12 / 46
王都・夜の少年①
しおりを挟む依頼を終えたある夜。街を見歩こうと外に出ようとした瞬間、後ろから声がした。
「外出するならば、俺もついて行く」
「……ロイ、疲れてるでしょう」
「これくらいなんてことはない」
「駄目だよ! 回復してもらったとはいえ、攻撃魔法なんか受けたんだから! 安静にしてて!」
そうだ。今日はモンスターの攻撃をモロに受けたのだから。外出なんてさせる訳にはいかない。
わかった、と渋々といった返事が返される。
「ここの治安は良い方だ。出歩いてもそう危険な目には遭わないだろうが……用心するに越したことはない」
「うん、気をつけるよ」
くるり、振り向いて。ビシと指を指した。
「ちゃんと寝ててな!」
***
茂みをわけいって出た湖のそばには、既に誰かが座っていた。薄暗くてあまり見えないが、ローブを身にまとった男性のようだ。俺を不審そうに黙って見つめている。
「あ……すみません、人がいるとは思わなくて」
這い出て立ち上がり声をかけても、依然としてじろりとこちらをねめつけるだけ。弱い月光に照らされたその人の顔立ちは、気品がありつつもどこか刺々しい印象を受けた。
「……アンタ、ボクのこと知らないの」
「……え?」
澄んだ、少し高い声が夜の空気に静かに響く。予想もしていなかった言葉に面食らった。どこかで会ったことがある? いや、それとも名の知れた人物だとか?
不躾だとは思いつつもその人の顔を観察し、記憶を掘り起こしてみるが――やはり、思い当たる節は無かった。
「……すみません、ちょっとわからなくて」
「ふうん。随分な世間知らずか田舎者なんだね」
刺々しい物言い。なんとも手厳しい人だ。しかし反論のしようも無い。どうやらこの都では知らない者はいないような口ぶりだ。
「う、その通りですけど……ええと、有名な方なんですね。俺は悠斗っていいます、良ければ貴方の名前を教えてくれませんか?」
「名前なんか聞いてないし、知らないヤツに教える義理も無いでしょ。なにアンタ、不審者なの」
「えっいや違いますよ!」
慌てて否定するが、警戒の滲む目つきは変わらない。誰でも知ってるような人なら、名前を教えてくれても良さそうな気はするが――いや、有名だからこそなのか。とにかく何を言っても同じ調子で返される予感がしてきた。……ここでのんびり過ごすのは諦めて、別の場所を探した方が良さそうだ。なにより彼の迷惑にもなりそうだし。
「………………っ!!」
そう考えていると、こちらを見ていた彼が驚いたように小さく息を漏らした。不思議に思って彼を見たが、ただ黙っているだけで理由はわからない。沈黙が気まずくて、ひとまずここから去ろうと思い立ち上がったときだった。
「えっと、突然すみません。邪魔しちゃったみたいだから、別の場所に――」
「待って」
打って変わって切羽詰まった声が言葉を遮る。俺が口を閉じると、彼は矢継ぎ早に続けた。
「別に……邪魔とか、言ってないでしょ。座れば」
「え、いや、でも――」
「いいから」
有無を言わせぬ口調で促されるまま、おずおずと腰を下ろす。沈黙が間に満ちていく。……気まずいことには変わりない。なにか、なにか話題を――
「……こんな時間に何してたの」
「え? 散歩、ですかね……初めて来た場所だからいろいろ歩いてみたくて」
こちらが何か言うよりも先に彼が話を振ってくれた。へえ、と俺の答えに興味なさげな相槌が返ってくる。
「来たばっかりなんだ」
「はい。貴方は、ええと……よくここに来るんですか?」
「……まぁね」
「そう、なんですね」
また、沈黙。嫌な汗が出そうになったそのとき、呆れたような声が発された。
「……アンタ、会話下手ってよく言われない?」
「やめてください、今それ実感してるんで……」
「……っふ、情けないの。ボクより大人のくせに」
彼が微かに息を漏らして笑う。それにほんの少しだけ緊張が解れて、俺も頬を弛めた。
どうやら年下だったようだ。確かにどこか幼さが残るというか――あどけなさが、ほんの少しだけ和らいだ雰囲気から感じ取れた。
「あ……そっか、年下なんだ。何歳なのか聞いてもいい?」
「……なに。それ聞いて年齢でマウントとか取るつもり?」
「取らないよ! 嫌な人すぎるよそんなの」
