スキルも魔力もないけど異世界転移しました

書鈴 夏(ショベルカー)

文字の大きさ
37 / 46

人形と、再会② 訪問者

しおりを挟む
「どんな子がいい?」

 ちら、と一瞬こちらを見た、ような気がする。

「……特段、要望のようなものは。ドールではなく、悠斗たちが持っているようなもので……種族は人間でお願いできれば」

「……そう、わかった」

 じっと、なにか言いたげにカトラさんは瞳を見つめていたけど。頷いて、作業へと入っていった。

 これから作業するのなら、俺たちが同じ空間にいては邪魔だろう。それに、一から作り始めるのなら確実に何日かはかかるはずだ。

「じゃあ……」

「時間はかけない。……でも大丈夫、手は抜かないから」

 え。

 棚から、数体の人形が動き出す。目を疑った。ふわりと宙を舞ったかと思うと、彼の傍に行き──人形を作るのを手伝っているではないか。型紙を切ったり、裁縫の準備をしたり。意志を持ったように動いている。

 夢を見ているみたいだ。わあ、とエーベルさんから声が漏れた。
 カトラさんが手を動かしたままに、口を開く。

「……このソーイングセットでパーツとかを作れば、ある程度は操れるから。僕の、魔道具みたいなもの」

 ただの裁縫道具ではなかったようだ。まるで映画や劇の世界にのめり込むように。彼や人形たちの手さばきに、皆で魅入っていると──どれほど時間が経っていたのか、我に返ったときにはちょこんとした可愛らしい人形が握られていた。

「こんなすぐ、仕上げてもらえるなんて……」

 リュディガーさんが呟く。感情を大きく露わにはしていないが──その声には、確かな感動が込められている。

「……あんな物欲しげにされたら、すぐあげたくもなるよ」

「っそ、そんなふうに見えていましたか……」

 気恥しげに視線を伏せた。微笑ましい。
 カトラさんが立ち上がり、近くの棚に手をかけた。そこからオレンジ色の宝石をひとつ取り出すと、なにかを呟き──ぬいぐるみの耳を飾ってやる。

「少し特別な加護をかけたから。ちょっとやそっとじゃ壊れないようになってるよ」

 短い金髪の、可愛らしい人形。リュディガーさんが気にしていたことまでカバーしてくれたらしい。やっぱり、真摯な人だ。

「……はい。これも、貴方にあげる。特別、ね」

 それと、棚から取り出した人形にも同じことをし──彼に手渡す。

 瞳に閉花石を嵌めた人形と、よく似た風貌をしている。あれはドールであったが、これはぬいぐるみのためデフォルトされた可愛らしいさがあった。

「っこれ、何故、」

「貴方、わかりやすいから。読まなくても、わかる。……非売品だから、大事にしてね」

 わかりやすい、というのは──なんだろう。あのドールが欲しかったのだろうか。

「……っはい」

 じい、とぬいぐるみを見つめてから──にこ、と破顔する。エーベルさんだけではない、俺たちみんなにとって可愛らしい弟のような存在の彼に、俺たちは微笑ましさを抑えられなかった。なんて可愛らしい。


「いいなあ」


 和んでいたそのとき──聞き覚えのある声。それに、大きく目を見開いた。だってそれは、ここにはいないはずの──プロタくんのもので。

「えっ」

「羨ましいなあ。そういう人形、僕にもくださいよ」

「っお前、どこから……!!」

 ロイが剣に手をかける。いったい、いつからそこにいたのだろうか。

「ユウトさんのとこに、って思って転移しました。ぼんやりしたイメージでは初めてしましたが──案外いけるものですね」

 爽やかに笑ってから、一転してつまらなそうに顔を歪めた。それはなんだか子どもが拗ねたような、幼さの残る表情で。

「あのノイギアとかいう人とも仲良くしてるんでしょ? いいなあ、楽しそうで」

「……何故知っているんだ」

「別に傍で見てたわけじゃないですよ。これ」

 どこかから、一冊の本が出される。よく見れば分厚いそれは、どうも小説らしい。著者名には──確かに、ノイギアさんの名があった。

「これ書いた人が、『これを、平凡で非凡な青年が率いるパーティへ送る』とか言って大々的に売り出してるらしくて。なんとなく察しますよ、そりゃ」

「そんなことあるんだ」

 本当に。ノイギアさんらしいけど。
 予想外の出来事にぽかんと間抜けな顔をしていると、ぐ、とプロタくんが顔を近づけた。顎をすくわれて──その真っ黒な瞳に、息を飲む。

「やっぱり、嘘つきだった。世界を隅々まで見たけど、貴方ほど変な面白い人はいなかった」

「……褒めては、ないよね」

 ないよな。流石に。

「おかしいなあ。僕にしては褒めてる方ですけど……ところで。貴方との約束のことですけど、律儀に守ったんですよ。なんかないんですか」

 約束。どうやら、寿命を縮めるスキルを使わないでいてくれたらしい。それは、素直に嬉しい。突飛な行動をする彼が、俺なんかとの約束を破らず守っていてくれたのだ。
 なにか。それに見合った、ご褒美が欲しいのだろうか。

「……ご褒美とか? ええと……なにか奢る?」



「面白いけど、もっと別のがいいな。──貴方とか」



 それ、どういう意味──


 聞こうとした瞬間、言葉は彼に飲み込まれた。長い睫毛が、目の前にあって。まぶたが開き、至近距離の黒い瞳に間抜けな俺の顔が映っている。


 なにより。唇に、柔らかな何かが触れている。何が?


 それに気づく頃には、唇はもう離れていた。


「……息止まってましたよ。鼻ですればいいのに」


 彼が、笑って。周りを見てから、気づいたように口を開いた。


「ああ、すみませんでしたね。お邪魔しました」


 その言葉とともに──俺たちは、光に包まれる。転移するつもりだ。ロイに視線をやったその一瞬、彼は絶望したような顔で手を伸ばしていた。
 それを最後に、俺たちはその場から消えたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

王子に彼女を奪われましたが、俺は異世界で竜人に愛されるみたいです?

キノア9g
BL
高校生カップル、突然の異世界召喚――…でも待っていたのは、まさかの「おまけ」扱い!? 平凡な高校生・日当悠真は、人生初の彼女・美咲とともに、ある日いきなり異世界へと召喚される。 しかし「聖女」として歓迎されたのは美咲だけで、悠真はただの「付属品」扱い。あっさりと王宮を追い出されてしまう。 「君、私のコレクションにならないかい?」 そんな声をかけてきたのは、妙にキザで掴みどころのない男――竜人・セレスティンだった。 勢いに巻き込まれるまま、悠真は彼に連れられ、竜人の国へと旅立つことになる。 「コレクション」。その奇妙な言葉の裏にあったのは、セレスティンの不器用で、けれどまっすぐな想い。 触れるたび、悠真の中で何かが静かに、確かに変わり始めていく。 裏切られ、置き去りにされた少年が、異世界で見つける――本当の居場所と、愛のかたち。

【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜

キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」 平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。 そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。 彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。 「お前だけが、俺の世界に色をくれた」 蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。 甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼2025年9月17日(水)より投稿再開 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...