間は生きられるんだ。
検証しよう。
検証して。
生き残る。
そして、人間界へと戻るんだ。
これから三十日。
この魔物たちのスキルを気づかれないように盗み続けてやる。
絶対に気づかれちゃ駄目だ。
気づかれた瞬間に──多分、殺される。
これは命がけのだまくらかし合い。
今までモモに守られてふわふわ生きてきたボクの。
最後の真剣勝負なんだ。
遅かったな。
遅かったよ。
もっと早くこれくらい真剣になっていれば──。
いや、今は目の前のことだけを考えよう。
そのためには──。
【狡猾】
ボクは、さっそく奪ったばかりのスキルを発動させる。
スキル効果:誰にも気づかれずに謀を進めやすくなる。
ああ……。
最初に奪ったのがこのスキルでよかった。
ニヤリ。
天は、ボクに味方してる。
「フゥ、フゥゥ……!」
「ジュルゥリ」
檻の向こうで舌なめずりする魔物たち。
え? なにこれ?
ボク、今からこの魔物たちに食べられちゃう?
なんで街の前で捕まって、こんな魔物たちに囲まれてるの?
しかも、この魔物たち。
メデューサ。
ミノタウロス。
デュラハン。
ゴーゴン。
ケルベロス。
一介の冒険者では、一生見る機会すらない伝説級の魔物たちだ。
それがズラリとボクの前で目を血走らせている。
恐怖──を通り越して、もはや意味不明。
驚くほど素だ。
だって、ほら、こんな状況で怖がっても意味ないし。
っていうか非現実的すぎて、むしろ笑えすらしてくる。
はぁ~、しっかし、この魔物たち。
ほんっと、見渡す限り上位種ばっかりだなぁ。
ボクたちのような中級なりたて冒険者が戦う相手なんて、ほぼゴブリンか獣だ。
初級から中級に上がったところで、やることは別に変わらない。
だって、上級者クエストは上級者が受けるから。
で、遠征すらしない中級冒険者に回ってくる仕事なんか結局のところ、初級者と変わらないっていうね。
ま、そのおかげで未知の魔物と戦うこともなくなって、こうやってボクがお払い箱になったわけだけど。
いや~、でも。
お払い箱は、お払い箱でも、まさかこんな鉄の箱の中に入れられるとはね。
「……」
あれ? なんか魔物たちが不満そうだぞ?
あ、もしかしてボクが怖がってないからとかなのかな?
演技でも怖がったほうがいいのかな?
「わ、わあ~、魔物だあ~、こわいよ~(棒読み)」
「……」
ガンッ!
なぜか檻を蹴り飛ばして、魔物たちは散っていった。
そして、魔物たちが離れていったことで、部屋の全景が見渡せるようになった。
え? あれ?
ここって……。
縦横ピチッと等間隔で並べられた机。
真四角な室内。
壁には習字が貼られている。
なになに……? 「惨殺」「殺戮」「虐殺」?
あらあら、ずいぶんと物騒なお題だなぁ。
で、反対側の壁には黒板。
うん、そうだ、ここ。
学校だ。
どういうことだ?
魔物たちの学校?
あるのか、そんなのが?
っていうか。
もしここが魔物の学校だとするなら。
ここって。
キーンコーンカーンコーン。
魔界!?
魔界。
人間界との間にある大きな壁を隔て、世界を東西二分してる西側領土。
そこへは人間が入ることを許されておらず、ゆえに魔王を倒すことも出来ずに互いの領土は何千年もの間ずっと膠着状態にある。
っていう、あの魔界?
え、なんでそんなところへ?
っていうか、魔界に行ったことある人間とか何人いると思ってるの?
はぁ~、それにしても魔界かぁ。
魔界にも学校があるんだな。
学校ってことは、この魔物たちって子供だったりするんだろうか?
ボクの目には、ただの凶悪な魔物にしか映らないんだけど……。
あ、そうだ。
どうせ死ぬにしても、せっかくだからボクのスキル【鑑定】で、この珍しい上位モンスターたちの魔力値でも測定してみよっと。
人間の魔力は平均で1~2。
駆け出し冒険者で5程度。
熟練冒険者でも20もあれば序列三位の銀等級だ。
それで、ボクは、なんと50!
破格の多さ。
でも、ボクはどれだけ鍛えても鑑定以外のスキルは使えなかった。
だから、こんなに魔力あっても意味ないんだよね。
ま、それはさておいて。
さっそく魔物たちを鑑定していきましょうかね。
どれどれ……。
ボクは右目に宿った【鑑定眼】に力を込める。
ボクにしか見えない赤い炎が右目を包む。
そして目にした奴らの魔力は──。
デーモン 3852
サキュバス 2111
ケルベロス 5996
オーガ 2284
ゴーゴン 8473
え!? け、桁が違う!?
文字通り、桁が違いすぎる! しかも二つも! 下手したら三つ!
