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第五章

第六十四話・王都ホワイト・キング・ガーデン②兎族ケルトの願い

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 アレンは急いで、ジョエルの声がする方に戻って行くと中庭に出る事ができた。
 
 「もう、どこに行ってたんだ。動かないって約束だろ」ジョエルが直ぐ側に近付いて来て怒った。
 「そうです、何が起こるか分からないんですよ」普段は温厚なメイグも、一緒になって怒っている。
 「ごめんなさい」アレンは、直ぐに謝ったが、腕に抱いているクッキーをジョエルは目聡く見つけた。
 
 「もしかして、又、クッキーの所為か。首輪でも紐でも付けとかないと駄目じゃないのか、ほんと、トラブルメーカーだよな」
 「・・ごめん、捕まえようとはするんだけど、クッキーって、すばしっこいんだよ」
 「ふ~、仕方ないな。さあ、そろそろ出発する時間だよ。上に戻って、用意をしよう」ジョエルに促されて、アレンは慌てて出発の準備に取りかかったので、さっきの出来事を話さずに終わった。




∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
 


 一人取り残されて呆然としていた亜人の子供は、我に返ると、急いでフードを被り皆の所へ戻った。幸いな事に、今度は誰にも絡まれずに、戻ることができた。

 「ケルト、遅かったな。心配してたんだぞ」べゼルが、気が付いて声を掛けて来た。
 「うん、ごめん」その声を聞き付けてマナナが幌馬車から降りて来ると、直ぐに、ケルトの異変に気が付く。
 「どうしたの、ケルト。首の紐が千切れて怪我してる。まさか、人間にやられたの」マナナは、ケルトの姉で同じ兎族だ。頭に弟と同じ白いウサギの耳が付いているが、心配の為にピクピクと動き始める。

 「うん、変な奴等に絡まれた。キング・ガーデンから出て行け・・とか、何とか。獣臭くて直ぐ分かる、とか」
 「そんな筈ないわ!私達は別に、臭ったりしないわ」マナナは怒って言う。
 
  「そうだ、そんな筈はない。我々の方が人間よりも臭いには敏感だ」ナグが側に来て、マナナの肩をぽんと叩く。
 「だったら、なぜ?ケルトはちゃんとフードを被って、分からないようにしてたのに・・・」マナナは弟を庇って言う。
 「たぶん、ツインズ・ヘッドから、後をつけられているんだ」
 「「「!!」」」ナグの言葉に、皆は固まった。
 「これからは、一人で絶対に行動しないように、いいね」ケルトを始め、ナグの言葉に皆が頷く。

 「でも、よく無事に戻れたわ。よかった、ケルト」マナナが、そっと弟を抱き締める。
 「うん、凄く運が良かったよ。人間の子供に助けられたんだ」ケルトがマナナを安心させる為に説明した。
 「えっ、人間の子供に・・・だって、その耳は・・見られたんじゃないの?」
 「彼は、ぜんぜん大丈夫だったよ。僕は悪くない、悪いのは大人達の方だって、はっきり言って助けてくれた。それにさ、僕の耳がカッコイイって、言ってくれたんだぜ」ケルトは自慢げに言った。

 「「「・・・・」」」皆は、再び驚いた。
 「ハハハ、お前の耳がカッコイイって、そりゃいいや」
 「どう言う意味、べゼル。私達の耳がおかしいとでも、言いたい訳!」マナナが突っ掛かる。
 「いや、違うよ。マナナのフワフワの白い耳は凄く可愛いと思うよ・・・ただ、そのカッコイイとは違うかな~って」べゼルがしどろもどろに弁解する。
 「何よ。どうせ狼族や狐族って、自分達が一番カッコイイとか、思ってるんでしょ」
 「ははは・・・」狐族のべゼルは返す言葉に詰まる。実は大き目の金色の耳(先端が黒くなっている)と、金色のフサフサの尻尾が自慢だったりする上、女の子達からも好評だ。
 そして、狼族のナグは青灰色の瞳と黒い耳、フサフサの黒い尻尾がカッコイイと女子だけじゃなく、男子にとっても憧憬の的だ。

