へなちょこ鑑定士くん、脱獄する ~魔物学園で飼育された少年は1日1個スキルを奪い、魔王も悪魔も神をも従えて世界最強へと至る~

めでめで汰

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魔物のスキルを奪い取る「檻の中」編

第30話  三十日目

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 【三十日目 朝】


 決闘当日。
 スキル吸収ストック数8。

 完全に予想外だった。
 昨日、リサとルゥに迫られて、つい二人を人間にしてしまった。
 鑑定した結果も、ちゃんと人間になっていた。
 インビジブル・ストーカーに起きたのと同じ現象だ。

(ハァ……二人ともスキルを奪わないで生かしておくつもりが……一体なんでこんなことに)

 ずっと人間になりたいと言っていたルゥなら、まだわからないこともない。
 けど、まさかリサまで人間になりたがるとは……。
 しかも理由が「一緒に居たいから」とか、そんな感じだった気がする。
 一気にまくし立てられてびっくりしたので、正直あまり覚えてない。

 リサのスキルを吸収した後に「やっちまった……」と思ったことだけはハッキリと覚えている。
 そんなリサは人間になった反動か、急に眠ってしまったので、後から教室に戻ってきたルゥと一緒に保健室で休んでもらってた。

 そして迎えた朝。
 生徒たちが登校してくる。

「おはよう、フィード。今日の決闘、いい結果になるように祈ってるよ。って、あれ? 今日はオレが一番乗り? 珍しいな」

 青銅人間のタロスが最初にやってきた。
 それから続々と魔物たちが登校してきてオレに声をかけていく。
 そして今日も、始業十分前にセレアナとスキュラがやってきた。

「フィードぉ! ほら、見て見てぇ! 今日のための服を作ってきましたのよぉ!」

 セレアナが掲げたのは真っ白なタキシード。

「プッ」

 思わず笑ってしまう。
 タキシードって。
 しかも真っ白。
 これ、あれか? 死に装束みたいな感じなのか?

「ムッ、なに笑ってますの? いいですの? この服の機能は……」


 【タキシード(海獣レヴィアサンの骨)】


「もしかして、海獣レヴィアサンの骨が素材だったりする?」

 鑑定眼アプレイザル・アイズで見た結果だ。

「──! そ、そうですわっ! 大海獣レヴィアサンの長年海底に沈んで魔力の蓄積された骨は、とても柔らかくなっていまして……」

「うん、ありがと」

「ちょっと! 人の話は最後まで……」

「すごく頑張って素材を探して、作ってきてくれたってことなんだよね?」

 ボンッ! っとセレアナの顔が赤くなる。

「わ、わかればいいのですわっ! や、やっとフィードにもワタクシの偉大な慈愛の心が理解できたようですわねっ! き、今日は、それを着てせいぜい頑張るといいですわっ!」

「セレアナ様! さすがです!」

 例によってスキュラのスポットライト。

 この光景を見るのも今日が最後か……。
 っていうか、このスキュラが取り出してるスポットライトってなんだったんだろ……。魔導具? まぁいいや、鑑定士として気にはなるが、わざわざ決闘直前に鑑定するほどのものでもない。なにより今、魔力を消費したくない。

 渡された白のタキシードに腕を通してみる。

 うん、伸縮性がちゃんとある。
 不思議だな、骨なのに。
 大海獣レヴィアサン──聞いたことない名前の魔物だけど、大悪魔の「博識エルダイト」を吸収したら調べてみよう。


 ザワザワザワ……。


 教室がざわついている。
 皆の目線を追うと、ルゥとリサが入ってきたところだった。

「バンパイアの……」
「朝だぞ? なんで大丈夫なんだ……?」
「初めて姿見たけどめちゃくちゃかわいいな……」
「おい、ローデンベルグ家のご令嬢だぞ、下手なこと言ったら……」
「しかもなんでゴーゴンなんかと一緒にいるんだ……?」
「っていうか、ゴーゴンとバンパイアのコンビってヤバすぎでしょ……」

 冷やかしの声がひそひそと飛び交う中、リサが声を張る。

「なに!? 私が来たらなにか問題でも!? バンパイアでも日中に出歩ける方法があることも知らないのかしら!? 文句があるなら直接言ってきたら!?」

 水を打ったかのように静まり返る教室。

 フンッと鼻を鳴らすと、リサは自分の席へと歩いていく。

 が、オレは見過ごさなかった。
 リサの足が、震えているのを。

 人間になったばかりの彼女が、魔物たちの群れの中へと歩いていく。
 怖いに決まってるんだ。
 でも、彼女は勇気を出して一歩一歩進んでいく。
 なんのためか。
 それはおそらく──オレの決闘を見届けるために。