いやはや……。
上位種の魔物って、人間とここまで圧倒的な差があるものなのか……。
ブルッ──。
その数値を見て、初めてボクの中に恐怖の感情が宿った。
ガラガラ。
扉が開き、メガネをかけた偉そうな魔物が入ってきた。
教室に緊迫した空気が張り詰める。
(誰だ……? 鑑定してみるか)
大悪魔 49659
………………は?
万???
なに、この圧倒的な魔力?
この個体が特別なのか。
それとも大人のレアモンスターってのは、みんなこんなに魔力が高いものなのか?
っていうか、もし、みんなこんなに魔力が高いのだとしたら。
人間界が滅ぼされてないのはなんでだ?
「はい、注目~。みんな、これが気になりますよね」
「は~い! 気になりま~す! 今日のおやつですか?」
「チビでガリガリだから食いごたえなさそう!」
「ぎゃはは! マジで!」
「あれ、こいつ震えてない? ウケるんだけど!」
ざわつく生徒たちだったが、大悪魔が黙ったままなので、次第にその声も収まっていった。
「え~、皆さんには今日からこの人間を飼ってもらいます」
教師の言葉に再びざわめきが起こる。
「飼う!? 飼うってなんだ!? 食うじゃなくて!?」
「はいはい、静かに。話は最後まで聞く」
教室が静まると、大悪魔は気味の悪い笑みを浮かべ、こう言った。
「この人間をクラスで三十日間飼育してから、みんなで美味しく食べましょうねぇ~」
「んだよ、結局食うんじゃね~か!」
「太らせてから食べるのかしら?」
「怖がらせて肉の質を上げるんじゃ?」
様々な意見が飛び交うが、どれもご遠慮願いたいものばかりだ。
「先生はね、みんなに命の大切さを知ってもらいたいんですよ」
「なんだそれ、意っ味わかんねぇ!」
命の大切さを教えるために、わざわざ飼ってから殺して食べる?
たしかに意味不明だ。
というか悪趣味だ。
あ、いや……こういうの、どっかの学校でやってた気がする。
その時食べたのは、もちろん人間じゃなく──たしかモーモーヤギ、だったか?
あれも「モーモーヤギ」が可哀想ってことで炎上して、すぐに中止になってたと思うけど……。
まさか魔界でも同じことをしてるとは。
こういうのって食育、って言うんだっけ?。
「食」の「教育」で食育。
いやはや、まさか魔界で食育とはね。
しかも自分がその教材になるとはね。
突然、大悪魔がボクに話を振ってくる。
「はい、じゃあキミ。これから一緒に過ごすんだから自己紹介しよう! 元気にね!」
はぁ?
あいさつ?
何言ってんの?
食べられることが確定してるのに、なんて言えと?
あまりに無神経。
あまりに慇懃無礼。
ボクのことを虫か何かとしか思ってないことが、大悪魔のメガネの奥から覗く冷酷な目から伝わってくる。
「ほら、どうしたの? 人間でも言葉が喋れるはずでしょ? 頑張って!」
……あれ?
なんか頬が熱い。
あっ……。
どうやらボク……。
泣いてるみたいだ。
なんかわからないけど、あまりの非情さ、あまりの腹立たしさで涙が止まらなくなった。
「おいおい、この人間泣き出しちまったぜぇ~!」
「あはは~! ウケる~! ざぁ~こ! ざこ人間!」
「塩分無駄にしてんじゃねーぞ! 不味くなるだろうが!」
大悪魔が魔物たちを諫める。
「こらこら~。みんなが大声上げるから人間がビックリしてるじゃないか。弱い人間にとっては、我々は恐怖の対象なのですよ。ちゃんと思いやりを持って飼ってあげるように。よし! それじゃあ、せっかく三十日間も飼うんですから、みんなで人間に名前をつけてあげましょう! なにがいいかな?」
え? 名前?
ボクはアベル。
アベルっていう両親が付けてくれた立派な名前があるんだ。
「豚ー!」
「ゴミクズー!」
「ウジ虫~! ギャハハ!」
魔物たちが涎を飛ばしながら下劣で品のない言葉を並べる。
「ん~、もっと親しみやすい名前はないかな?」
静まり返った教室に、消え入りそうな、か細い声が響いた。
「──フィード」
「ん?」
「フィード・オファリング──は、どうでしょうか?」
その声の主を【鑑定】で見てみる。
ゴーゴン。
女性だ。
「おおっ! いいですね! フィード(餌)・オファリング(供物)! まさに三十日後に食べられる彼にピッタリの名前です! 皆さん、素晴らしい名前を考えてくれたゴンゴルに拍手を!」
パチパチパチパチ。
教室が温かい拍手で包まれる。
「フィード! フィード!」
「フィード・オファリング!」
「よろしくね、フィード!」
餌……?
供物……?
ハハッ……。
こいつら狂ってる……。
いや、狂いたいのはこっちの方だ。
こんな環境であと三十日って。
いや、むしろ、さっさと狂っちゃったほうが楽なんじゃないか?
ハァ。
なんで。
今まで真面目に生きてきて、こんな目に合わなきゃいけないんだよ。
なんで。
みんなボクを裏切ったんだよ。
なんで。
なんでぇぇ……!
