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王都・夜の少年③
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まんまるい月が煌々と輝く夜だった。期待と不安交じりに穴を抜ければ、そこには彼がいつものように座り込んでいた。
「あ、いた!」
「……うるさ」
「昨日いなかったからさ、どうかしたのかと思ったよ」
「……ボクだって、毎日暇なわけじゃないから」
なんだか、声に覇気が無い、ような。
気にはなったが──彼は何も言わなかった。あまり追求するのも、良くはないだろう。そう思って俺は口を出せなかった。
相変わらず空気はしんと静まり返っていたが、いつしかこの沈黙も心地よくなっていた。
「アンタといると、安心できる」
「え……、はは、そっかぁ。嬉しいよ」
照れ笑いをしながら彼を見ると、途端に違和感が胸を刺した。その柳眉は寄り、薄い唇はぐっと結ばれて──言葉には全くそぐわぬ表情を浮かべていたからだ。
俺には何故か、彼が酷く傷ついているように見えたのだ。ともすれば、今にも泣き出してしまいそうな。
「アンタはさ。もし強い力を手に入れるためだったら、なんだってできる?」
どうしたの、と声をかけるよりも先に彼が声を発した。いつもよりも固い響きを持っているように思えたのは、きっと気のせいではない。疑問を追求するよりも、今はとにかく彼の質問に答えるべきだろう。
「……なんだってって……例えばどんなこと?」
「……すごく苦しくて、本当に嫌で嫌でしかたなくて、…………後ろ指をさされるような悪いことだとしても、受け入れられる?」
続けられるそれに、言葉を失った。彼は、少しだけ悩んだ素振りを見せて。また、口を開く。
「そうすれば、アンタが──スキルも魔力も得られるとしたら」
「……もしかして君のスキル、『鑑定』?」
その言葉選びに違和感を覚えて聞けば、彼は小さく息を詰まらせた。そして、忌々しげに唇の端を歪める。
どうやら、当たりだったらしい。
「……だったら、なに。文句でもあるわけ?」
「い、いやそうじゃなくて、文句なんて無いよ! ええと、もし手に入るなら、だよね」
もし。俺に、強大な力があったなら。夢想するが──それの対価が、辛いことなら。
「……どうかなぁ。俺は正直そこまでして欲しいわけじゃないから」
「な、……なん、で。だってあった方がいいじゃん、そんなの。無いより絶対良いのに」
彼の声は僅かに震えていた。ううん、と小さく唸り声を漏らして俺は言葉を続ける。
「確かに欲しいと思ったときもあるけど……苦しいならともかく、本っ当に嫌なことをしてまで無理に手に入れる必要は無いと思うよ」
「…………それがどんなに、強い力でも?」
訝しげな彼へ、俺はしっかりと頷いた。
「しかも悪いことでしょ? そういうので手に入れてもその後素直に喜べる気しないし。だったら俺はその分、剣術で頑張って強くなってやるって思うんだ。鍛錬は大変で苦しいときもあるけど嫌じゃないしね!」
まあ、今はまだまだ弱いけど。
「とにかくさ、スキルや魔力が無いなら無いなりに生き方ってあるよ。生き方なんてひとつだけじゃないでしょう」
──なんて、格好つけすぎたかな。
「そっか。……そう、早いうちにわかってたら……」
「……なにか、あった?」
「……ううん。関係無い話」
つりがちな猫目が俺を静かに見据えて、唇が動く。
「アンタがボクの──だったら良かったのに」
「え、今なんて……」
言い終わるよりも早く彼は立ち上がる。すっぽり被ったローブが風ではためいた。
どうも風が強くなってきた。びゅう、と空を斬る音がする。
「明日の夜は大切な用事があるから、ここには来れない」
「そっか、じゃあ明後日だね。またね!」
「……ばいばい。ユウト」
彼の返事に、俺は目を見開いた。名前を、呼んでくれた。
フードから覗いた、空の星々を映す銀河によく似た瞳が月光に照らされて。眦がほんの僅かに緩んだように見えたが──気のせいかどうかわからぬ間に、彼はすぐに踵を返した。
──それから、どれほどだろう。しばらく時間が経って。そろそろ帰るかと、立ったときだった。
「……ユウト」
後ろから聞こえた声に、反射的に振り向いた。だって、その声は。
「ロイ! いつから……」
「お前、あの少年と仲がいいのか?」
遮ってされた質問。違和感を覚えつつ、首を捻る。
「うーん、まあ……だといいなぁ、とは思ってる」
「……彼が誰だか知っているのか」
……それは、どういうことだろう。
