スキルも魔力もないけど異世界転移しました

書鈴 夏(ショベルカー)

文字の大きさ
14 / 46

王都・夜の少年③

しおりを挟む
 まんまるい月が煌々と輝く夜だった。期待と不安交じりに穴を抜ければ、そこには彼がいつものように座り込んでいた。

「あ、いた!」

「……うるさ」

「昨日いなかったからさ、どうかしたのかと思ったよ」

「……ボクだって、毎日暇なわけじゃないから」

 なんだか、声に覇気が無い、ような。

 気にはなったが──彼は何も言わなかった。あまり追求するのも、良くはないだろう。そう思って俺は口を出せなかった。

 相変わらず空気はしんと静まり返っていたが、いつしかこの沈黙も心地よくなっていた。


「アンタといると、安心できる」


「え……、はは、そっかぁ。嬉しいよ」

 照れ笑いをしながら彼を見ると、途端に違和感が胸を刺した。その柳眉は寄り、薄い唇はぐっと結ばれて──言葉には全くそぐわぬ表情を浮かべていたからだ。
 俺には何故か、彼が酷く傷ついているように見えたのだ。ともすれば、今にも泣き出してしまいそうな。


「アンタはさ。もし強い力を手に入れるためだったら、なんだってできる?」


 どうしたの、と声をかけるよりも先に彼が声を発した。いつもよりも固い響きを持っているように思えたのは、きっと気のせいではない。疑問を追求するよりも、今はとにかく彼の質問に答えるべきだろう。

「……なんだってって……例えばどんなこと?」

「……すごく苦しくて、本当に嫌で嫌でしかたなくて、…………後ろ指をさされるような悪いことだとしても、受け入れられる?」

 続けられるそれに、言葉を失った。彼は、少しだけ悩んだ素振りを見せて。また、口を開く。



「そうすれば、アンタが──スキルも魔力も得られるとしたら」



「……もしかして君のスキル、『鑑定』?」



 その言葉選びに違和感を覚えて聞けば、彼は小さく息を詰まらせた。そして、忌々しげに唇の端を歪める。
 どうやら、当たりだったらしい。

「……だったら、なに。文句でもあるわけ?」

「い、いやそうじゃなくて、文句なんて無いよ! ええと、もし手に入るなら、だよね」

 もし。俺に、強大な力があったなら。夢想するが──それの対価が、辛いことなら。

「……どうかなぁ。俺は正直そこまでして欲しいわけじゃないから」

「な、……なん、で。だってあった方がいいじゃん、そんなの。無いより絶対良いのに」

 彼の声は僅かに震えていた。ううん、と小さく唸り声を漏らして俺は言葉を続ける。

「確かに欲しいと思ったときもあるけど……苦しいならともかく、本っ当に嫌なことをしてまで無理に手に入れる必要は無いと思うよ」

「…………それがどんなに、強い力でも?」

 訝しげな彼へ、俺はしっかりと頷いた。

「しかも悪いことでしょ? そういうので手に入れてもその後素直に喜べる気しないし。だったら俺はその分、剣術で頑張って強くなってやるって思うんだ。鍛錬は大変で苦しいときもあるけど嫌じゃないしね!」

 まあ、今はまだまだ弱いけど。

「とにかくさ、スキルや魔力が無いなら無いなりに生き方ってあるよ。生き方なんてひとつだけじゃないでしょう」


──なんて、格好つけすぎたかな。


「そっか。……そう、早いうちにわかってたら……」

「……なにか、あった?」

「……ううん。関係無い話」

 つりがちな猫目が俺を静かに見据えて、唇が動く。

「アンタがボクの──だったら良かったのに」

「え、今なんて……」

 言い終わるよりも早く彼は立ち上がる。すっぽり被ったローブが風ではためいた。
 どうも風が強くなってきた。びゅう、と空を斬る音がする。

「明日の夜は大切な用事があるから、ここには来れない」

「そっか、じゃあ明後日だね。またね!」

「……ばいばい。ユウト」

 彼の返事に、俺は目を見開いた。名前を、呼んでくれた。
 フードから覗いた、空の星々を映す銀河によく似た瞳が月光に照らされて。眦がほんの僅かに緩んだように見えたが──気のせいかどうかわからぬ間に、彼はすぐに踵を返した。






──それから、どれほどだろう。しばらく時間が経って。そろそろ帰るかと、立ったときだった。

「……ユウト」

 後ろから聞こえた声に、反射的に振り向いた。だって、その声は。

「ロイ! いつから……」

「お前、あの少年と仲がいいのか?」

 遮ってされた質問。違和感を覚えつつ、首を捻る。

「うーん、まあ……だといいなぁ、とは思ってる」

「……彼が誰だか知っているのか」

 ……それは、どういうことだろう。
 間抜けな面で顔を見つめれば──真剣な顔でロイは続けた。

「この王都で一番の名家──モーリス家のご子息だぞ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

王子に彼女を奪われましたが、俺は異世界で竜人に愛されるみたいです?

キノア9g
BL
高校生カップル、突然の異世界召喚――…でも待っていたのは、まさかの「おまけ」扱い!? 平凡な高校生・日当悠真は、人生初の彼女・美咲とともに、ある日いきなり異世界へと召喚される。 しかし「聖女」として歓迎されたのは美咲だけで、悠真はただの「付属品」扱い。あっさりと王宮を追い出されてしまう。 「君、私のコレクションにならないかい?」 そんな声をかけてきたのは、妙にキザで掴みどころのない男――竜人・セレスティンだった。 勢いに巻き込まれるまま、悠真は彼に連れられ、竜人の国へと旅立つことになる。 「コレクション」。その奇妙な言葉の裏にあったのは、セレスティンの不器用で、けれどまっすぐな想い。 触れるたび、悠真の中で何かが静かに、確かに変わり始めていく。 裏切られ、置き去りにされた少年が、異世界で見つける――本当の居場所と、愛のかたち。

【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜

キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」 平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。 そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。 彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。 「お前だけが、俺の世界に色をくれた」 蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。 甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼2025年9月17日(水)より投稿再開 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...