くそぉぉぉぉぉ……!
なんでぇぇぇぇぇぇぇ……!
次第に実感してきた身を包む真綿のような恐怖。
それに押しつぶされそうになり、ボクは拳を檻の底に打ち付ける。
何度も。
何度も。
何度も。
やがて手の皮膚が裂け。
血が飛び散った。
(う、うぅ…………っ!)
心の底から訪れた真の恐怖、真の絶望。
ボクはこれから三十日間も、こいつらの慰みものにされて、殺され、食べられるんだ。
希望の見えない真っ暗な闇。
絶望を超えた虚無に心が包まれた、その瞬間。
ボクの左目が。
青い炎に包まれた。
(左目が──熱い?)
なぜだか本能で理解できた。
それが【鑑定眼】と対をなす、
【吸収眼】
であることに。
吸収眼。
これは──スキルを吸収する力?
右目の【鑑定眼】で魔物たちを見る。
デーモン 3852【狡猾】
サキュバス 2111【魅了】
ケルベロス 5996【地獄の業火】
オーガ 2284【剛力】
ゴーゴン 8473【石化】
これは──!?
さっきまでは見えてなかった、おそらくはスキル──であろうものが見えている。
ボクは、檻の横にいる大悪魔をそっと盗み見る。
大悪魔 49659【博識】
この表示されてるスキルを吸収出来る──ということなのだろうか?
わからない。
わからないが──。
まぁ、どうせこのままじゃ死ぬことが確定してるんだ。
試しに、あのデーモンのスキルでも吸収してみるとするか。
力を込めるとボクにしか見えない青い炎が左目に光り照る。
【吸収】
ドッ
クン。
全身が脈打つ。
体が──熱い──!
スキルが宿った。
いや──奪った。強奪した。簒奪した。奪い取った。盗み取った。
──吸収した。
それが本能でわかる。
ボクは呼吸を整えると、もう一度デーモンを視てみる。
デーモン 3852
スキルの【狡猾】が消えている。
ボクが吸収したから消えたのか。
え、もしかして。
いやいや、もしかしてさ。
このまま全員のスキルを奪い取っていけば、ここから逃げ出すことも、人間界に戻ることも出来るんじゃないか!?
ハ、ハハッ……。
嘘だろ……こんな土壇場で……こんな能力が目覚めるなんて……遅すぎる……遅すぎるよ……。
自嘲気味に笑うボクの頭に、モモの言葉がよぎる。
『最後まで絶対に諦めちゃダメだよ、アベルくん!』
……うん、そうだな。
モモなら、きっとそう言うだろうな。
うん、諦めちゃ駄目だ。
次々スキルを吸収していって、ここから脱出するんだ。
そして人間界へ──。
よし、そのためには次だ。
サキュバスのスキルを吸収してやる。
【吸収】
……あれ?
左目が光らない。
スキルが宿った感触もない。
おかしいなと思ったボクは、再びサキュバスに鑑定眼を使ってみる。
サキュバス 2111【魅了】
やっぱりだ。
吸収出来ていない。
どういうことだ?
吸収眼には何か縛りみたいなものがあるのだろうか。
まぁいい。
さいわい、あと三十日間は生きられるんだ。
検証しよう。
検証して。
生き残る。
そして、人間界へと戻るんだ。
これから三十日。
この魔物たちのスキルを気づかれないように盗み続けてやる。
絶対に気づかれちゃ駄目だ。
気づかれた瞬間に──多分、殺される。
これは命がけのだまくらかし合い。
今までモモに守られてふわふわ生きてきたボクの。
最後の真剣勝負なんだ。
遅かったな。
遅かったよ。
もっと早くこれくらい真剣になっていれば──。
いや、今は目の前のことだけを考えよう。
そのためには──。
【狡猾】
ボクは、さっそく奪ったばかりのスキルを発動させる。
スキル効果:誰にも気づかれずに謀を進めやすくなる。
ああ……。
最初に奪ったのがこのスキルでよかった。
ニヤリ。
天は、ボクに味方してる。
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しかし、絶体絶命の状況下で不意に出た言葉がレイクの運命を大きく変えた。
ーーそれは《竜族語》
レイクが竜族語を話せると知った破滅古竜はレイクと友達になりたいと諭され、友達の印としてレイクに自身の持つ魔力とスキルを与える代わりにレイクの心臓を奪ってしまう。
こうしてレイクは"ヴィルヘリア"と名乗り美少女の姿へと変えた破滅古竜の眷属となったが、与えられた膨大なスキルの量に力を使いこなせずにいた。
それを見たヴィルヘリアは格好がつかないと自身が師匠代わりとなり、旅をしながらレイクを鍛え上げること決める。
一方で、破滅古竜の悪知恵に引っかかったイブニクル王国では国存続の危機が迫り始めていた……
これは"無能"と虐げられた主人公レイクと最強竜種ヴィルヘリアの師弟コンビによる竜種を統べ、レイクが『竜人王』になるまでを描いた物語である。
※30話程で完結します。
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