間抜けな面で顔を見つめれば──真剣な顔でロイは続けた。
「この王都で一番の名家──モーリス家のご子息だぞ」
「あ、いた!」
「……うるさ」
「昨日いなかったからさ、どうかしたのかと思ったよ」
「……ボクだって、毎日暇なわけじゃないから」
なんだか、声に覇気が無い、ような。
気にはなったが──彼は何も言わなかった。あまり追求するのも、良くはないだろう。そう思って俺は口を出せなかった。
相変わらず空気はしんと静まり返っていたが、いつしかこの沈黙も心地よくなっていた。
「アンタといると、安心できる」
「え……、はは、そっかぁ。嬉しいよ」
照れ笑いをしながら彼を見ると、途端に違和感が胸を刺した。その柳眉は寄り、薄い唇はぐっと結ばれて──言葉には全くそぐわぬ表情を浮かべていたからだ。
俺には何故か、彼が酷く傷ついているように見えたのだ。ともすれば、今にも泣き出してしまいそうな。
「アンタはさ。もし強い力を手に入れるためだったら、なんだってできる?」
どうしたの、と声をかけるよりも先に彼が声を発した。いつもよりも固い響きを持っているように思えたのは、きっと気のせいではない。疑問を追求するよりも、今はとにかく彼の質問に答えるべきだろう。
「……なんだってって……例えばどんなこと?」
「……すごく苦しくて、本当に嫌で嫌でしかたなくて、…………後ろ指をさされるような悪いことだとしても、受け入れられる?」
続けられるそれに、言葉を失った。彼は、少しだけ悩んだ素振りを見せて。また、口を開く。
「そうすれば、アンタが──スキルも魔力も得られるとしたら」
「……もしかして君のスキル、『鑑定』?」
その言葉選びに違和感を覚えて聞けば、彼は小さく息を詰まらせた。そして、忌々しげに唇の端を歪める。
どうやら、当たりだったらしい。
「……だったら、なに。文句でもあるわけ?」
「い、いやそうじゃなくて、文句なんて無いよ! ええと、もし手に入るなら、だよね」
もし。俺に、強大な力があったなら。夢想するが──それの対価が、辛いことなら。
「……どうかなぁ。俺は正直そこまでして欲しいわけじゃないから」
「な、……なん、で。だってあった方がいいじゃん、そんなの。無いより絶対良いのに」
彼の声は僅かに震えていた。ううん、と小さく唸り声を漏らして俺は言葉を続ける。
「確かに欲しいと思ったときもあるけど……苦しいならともかく、本っ当に嫌なことをしてまで無理に手に入れる必要は無いと思うよ」
「…………それがどんなに、強い力でも?」
訝しげな彼へ、俺はしっかりと頷いた。
「しかも悪いことでしょ? そういうので手に入れてもその後素直に喜べる気しないし。だったら俺はその分、剣術で頑張って強くなってやるって思うんだ。鍛錬は大変で苦しいときもあるけど嫌じゃないしね!」
まあ、今はまだまだ弱いけど。
「とにかくさ、スキルや魔力が無いなら無いなりに生き方ってあるよ。生き方なんてひとつだけじゃないでしょう」
──なんて、格好つけすぎたかな。
「そっか。……そう、早いうちにわかってたら……」
「……なにか、あった?」
「……ううん。関係無い話」
つりがちな猫目が俺を静かに見据えて、唇が動く。
「アンタがボクの──だったら良かったのに」
「え、今なんて……」
言い終わるよりも早く彼は立ち上がる。すっぽり被ったローブが風ではためいた。
どうも風が強くなってきた。びゅう、と空を斬る音がする。
「明日の夜は大切な用事があるから、ここには来れない」
「そっか、じゃあ明後日だね。またね!」
「……ばいばい。ユウト」
彼の返事に、俺は目を見開いた。名前を、呼んでくれた。
フードから覗いた、空の星々を映す銀河によく似た瞳が月光に照らされて。眦がほんの僅かに緩んだように見えたが──気のせいかどうかわからぬ間に、彼はすぐに踵を返した。
──それから、どれほどだろう。しばらく時間が経って。そろそろ帰るかと、立ったときだった。
「……ユウト」
後ろから聞こえた声に、反射的に振り向いた。だって、その声は。
「ロイ! いつから……」
「お前、あの少年と仲がいいのか?」
遮ってされた質問。違和感を覚えつつ、首を捻る。
「うーん、まあ……だといいなぁ、とは思ってる」
「……彼が誰だか知っているのか」
……それは、どういうことだろう。
間抜けな面で顔を見つめれば──真剣な顔でロイは続けた。
「この王都で一番の名家──モーリス家のご子息だぞ」
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