「年齢言ったそばから敬語じゃなくなってるし、どうだか。……ボクは17歳。だからって言っとくけど舐めないでよね」
「……敬語の方がいい?」
「いいよ、今更。……よくここに来るか、だっけ」
「あ……ありがとう。うん」
彼の方に目をやれば、青年の猫目がふ、と伏せられた。
「……ここ、綺麗だから。それに、精霊の加護が満ちてるし」
精霊の加護。ヤコブさんが森に住むのを好んでいたのも、たしかそれがあったからだ。それほど加護とやらはこの世界では重宝されるのだろうか。なにかお得な効果があったりするのかな。
「精霊の加護……があると、やっぱり凄いの?」
「……無知すぎない? 子どもでも知ってるようなことなのに、どこまで世間知らずなの」
「あはは、いやぁ……」
刺さる視線で胸が痛い。知っていて当然の常識らしいが、生まれも育ちもこの世界ではないからわからないのだ――なんて弁解は、本当に不審者だと思われるだけだろう。
「加護があると、魔法の精度や効果が上がる。それに、持つ魔力が呼応して気分が落ち着きやすくなる」
「そうなんだ……すごいな」
どうやらリラックス効果があるらしい。俺にはこれっぽっちも魔力が無いため呼応も何も無いだろうが、それでも不思議と清々しい気持ちになる。パワースポットのようなものだろうか。どこかお寺や神社に近い、神聖な空気に似たものを感じた。
「良い場所だなぁ」
「……満月の晩はここの加護が一段と強くなる。それに、水面に大きい月が映ってきらきらして綺麗だから、ボクも嫌いじゃない」
「へえ! 見てみたいな」
「次の満月は五日後。知らなそうだから教えてあげる」
「知らなかったからありがたいです……」
ふあ。あくびをひとつ。なんだか、眠くなってしまった。
そろそろ帰った方が良いだろう。ロイも寝ているだろうから、音を立てないようにしないと。
少年に向き直って、口を開く。
「ねえ、またここに散歩しに来てもいいかな。満月じゃない日でも」
「……そんなの聞かないでよ。勝手にすればいいでしょ」
「もともと君がいた場所だし、落ち着けないとか迷惑になることはしたくないから」
「アンタなんかにペース乱されたりしないし。来たいなら来れば」
す、と彼が立つ。
「あ、もう行っちゃうの?」
「アンタが来るよりずっと前から居たし、いつもこのぐらいで帰るって決めてる」
「そっか……明日もここに居る?」
「居るけど」
「わかった、また明日ね!」
「……ふん。ほんっっと、子供みたいな大人」
吐き捨てられた毒舌に、吹き出しそうになる。確かに彼は俺よりずっと大人びているのだが、捨て台詞こそ率直に言えば子供っぽいものだったからだ。
言葉こそ厳しいけれど面白い子だ。もっと、彼を知ってみたい気がした。
422
あなたにおすすめの小説
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
王子に彼女を奪われましたが、俺は異世界で竜人に愛されるみたいです?
キノア9g
BL
高校生カップル、突然の異世界召喚――…でも待っていたのは、まさかの「おまけ」扱い!?
平凡な高校生・日当悠真は、人生初の彼女・美咲とともに、ある日いきなり異世界へと召喚される。
しかし「聖女」として歓迎されたのは美咲だけで、悠真はただの「付属品」扱い。あっさりと王宮を追い出されてしまう。
「君、私のコレクションにならないかい?」
そんな声をかけてきたのは、妙にキザで掴みどころのない男――竜人・セレスティンだった。
勢いに巻き込まれるまま、悠真は彼に連れられ、竜人の国へと旅立つことになる。
「コレクション」。その奇妙な言葉の裏にあったのは、セレスティンの不器用で、けれどまっすぐな想い。
触れるたび、悠真の中で何かが静かに、確かに変わり始めていく。
裏切られ、置き去りにされた少年が、異世界で見つける――本当の居場所と、愛のかたち。
【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼2025年9月17日(水)より投稿再開
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる