みんなの憧れの女騎士様と一線超えまして!?

黒水玉

文字の大きさ
2 / 4

やってしまった


――そうして、二人は一線を超えた。

誤解なきように言っておくが、ディルスはこの後もしばらく彼女を説得した。

こんなことをしてはいけない。自分たちは恋人同士ではない。貴女は女性なのだから、絶対に後悔する。

しかし、媚薬で正体をなくしたミレイにそんな言葉は通用しなかった。泣きながら触れてくれと懇願し、ディルスを引き寄せ、体に触れさせ、ディルスの体をまさぐった。

彼は必死で説得したが、抵抗はどんどん弱くなっていった。巷で流行りのアダルト小説なら「体は正直だな」なんて台詞を言われかねない弱々しい抵抗だ。こんな魅力的な女性に誘われて平静でいられるほど、ディルスは忍耐強くなかった。

彼女を止めながら、彼女の体に触れながら、自分の体に触れられながら、だんだんわけがわからなくなって、彼女の体は柔らかいし、いい匂いがするし、そもそも彼女が辛いなら望むとおりにするのが人助けなんじゃないか……?

そんなことを考えていたら、急にプツリと限界が来てしまった。ディルスも若い男だ。負けたのだ。欲に。

その後は「あ~れ~」というかんじに事が進んでしまった。


朝日の差し込む部屋の中、チュンチュンという小鳥の囀りを聞きながら、ディルスは顔面蒼白でベッドの中から体を起こした。

(ヤッてしまった…………)

あってはならないことが起きてしまった。高嶺の花、みんなの憧れのミレイ様と一線を超えてしまった。

しかも、ミレイは処女だった。確かに、恋人がいるという話は聞いたことがなかったが、本当に初めてだった。ディルスとて童貞だったが、ミレイの処女とディルスの童貞ではまったく価値が違う。

ちらりと隣を見下ろす。ミレイはまだ、気を失ったように眠り込んでいる。初めてが薬使用のうえ、童貞が相手だったのだ。かなり負担がかかってしまっただろう。

これは、かなりまずいのではないか。いくら不可抗力とはいえ、侯爵令嬢の処女を奪ったのだ。社会的に抹殺されてしまうかもしれない。

それに――

彼女とて、不可抗力だった。本当は、自分のような男に抱かれたくはなかっただろう。昨夜は媚薬のせいで自分を見失っていたが、望んだことではなかったはずだ。きっと、とても後悔し、苦しむ。

(なかったことにしよう)

ディルスはそう決意した。自分のため半分、ミレイのため半分だった。
昨夜のミレイはかなり意識が朦朧としていた。もしかしたら記憶を飛ばしているかもしれないし、覚えていたとしても汚点としてなかったことにしてくれるかもしれない。

彼はさっと身支度を整えると、濡らしたタオルでミレイの体を綺麗に拭いた。脱ぎ散らかした下着を身に付けさせ、シャツとズボンを着せる。騎士服の上着は、椅子の背もたれにかけておいた。
情事の痕跡をできるかぎり消し、彼は部屋を出た。そして、廊下を歩いていたメイドを呼び止め、「具合を悪くした女性が部屋にいる。様子を見てやってほしい」と頼んだ。もちろん、自分の存在は伏せてもらうよう口止めして。

メイドが部屋へ向かうのを確認し、彼は大急ぎで王宮を出た。

そして、体調不良を理由にして、その日から長めの休暇を申請した。ほとぼりが冷めるのを待とうと思ったのだ。
元から、ディルスとミレイに接点はない。王宮で会うこともほとんどないし、おそらくディルスの存在すら知らないだろう。あの日の夜会は大勢の人が来ていたし、二人が一夜を過ごしたことを知る者はいない。唯一心配があるとすれば薬を盛ったサーヤという令嬢だが、彼女とてとんでもないことをしでかしている。バレたらタダではすまないことくらい理解しているだろう。余計な波風は立てないはずだ。

