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⑤朗読劇『マリさんのぶらり坂①』
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朗読劇『マリさんのぶらり坂①』
♢ ♢ ♢ ♢
わたしは坂や階段の多い町に住んでいる。家は西洋風の建物。
今日も、いつもの1日が始まろうとしている。
「もう起きないと、 学校遅れますよぉ」
「はぁぁぁい」
わたしがダイニングキッチンに降りていくと、おばあちゃんは朝食の準備をしていた。
昔のアイドルの歌なんか口ずさんで、今日もご機嫌のようだ。
今朝のメニューは、フレンチトーストとスクランブルエッグとソーセージとサラダ。それにスープね。
おばあちゃんは68歳なのに、とにかく気が若い。ほとんど白くなった髪をポニーテールにして、薄いブルーに白い水玉模様のワンピースを着ている。
足には真っ赤なハイヒール。いくら、西洋風の家の中でも、ハイヒールは珍しいはず。初めて見る人は驚くかもね。
わたしに気づいたおばあちくゃんが、振り向いた。いつもの満面の笑顔だ。
「おはよう、ヨシコさん」
そう呼ばれると、ちょっとむず痒《がゆ》い。これにはなかなか慣れないんだよね。
「マリさん、おはよう」
わたしはおばあちゃんを名前で呼んでいる。本人のリクエストなんだ。
おばあちゃんの名前は入江真理。最初はやはり、抵抗があった。68歳のおばあちゃんを“マリさん”、なんてね。友達や近所の人に聞かれたら恥ずかしい。
でも、それはまだいい方で、おばあちゃんから、
「わたしのことを“お姉さん”と呼んで」
とお願いされたときは、絶対無理だと思った。
マリさんでいい。ううん、マリさんがいい、てね。
おばあちゃんは近所の人から、よく若作りだと笑われる。おばあちゃんは気にしていなくて平気そうだけど、わたしは少し気になる。
若作りって、そんなにいけないこと?
だって、いつも明るく、笑顔のおばあちゃんは、わたしに元気をくれる。それって、すごいことでしょう。それに、ふたり暮らしだから、感謝もしているんだ、本当に。口には出さないけど。
でも、わたしも偉そうなことは言えない。以前は、おばあちゃんと一緒にいて、恥ずかしいと思ったこともあるから。
「顔、洗ってらっしゃい」
おばあちゃんに言われて、わたしは洗面所に入った。
ここでも、変わっていることがある。鏡がないこと。この家には、鏡どころか、顔が映りそうなものはなにもない。
例えば、窓もすりガラスだし、テレビの画面にはカーテンがついている。
10歳の多感な女子には、辛すぎる。
髪、大丈夫かな?
顔になにかついてないかな?
服、似合ってるかな?
“?”マークがつきまとう。だから、
「ごちそうさまでした。行ってきまぁす」
外出するときは、いつも早めに家を出る。
登校途中、わたしには毎日寄る場所がある。すぐ近所にある両親の家だ。それは、半年前から、わたしの日課になった。
美容院をやっている両親の朝は遅いから、今起きたばかりのようだ。
「パパ、ママ、おはよう」
「おはよう」
まだ、眠そうな両親の声を背中越しに聞きながら、そのまま洗面所に入る。そして、念入りに鏡の中の自分と対面するってわけ。
わたしと両親は、ずっとおばあちゃんと一緒に住んでいた。
でも、半年前に両親だけが引っ越していった。しかも、すぐ近所に。
クラスメイトから、よく
「どうして、両親は引っ越したの?」
とか、
「どうして、親と一緒に暮らさないの?」
とか聞かれた。
その度に、困った顔で、
「色々と複雑なのよ」
なんて、思わせぶりな大人の言い方を真似してみせたっけ。
「嫁姑問題だって」
近所のおばさんたちの噂話が聞こえてきたこともある。
確かに、パパはおばあちゃんの実の息子だから、ママはお嫁さんになる。でも、おばあちゃんとママはすごく仲良しだったんだ。少なくとも、1年前までは。
洗面所を出たわたしは、
「パパ 、ママ、行ってきまぁす」
「いってらっしゃい」
また、両親の声を背中で聞きながら、飛び出した。
4年2組の教室に入ると、浅野君がニヤニヤしながら近づいてきた。嫌な予感。
「昨日の、入江のばあちゃんなんだろ?」
そうか。昨日、おばあちゃんと一緒に歩いているところを見られたんだ。
「あぁいうのを、若作りって言うんだってさ」
自分で言うのはいいけど、人から聞かされると、やはり傷つく。この年頃の男子は、幼稚なくせに言葉は知っているから、ズバズバ攻撃してくるんだよね。
「気持ち悪ぅ。年を考えろよ、年を」
悔しい。だけど、言い返せない。だって、半年前までは、わたしもそう思っていたから。今は後悔しているけど……。
そのときだった。
「あたしはうらやましいけどなぁ」
みっちゃんだ。
「うちのおばあちゃんなんて、あれはするな、これもするなって説教ばっかり。あんな若いおばあちゃんだったら、色々相談にものってくれそうだしね」
「そうよそうよ」
みっちゃんのお陰で、女子のほとんどが味方してくれて、いつしか、男子対女子の言い合いになった。口で、男子が女子に勝てるはずないのにね。
「みっちゃん、ありがとう」
わたしが礼を言うと、みっちゃんは笑顔を返してくれた。
それでも、懲《こ》りないのが男子だ。
「お前、いつからヨシコになったんだよ? 入江里美だろ」
浅野君が痛いところをついてきた。
そう、わたしもずっと、おばあちゃんに言いたかったんだ。
「わたしは孫の里美よ。おばあちゃんの妹のヨシコおばあちゃんじゃないんだから」
でも、毎日ギリギリのところで、グッと我慢した。だって、おばあちゃんは記憶障害だったから。
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