 檻の前を通り過ぎる二人と目が合う。
 大丈夫か? の気持ちを目に込めて見つめる。
 二人は小さく頷くと、それぞれ自分の席へと向かっていった。


 キーンコーンカーンコーン。

 ガラガラガラ。

 鐘の音と同時に大悪魔が入ってくる。

「はぁ~い、みなさん、今日は待ちに待った決闘の日です!」

 いつも仏頂面ぶっちょうずらの大悪魔が、今日は珍しく上機嫌だ。
 いや、たしかオレがここに来た初日も、これくらい上機嫌だったような気がする。
 まぁ、いい。
 こんなもうすぐ死ぬことが確定してる奴の機嫌なんか、どうだって。

「それでは、校庭へ行きましょう!」

 檻から出され、魔物の集団と一緒に教室を出る。
 途中の廊下でリサとすれ違う時に、そっと声をかける。

「大丈夫か?」

「ええ、私のことよりも自分のことに集中して」

「わかった、無理するなよ」

 少しの会話だったが、リサの気丈さは健在のようだった。
 守ると決めたんだから、お前のことは何があっても守るぞ。
 もちろん、ルゥも。

 階段を降り、だだっ広い荒れた校庭へと出る。
 魔界特有の瘴気を含んだ旋風つむじが、枯れ葉を乗せてカサカサと舞う。
 一瞬、太陽がかげった。

 ワイバーン。

 堅牢かつ叡智を兼ね備えた上位生命体。
 それが太陽を背に飛んでくる。
 悠然と学校の屋上に降り立ったワイバーンは、オレたちを見下ろす。

(遠いなぁ……。あの距離でスキルを奪えるだろうか)

 それと、正面の森から大きな影が二つ。
 ミノタウロスとオーガ。
 オレの対戦相手が姿を表した。
 ミノタウロスは一段と巨大な斧を持ち、オーガは両の拳に鉄の小手を着けている。

「おい、あれって……」

 オークが離れの高台を見ながらつぶやく。
 視線を向けると、そこには──。

(──! なんで──?)

 ウェルリンとツヴァ組の黒服たち。

「おいおい、目ぇ合わせんな……。どうなっても知らねぇぞ……」

 やはり、マフィアは魔物たちからも煙たがられているようだ。

 昨日、「魅了エンチャント」をかけたはずなのに……。
 いや、オレのことが組内で噂になってたらしいから、組員主導でここに来てる……?
 老トロールを殺したオレを見に……?
 ってことは、ウェルリンは、オレのことを忘れたまま観戦してるってことなんだろうか。

 なんにしても、魔物たちを皆殺しにする際の邪魔になることは間違いない。
 いや、それともカタギの戦いには手出ししてこないか?
 読めない。
 ここに来て不確定要素が増えるのは、あまり歓迎できることではない。

 さらに悪いことは続く。


 ゾロゾロゾロ……。


 ミノタウロスとオーガの後ろから、彼らの一族がついてきたのだ。

「ご家族のみなさん! 本日の決闘は、学校の行事となっておりますが、公開授業というわけではございません! ですので、ご家族ご親戚の方たちは、どうぞ学校の敷地の外からご観覧ください!」

 大悪魔の声に従い、数十人のミノタウロスとオーガ達が、校庭の一歩外をぐるりと取り囲んだ。

 これは──。

 こいつらの前でオーガやミノタウロスを殺してしまったらどうなるんだ……?
 読めない。
 ギャラリーが多すぎる。
 これは……どうも皆殺しにする以前に、一波乱ありそうだ。

「では、オーガのオガラ、人間のフィード・オファリング、前へ!」

 鉄の小手をガチンと鳴り合わせてオガラが前へ出る。
 オレは教室から出る時に、こっそり持ってきた黒板消しを左手に着ける。

「ギャハハっ! 何ダ、お前! 黒板消シ!? それでオレと戦おウってのカ!」

「ああ、悪いが、弱い人間は弱い人間らしく、滑稽こっけいに足掻かせてもらうよ」

 向かい合うオガラ。
 オレよりもはるかに大きい。

 だが──。

 あの老トロールほどではない。


『フレー! フレー! フィー・イー・ドォーー!』


 いつの間にかチアガールの衣装に着替えたセレアナ達が声援を飛ばす。
 オレが死ぬと思ってるのだろう。
 必死の声援がオレにバフを与え、体を青く光らせる。
 その光にギャラリーから微かにざわめきが起こった。

