スキルも魔力もないけど異世界転移しました

書鈴 夏(ショベルカー)

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エピローグ

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「そろそろ、帰ろうかな」



 この世界に来て、しばらくが経った頃。ふと、思い立って呟けば──談話室の空気が固まった。皆の視線がこちらに集まっているのがわかって、え、と息を飲んだ。
 エーベルさんががたりと立ち上がる。

「かっ、かえ、帰るって……どこに!? え、元の世界に帰る方法が見つかったってこと!?」

「兄貴止めろ!! 脳が揺れるぞ!」

「うわわわわわわ」

 肩を掴まれて、がくがく前後に揺さぶられた。そこで気づく。どうやら、盛大な誤解を招いているらしい。

「あ、いや、違いますよ!! ここに来てから俺を拾ってくれた、親父さんのところです!」

「……なんだ、そっちか……」

 慌てて弁解すると、エーベルさんの手は止まる。その顔には安堵が浮かんだが──彼の後ろから、視線を感じる。悲しげな紅い瞳と、感情を消した真っ黒な瞳がこちらへ向けられていた。

「……もう、冒険はしないのか……?」

「……元の世界とか、よくわからないけど……離れるつもりなら、閉じ込めていいですか?」

「違う!! 一旦帰るってことね!! 顔見せに行くだけ!!」

 プロタくんが危険思想すぎる。ロイも安心したのかいつもの表情に戻り、恐ろしいことを口走ったプロタくんは「なあんだ」と言ってあどけなく笑った。

 親父さんの懐かしい姿を思い浮かべる。何年も昔──というわけでもないが、それくらい長い時が経ってしまったようにも感じられた。家を出るとき、必ず顔を見せに帰ると約束したのだ。なにより、俺にとって、この世界での親のような存在で。愛情深いあの人の顔が見たい。

 ならさ、とどこか弾んだ声でエーベルさんが言う。ぴん、と人差し指を立てて凛々しい顔をした。

「私が転移でも使おうか? 方向音痴だけど頑張っちゃうよ?」

「僕がやります。なんでわざわざ迷いに行くんですか?」

 顔を顰めながら、プロタくんが呆れたように言った。行ったことがない場所だが、転移できるものなのだろうか。彼の場合、俺がいる場所という曖昧な指示でも転移できた前例があるのだが。

 大体の場所を伝えると、彼は瞼を閉じ──少ししてから、開いた。

「えい」

 気の抜けた一言ともに、光に包まれる。眩さに目を固く瞑ったが──やがてそれは収まり。ゆっくりと瞼を開いて、息を飲んだ。

「わ、ちゃんと転移できた……!!」

 久々に見る光景。確かにそこは、俺が初めて訪れた村だった。長閑で、静かで。住んでいる人も少ないそこは、なんだか安心する。

「……懐かしいな」

「うん」

 ロイが、相好を崩す。彼にとっても、思い出として残ってくれているらしい。

「すごーい。私全然うまくいかないのに」

「……兄貴はもう少し土地勘を身につけた方がいい」

「……田舎ですね。……なんか、嫌だな」

 エーベルさんたちは物珍しそうに辺りを見回して。プロタくんは物憂げに、視線を周囲へ向けた。きゅ、と裾を掴まれる。……故郷に、雰囲気が似ているのだろうか。だとしたら、悪い記憶が蘇ってしまうのも仕方ないだろう。

「ここには、いい人がいっぱいだから。大丈夫」

 手を取って、落ち着くように話しかける。返事は返ってこなかったが、その代わりに手を強い力で握り返された。
 彼が安心できるのなら、このままでいよう。


 こっちです、と皆を先導して親父さんの家まで導く。戸の前に立つと、僅かな緊張で胸が震えて。すう、と息を吸ってから扉を開いた。

「親父さん、戻りました!! ……ああ、ヤコブさんもいたんですね!」

 俺たちの姿に目を丸くする親父さんの横には、穏やかに微笑むヤコブさんもいた。どうやら鍋の修繕にでも来ていたようだ。あとで家にお邪魔しようと思っていたが、運が良かった。
 ふ、と表情を緩ませて、親父さんが口を開く。元気そうでよかった。