あとはミレイが夢だと思ってくれるか、犬に噛まれたと思って流してくれるのを待とう。そう思っていた。しかし、そんな甘い見通しは、あっけなく打ち砕かれた。



休暇に入ってから一週間。ディルスは穏やかな毎日を過ごしていた。身を隠すために家に引きこもっているのだが、陰の者にはまったく苦にならない。毎日本を読んだり、ゴロゴロしたり、気ままな引きこもりライフを満喫していた。

あれ以来、ミレイからのアクションはない。覚えていなかったか、記憶から抹消されたか。ディルスのことを知らないから、見つけようがないのかもしれない。

このままほとぼりが冷めるのを待とう。ディルスはそう考えていた。
その時、玄関のチャイムが鳴った。

「おっ、昼飯が届いたかな」

できるだけ家から出ないようにしているため、食事は出前を取っている。今日は数件先のパン屋にサンドイッチを頼んでいた。そろそろ届く頃合だ。彼はなんの警戒もせず、玄関のドアを開けた。

「はい、どう……も……」

「こんにちは」

鈴のような声音が言葉を紡ぐ。
ディルスの足が勝手に後ずさった。すると、玄関先に立っていた美女がズイッと扉をくぐってきた。

「不用心じゃないか? 相手が誰かも確認しないなんて」

美女は肩をすくめて笑う。美しい黒髪がサラリと彼女の肩を流れた。
ディルスは顔面蒼白でガタガタと震える。

「やっと見つけたぞ。ディルス・ジミトリー」

にこりと微笑んだ顔は、白百合にも赤薔薇にも見える、清廉かつ華やかな美貌だ。

「さあ、私の処女を奪った責任をとってもらおうか?」

ディルスは卒倒しそうになった。

「な、な、な、なんのことでしょう……?」

必死でごまかそうとするが、声が震えまくって冷や汗が止まらない。

「おや、しらばっくれる気かい? 夜会の日、君と私は一夜を過ごしただろう。ほんの数日で忘れてしまったかな?」

ミレイはクスクスと笑った。品の良い笑いだが、底知れない恐怖を感じる。

「君を見つけるのは苦労したよ。名前も知らないし、休暇をとっているから王宮内にも見当たらないし」

そうだ。自分に繋がる痕跡は消したはずだ。なのに、どうして――

「私の世話をしてくれたメイドが、君を王宮で見かけたことがあると言っていてね。そこから特徴をたどって割り出したんだ」

ディルスの心を読んだように、ミレイは答えた。

「ああ、私が無理に聞き出したのだから、メイドを責めないであげてくれ。ふふ。しかし、今回ほど己の身分に感謝したことはないよ。あやうく逃げられるところだった」

「あ、あの。ひ、人違いでは……」

「一夜を過ごした相手の顔くらい覚えてるよ。そこまで野暮じゃないさ」

彼女は困ったように苦笑した。先ほどから、ミレイはずっと笑顔を浮かべている。それが逆に恐ろしい。

「ああ、そういえば私を抱いた男性は、左の脇腹に蝶のようなアザがあるんだ。人違いだと言うなら、君の脇腹にそんなアザはないはずだよね?」

「!」

ディルスは思わず左の脇腹を押さえた。確かにディルスの脇腹には、生まれつき蝶のようなアザがある。

「本当に人違いなら大変だ。確認させてもらえないかな? 君があの時の人じゃないと言うのなら」

ミレイが一歩、また一歩とディルスに近付く。ディルスはもはや半泣きだ。

「もし、君の脇腹にアザがあったなら――」

それまで笑顔だったミレイの顔から、スッと笑みが消えた。

「どうなるかわかっているね……?」

ディルスはガバリと床に額をこすりつけた。

「申し訳ありません!」

もう逃げられない、と瞬時に察した。突然の土下座に、ミレイが面食らっている気配がする。

「どんな理由があれ、私のしたことは許されるものではありません。どのようなことをしても償います」

これは本心だ。もしもミレイに素性がバレたら、潔く認めようと決めていた。できることなら逃げ切りたかったが、己のしたことの責任を感じていたのも確かなのだ。

「どのようなことをしても……か」

ミレイが独り言のように呟く。

どんな罰を受けるのだろう。慰謝料あたりが妥当だろうか。それとも、強姦罪で捕まるのだろうか。
家族や友人に害があるものでないといい。お互い様な部分はあるし、少しは大目に見てもらえないだろうか。