 だが、大悪魔は「ほぅ」と一言漏らしただけで、気にせず進行しようとする。
 おそらく、オレごときにバフがかかってても影響はないと思ってるのだろう。

「では、決闘は私の合図によって始まる。武器は自由。決着は降参するか、相手を殺すか、その二つに一つ。いいか?」

「問題ないです」

 オレは下を向いて、セレアナお手製の白い靴を見つめながら静かに答える。

「ああ、問題なイ! 今後こそブっ殺してやル! テメェのせいデ、オレとミノルくんが、どンな思いをシたか!」

 オガラの言葉が、オレの頭の上から浴びせられる。

「よろしい。では、これよりフィード・オファリングの処刑──ではなく……決闘を行う! では、はじめぇ!」

 そう言うと、大悪魔は後ろへと下がった。


「ギャハハっ! シねぇ! 人間っ!」

 真っ赤な肌の鬼、オガラが右手を振り上げて真っ直ぐに突っ込んでくる。
 スキルで軌道を読むまでもない。
 受けてやる。
 一発だけ。
 サービスだ。

「うォらァっ!」

 ブンッ! と振り下ろされた拳。

 それをパリィ・スケイルで受け止める。

 ぐにっ。っとスケルトンドラゴンの鱗がその衝撃を受け──。

「う、うわぁぁぁぁあっ!」

 ぽよ~ん。

 オレは、ふっ飛ばされる。
 いや、
 わざと。
 出来るだけ大仰おおぎょうに。

「ギャハっ! 人間、よわッ! あんナ軽々吹っ飛びやがっタ!」

 笑顔でガチンガチンと鉄の小手を打ち付けて喜ぶオガラ。
 奴の一族たちも大盛りあがりだ。

「おい、フィード! 大丈夫か!」
「やっぱり人間って脆いわね……ジュルリ……」
「くくく……やはり我ら魔物は、人間を狩る側なのだな……」

 クラスの魔物の反応も様々だ。
 なかでも、血の気の多い者から順に魔物の本性が現れていっているようだ。

「フレー! フレー! フィーイードォー!」

 女子~ズの声援にも力が入る。
 いくらオレが吹っ飛んだとは言っても、かすり傷一つないのは、彼女たちの声援で宿やどった防御バフと、セレアナの用意してくれたタキシードのおかげだろう。

「これじゃア、ミノルくんの出番もなさそウだなァ」

 余裕綽々よゆうしゃくしゃくの笑みでオレを見下みおろすオガラ。

 ああ、その調子で見下みくだしててくれ。
 お前たち全員を殺し終わるまで、少しでも油断してくれてた方がありがたい。

 オガラは、ノシノシと歩いてくると、地面に片膝付いたオレに向けて右足を上げる。

「これで、終わりダぁ!」

 オレを踏み潰そうと、高く上げた右足を振り下ろす。

(……ああ、違う)

 そのやり方は違う。
 命を賭けた戦いで、そんなぬるいやり方は違うぞ。

「わ、わああああああっ!」

 オレは砂を掴んでオガラの顔めがけて投げつける。
 なるべく弱そうに。
 なるべく取り乱して見えるように。

「クソっ! こいつっ!」

 ドスンッ!

 目に砂の入ったオガラの足が見当違いなところに振り下ろされ、土ぼこりが舞う。

(今だ──!)


 【身体強化フィジカル・バースト
 【暴力ランページング・パワー


 老トロール。
 今こそ使わせてもらう。
 あなたのスキルを。


 スキル効果:道理を超えた純然たる暴の力を振るえるようになる。


 砂煙の中、低い体勢のまま前へと突進する。


 ドンッ──!


 ブンブンと当てずっぽうに振られるオガラの拳を軽々とかいくぐると。


 バキぃッ──!


 オガラの左足の膝を蹴りぬく。

「グぉッ……! な、なにッ……」

 片膝をついたオガラの背後に回ると、オレはブレスレット状のままにしていた魔鋭刀を短剣へと素早く変形させる。


 【暗殺アサシン


 そして、背後から首に向かって急所を一撃。


 ズッ──。


 すぐに短剣をブレスレットへと戻すと、オレはその場を離れた。


 ズズゥ~ン……。


 オガラの巨体が、つんのめるように前に倒れ、再び派手に土ぼこりを舞い上げる。
 やがて、土ぼこりがゆっくりと落ちていき、皆の目の前に現れたのは──。

 すでに事切れた、オガラの肉体。

 辺りはシンと静まり返る。

 何が起こったのか、誰一人理解できていない。


「わ、わぁ……た、たまたま無我夢中で突っ込んでいったら、偶然倒せちゃったみたい……」


 わざとらしいが、別にいい。
 次のミノタウロスを倒すまで、それまでの間だけあざむければいい。
 二十九日間あざむいてこられたんだ。
 あと一人。
 あと一人で、オレのこの生活もやっと終わる。


 ざわざわ……。


「おい、どういうことだ……?」
「死んだ……? 死んでるのか……?」
「うぞ、なにがあったの……」
「人間が……オーガを倒した……?」


 魔物たちの間にざわめきが広がっていく。


 オレは、心の中でつぶやく。

(オーガのオガラ。お前のスキルは奪わない)

 いや、違う。


 お前のスキルは──
 奪うに値しない。


(スキルも奪わないし、オレの記憶にも残さない。オレの奪うスキルは脱出のためでもあるけど、同時にオレという人間を作り上げるものだ。オガラ、お前は

 老トロール、リサとルゥ、そしてこの戦いを通じて、オレは「スキルを奪うことの意味」を改めて認識していた。

 まず一歩。

 脱出に向けての最初の関門を、オレは順調にクリアした。
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