「……よく帰ったな。剣と盾の様子はどうだ」

「すっごくいいです! 活躍してくれてます!!」

「見せろ。……研ぎ直してやる、ゆっくりしてけ」

「お邪魔します。以前は、お世話になりました」

 ロイが慇懃に頭を下げる。ヤコブさんは笑って、親父さんはなんてことないように手をひらりと振った。

「にしたって、随分仲間が増えたみたいだなぁ」

 貯えた髭を撫でながら、ヤコブさんは微笑みを崩さぬまま皆を順に見ていく。

「こちらが仲間のエーベルさん、リュディガーさんにプロタくんです」

「初めまして。悠斗がお世話になりました」

「ええ。貴方たちには感謝してもしきれません」

「うん? なんだか保護者のような態度だなあ」

 疑問を抱きながらも、差し出された手を握りしめる。この世界に来てから動向をずっと見ていた彼らからすると、たしかに保護者のような気分なのかもしれない。

 プロタくんは、というと。俺たちが初めて会ったときのように目をきらきら輝かせていて。庇護欲をそそるような、初さを前面に出しながらヤコブさんの手を握った。

「ユウトさんの仲間のプロタといいます。ユウトさんにはいつもお世話になってて……えへへ、よろしくお願いしますっ!」

「うわ、外面良……」

 ぽつりと呟いたエーベルさんは無視し、プロタくんは人の良い笑みを浮かべたままだった。

「飯でも食ってけ。今日は作りすぎたんだ」

「儂もご相伴にあずかるとするかなあ」

「好きにしろ」

 ***

 その日。テーブルを囲んで、食事をとって。今までの冒険譚を俺たちは遅くまで語った。何時間も話していたのに、瞬きのように時間はすぐに過ぎてしまって。もう日はとっぷりと暮れ、街灯も無い辺りは真っ暗で、就寝の時間となっていた。

 雑魚寝の形になって、皆が寝息を立てている。その寝顔を見つめてから、こっそり抜け出す。微かに物音がする作業場へと行くために。

「……ユウト」

「ロイ」

「……作業場に行くんだな」

 小さく頷く。起こしてしまっただろうか。近寄って来た彼が、俺の手を掬うようにとった。



「……俺は、お前のことが大切なんだ。他の何よりも。……ユウトと会えて、共に居られて。俺は、幸せだ」



 視線を伏せて、彼は密かに言葉を紡ぐ。噛み締めるように、ぽつぽつと。ここは、彼と会った初めての場所。今こうしていられる、きっかけの場所だから。思うところもあるのだろう。
 俺は応えるように握り返す。紅い瞳が、こちらへ向けられた。



「……俺も、ロイと会えて幸せだよ。本当に、会えてよかった。これからも沢山迷惑をかけるかもしれないけれど、よろしくね」



 どうかずっと、君の横にいられますように。


 なんて、言えないけれど。気恥ずかしくて、はにかんでしまう。ロイは、固く頷いて──真剣な空気が我慢できなかったのか、小さく笑った。

 行っておいで。

 手を離し、囁くように彼が言う。俺は頷いて、背を向け、作業場へと向かうのだった。





「なんだ。早く寝ないと明日に響くぞ」

 仄かな明かりに照らされて、広い後ろ姿は振り向くことなくそう言った。気配に気づいていたらしい。

 あの、と。緊張混じりに、言葉を切り出す。

「俺、親父さんには感謝してるんです。言葉じゃ言い表せないくらいに」

「たいしたことなんざしてねえよ」

「してます! スキルも魔力も無くて、身元もよくわからない俺を……ここに置いてくれたのは、貴方だから」

 心細くて、泣き出しそうな俺を。救ってくれたのは、絶対にこの人なんだ。

 作業の手を止めて、振り向く。親父さんは、いつになく優しい目をしていて。

 ふと。今まで会えた、人々の顔を思い返す。きっとまた、直ぐに会いに行けるんだ。
 傷を抱えながらも、優しい彼らと知り合えた。本当に人に恵まれている。なんだか、涙が込み上げそうになる。



「異世界から来て。強いスキルとか魔力とか、チートとかハーレムみたいなことは全然無かったけど」



 そんなものは、必要なかった。

 だって俺は、幸せだから!



「良い友だちがたくさんできたから、ほんっとうに恵まれてるんですよ、俺!!」



「……友人のわりに全員お前に向けてる目おかしくないか?」



【スキルも魔力もないけど異世界転移しました】 完
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