「なら、責任とって私と結婚してくれ」

「はい?」
感想 2

あなたにおすすめの小説

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

片思いの貴方に何度も告白したけど断られ続けてきた

アリス
恋愛
幼馴染で学生の頃から、ずっと好きだった人。 高校生くらいから何十回も告白した。 全て「好きなの」 「ごめん、断る」 その繰り返しだった。 だけど彼は優しいから、時々、ご飯を食べに行ったり、デートはしてくれる。 紛らわしいと思う。 彼に好きな人がいるわけではない。 まだそれなら諦めがつく。 彼はカイル=クレシア23歳 イケメンでモテる。 私はアリア=ナターシャ20歳 普通で人には可愛い方だと言われた。 そんなある日 私が20歳になった時だった。 両親が見合い話を持ってきた。 最後の告白をしようと思った。 ダメなら見合いをすると言った。 その見合い相手に溺愛される。

兄妹じゃないとわかったのでお兄様と結婚したら、全部仕込みでした

こじまき
恋愛
【20260401読みやすいように話を分割しました】 伯爵令嬢ヘイゼルは、兄アリステアに恋をしている。叶わないと知りながら、それでも諦めきれなかった。 しかし子ども時代の「取り違え」が発覚し、子爵令嬢ロレッタとして“正しい場所”で生き直すことに。 そして妹ではなくなった彼女に、アリステアは求婚する。 運命のねじれは正されて、望んだとおりに最愛の人と結ばれた―― けれど――その「正しい運命」は、兄アリステアによって用意されたものだった―― ※「小説家になろう」にも投稿しています。

拾ってないのに、最上位が毎日“帰る”んですがーー飼い主じゃありません!ただの受付係です!

星乃和花
恋愛
王都ギルド受付係リナは、今日も平和に働く予定だった。 ……のに。 「お腹すいた」 そう言って現れたのは、最上位の英雄レオン。 強いのに生活力ゼロ、距離感ゼロ、甘え方だけは一流。 手当てすれば「危ない」と囲い込み、 看病すれば抱きしめて離さず、 ついには―― 「君が、俺の帰る場所」 拾ってない。飼ってない。 ただ世話を焼いただけなのに、英雄が毎日“帰ってくる”ようになりました。 無自覚世話焼き受付嬢 × 甘えた天然英雄の 距離感バグ甘々ラブコメ、開幕! ⭐︎火木土21:20更新ー本編8話+後日談9話⭐︎

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

【完結】帳簿係の地味令嬢、商会の不正を見抜いて王宮に見出されました。

夏灯みかん
恋愛
王都の商工会議所で働く、地味な帳簿係エミリー。 真面目に記録をつけることだけが取り柄の彼女は、同僚から軽く扱われ、雑用を押しつけられる日々を送っていた。 そんなある日――エミリーは、孤児院への配給物資の記録に、わずかな“ズレ”があることに気づく。 数量は合っている。 だが、なぜか中身の重量だけが減っている。 違和感を覚えたエミリーは、自ら倉庫へ足を運び、現物を確認する。 そこで見つけたのは、帳簿では見えない“静かな不正”だった。 しかしその矢先――不正の責任を押しつけられ、職場から追い出されそうになってしまう。 それでもエミリーは諦めない。ただ一つ、自分が積み上げてきた“記録”を信じて。 「では、正式な監査をお願いいたします」 やがてその記録は、王宮の政務監査官リオンの目に留まり―― 隠されていた不正はすべて暴かれる。 そして、彼女を軽んじていた者たちは、その代償を支払うことになる。 これは、地味で目立たなかった一人の帳簿係が、 “正しく記録した”ことで不正を暴き、王宮に見出されるまでの物語。

《完結》戦利品にされた公爵令嬢

ヴァンドール
恋愛
戦いの《戦利品》として公爵邸に連れて行かれた公爵令嬢の運命は?

冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件

りわ あすか
恋愛
「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。 以後、 寝室は強制統合 常時抱っこ移動 一秒ごとに更新される溺愛 妻を傷つける者には容赦なし宣言 甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。 さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――? 自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。 溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