 「ケルト、その子供はどうやってお前を助けたんだ。お前より、年上だったのか?俺達の居場所を知っているのか?」ナグは話しを元に戻す。
 「僕より、うんと下だと思う。ハ才か七才くらいかな。しっかりしてるのかと思うと、凄く子供っぽかったり・・変な奴だった。そうだ、ナイフで大人を脅したんだ。こう、喉にナイフを当てて。その上、変な動物を連れてた」
 自分の喉にナイフを当てる仕草をしながら身ぶり手ぶりで話す。
 
 「変な動物?」べゼルが興味を持った。
 「うん、みたいだけど、じゃない。頭に角が生えてたり、背中に羽が生えてたり。そいつが男達にバキバキ噛みついて血だらけにして、追い払ったんだ。小さいのに凄い奴だった」
 「なんだそりゃ・・」
 
 「それで、その子供はここの場所を知ってるのか、ケルト」ナグは問いを重ねる。
 「ううん。誰かが呼んでたみたいで、あっと言う間に去って行ったから、僕の後を付けたりしてないと思う。だから、大丈夫だ。ここの場所は知られていないよ」
 「そうか、それならいいんだ。例え、子供だろうと、相手は人間だ。気を許すな」ナグは改めて言い聞かせた。
 
 気の緩みが命取りになるのだ。周りは敵だらけの人間の国にいるのだから。
 そう、故郷からは余りにも遠いところに来ているのだ。

 「あっ、ナグ」ケルトは、思いだした。
 「何だ」
 「変なんだ、分かれる時に、『宮廷で会おう』って言ってた」
 「・・・宮殿じゃなく、『で会おう』と言ったのだな」
 「うん・・・だと、言ってたと思う。耳はいいからね」

 「どう言う事?何かおかしいの、ナグ」マナナが心配になって聞くと、又、耳がピクピク動き始める。
 「・・・その子は、小さいのに大人の喉に正確にナイフを当てた。・・・これは、日頃から訓練を受けている証拠だ」
 「でも、子供でもナイフを持っていたら、脅しに使うのが普通だと思うけど」マナナが分からないと言う風に聞く。
 「いや、その場合、背中とか、お腹に突き付けるのが普通だ。一瞬の隙に、相手の懐に入って喉にナイフを当てるのは訓練された者にしかできないよ」べゼルがナグの代わりに説明する。分析や、観察するのが得意だ。

 「兵士って事?でも、ほんの子供だよ」ケルトが吃驚して聞く。
 「いや、兵士じゃないね。変な動物を連れてたってところがミソだ」
 「そうだ、べゼルの言う通り、その変った動物は守護魔獣に違いない」ナグが後を引き取って説明する。
 「・・・じゃあ、あの子は・・・」

 「そう、貴族の子供だよ。だから、『で会おう』と言ったのだ」

 「きっと、その子も”招待貴族”の一人なのさ」

 「あの子が貴族の子供だって、そんな馬鹿な。だって気さくに話し掛けてきたり、謝ってきたりしたんだぜ。ぜんぜん、人を見下した感じはなかった」

 「きっと、下級貴族か、商人から貴族になったって奴だろうな。でなけりゃ、一般市民に話掛けたりしないものさ」べゼルが肩をすくめる。

 「まあ、そうだろうな。その子が変わってると言うのは、本当だろうな。宮廷内と言っても、腐る程、貴族がいる。その中で、出会うのは難しいだろう。
 は・・・」ナグはそう断言した。

 果たしてそうだろうか、とケルトは考える。
 
 あの子なら、きっと、皆の前だろうと変わらずに声を掛けてくれるに違いない。

 いや、そうであって欲しいと、ケルトは願った。




+++++++++

 第六十五話・ライデン王国、獅子王ライオネル・フォン・エイランド(仮)




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