巫女劇団『Roman house』~あの世と現世の夢を繋ぐ~

真夜中の帰り道

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②巫女劇団『Roman house』

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 わたしはあの世とこの世のはざま彷徨さまよっている霊が多いことを知っていた。小児白血病の発作で何度か死にそうになったわたしを、霊が助けてくれたからだ。
 彼らは大切な生者に思い残しや心配事を抱えたまま、どこにも行けずにいた。生きてさえいれば、生者のためにできることもあるだろう。しかし、死んでしまった魂にはどうすることもできない。彼らに許されたことはただひとつ。愛する生者が苦しんでいるのに、何もできない罪悪感に耐えながら、ただ見ているだけ。それも永遠に。
 幼い頃から小児白血病で、死と背中合わせで生きてきたわたしにとって、他人事ではなかった。
 なんとかしてやりたい。いいえ、なんとかしなければならない。彼らの苦しみを知っているのは、自分だけなのだから。何度も、彼らに助けてもらったのだから。
 でも、どうしていいかわからないわたしは、無駄に流れる時間を見送ることしかできずにいた。
 そんなある日のことだった。再び持病の発作で死にかけたわたしが、三途の川の向こう岸に立っているおばあさんから話しかけられたのは……。

♢ ♢ ♢ ♢

 おばあさんの姿は深い霧のせいでぼんやりとしか見えないが、声ははっきりと聞きとれた。ただ、普通の会話とは少し違う感覚だった。まるで、スタジオでアフレコしたように、声が澄みきっていた。
 魂に直接語りかけられているようだ、とわたしは感じた。おばあさんの心の声も一緒に漏れ聞こえていたからだ。
 おばあさんの話を聞いたわたしは、やはりただの夢ではないと悟った。
 野間翔子と名乗るおばあさんは、死者の霊だったのだ。
 彼女は孫娘のことを心配していた。痴呆症になった野間翔子さんは、健気に世話してくれた孫娘のこともわからなくなったらしい。病気とはいえ、血の繋がった祖母から忘れられた孫娘はどんなに辛かったか!? それだけならまだしも、祖母の翔子さんはなぜか孫娘の香さんにだけ辛く当たったという。女子高生の彼女には辛すぎたのだろう。そのショックから登校拒否になった孫娘の香さんは今でも高校に行けないままだが、家事や父弟の面倒はみているらしい。無理していなければいいけど、そんなわけにもいかないか!?
 野間翔子さんも辛かったはず。生きていたときは病気で忘れていたのに、死ぬ間際に思い出すなんて、あんまりだ。なにもできない自分を責めながら見ているしかないなんて、どれだけ悔しかったことだろう。
 野間翔子さんの話を聞きながら、わたしは他人事ではないと思った。
 と同時に、勝手に唇が動いていた。
「孫娘さんに気持ちを伝えるのがあなたの夢ですか?」
「……?」 
 野間翔子さんの表情は不思議そうだった。夢は生きている人だけが見るもので、死んでしまった自分にそんな資格はないと思っていたのだろう。
 わたしは優しく説得した。
「死者だって夢を見ていいはずです。いいえ、死んだからこそ、希望が必要だと思います。死んだ人にとって、もうお金も名声も必要ないでしょ。最後に残っているものはたったひとつ、大切な生者への思いだけ。生きている人の夢は欲望だけど、死者の願いは正真正銘純粋なものでしょ。だから、死者こそ夢を見る権利があると思います。そう思いませんか!?」
 野間翔子さんもやっとわかったようで、満面の笑顔を返してくれた。
「わたしのメッセージを孫娘のかおりに伝えて。それがわたしの最後の夢なの。ね、知美さん、お願い……」

♢ ♢ ♢ ♢

 今度こそ、死者である彼女の夢を叶えたい。それが自分の使命だ、と決心したときだった。
 あ……と思いついた。
 わたしと双子の妹・愛合めぐりは共に同じ高校、大学に通い、演劇部に所属していた。体が弱いわたしは脚本・演出の方で、愛合めぐりは役者だった。
 その影響で、わたしたち姉妹は実家の神社を巫女として手伝いながら、神話を広めるためのボランティア劇団『Roman  house』を作り、読み聞かせや軽い芝居をしていた。
「あ、そうだ。劇団『Roman  house』の芝居で、死者である野間翔子さんの気持ちを孫娘の香さんに伝えよう」
 と思いついたのだ。
 以前、友人から聞いた話を、わたしは今でもはっきり覚えている。彼女はある映画が自分の人生を大きく変えてくれたと喜んでいた。
大袈裟おおげさだと思うかもしれないけど……」
 そう話す友人に、芝居だからこそ気づくこともある、とわたしも共感したのだった。
 例えばドラマで、犯罪歴のある人が真面目に生きていこうと頑張っているのに、近隣から立ち退きを迫られるシーンを観ると、可哀相だと同情することもあるはず。
 でも、現実の生活の中では、人柄や努力は簡単に見えないので、近所の住民にすれば不安になって当然だろう。
 それが現実にはない、芝居のパワーだとわたしは確信していた。
 つまり、虚像の世界とわかっているのに、心が揺さぶられるという既成概念を持つ芝居の力を借りて、死者である野間翔子さんの思いを、『Romanロマン Houseハウス』の芝居で、孫娘の香さんに訴えるのだ。
 勿論、不安ではある。では、他に方法があるかと考えてみた。
 直接、死者が生者に話しかけるのは、物語の世界である。
 かといって、霊能力者が死者の思いを代弁しても、生者に信じてもらえる可能性は低いだろう。
 誰かが伝えなければ、野間翔子さんの思いは絶対に届かない。だったら、Romanロマン Houseハウスに賭けるしかない、とわたしは再確信したのだった。
 確かに、成功率を考えると奇跡に近いだろう。それは滅多に起こらないことだが、絶対に起こらないことは不可能と言うはず。
 それに、死者と生者の間に強い絆があれば、奇跡が起こる確率は上がるはず。あとは両者の思いの強さを信じるしかないと、わたしは覚悟を決めた。
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