スキルも魔力もないけど異世界転移しました

書鈴 夏(ショベルカー)

文字の大きさ
42 / 46

クレッシタさんとお酒を飲もう!

しおりを挟む
「どこかに出かけるのか?」

「うん。ちょっと、外出てくるね。先に寝てていいから」

 身支度を整えていたとき。誰かに出かけることを伝えようと思っていると、タイミング良くロイが聞いてきた。どこに行くんだ、と不思議そうな顔で尋ねる彼に、言葉を続ける。

「クレッシタさんとお酒飲んでくる」

「俺も行く」

 珍しい。彼が酒場に行くなんて初めてだ。もしかしたら、酒に酔ってへろへろになったレアな彼を見られるかもしれない。
 思っても無い言葉に、気分が上がる。

「お、ほんと?」

「僕も行きます。酒場って行ったことないんですよね」

 ひょこ、と飛び出すように参加したのはプロタくん。
 あどけない笑顔で言う彼は、どこからどう見ても未成年だ。彼が強いことはわかっているが、さすがに子どもを治安の悪い場所に連れていくわけにはいかない。誰かにそそのかされてお酒を飲まされるかもしれないし。

「……成人してる?」

「む、失礼だなあ。お酒飲める歳ですよ」

「え、うわ、ごめん」

 心外だったらしく、可愛らしく頬を膨らませている。
 童顔なのか、ともすれば中学生にすら見えるが、一応成人のようだ。この世界での成人が、いったい何歳を指すのかはわからないが、ひとまず安心する。

 ふと頭をよぎったのは、自分もクレッシタさんに子どもと間違えられた思い出。あれは落ち込んでいるのもあって、それなりにショックだった。
 つい思い出し笑いをすれば、プロタくんは不思議そうに瞬いた。

「いいなー、私たちも……」

「大人数でいったら向こうも萎縮するだろう。俺たちはここにいる、楽しんでこい」

 出かけることを伝えると、エーベルさんは弟に首根っこを掴まれて泣く泣く手を振っていた。楽しいことが好きな彼を置いていくのはしのびなかったが、リュディガーさんの好意に甘えることにする。

 今度は、また別の機会に皆で行こう──そう決めながら、俺たちは集合場所である酒場に足を運んだ。




 酒場の前。鮮やかなオレンジの髪が該当に照らされている。おーい、と声を張れば、伏せていた視線をあげてクレッシタさんが笑った。

「ユウト! ……と、この前の」

「ロイだ。相棒が世話になった」

「プロタといいます、初めまして! ユウトさんのパーティに所属してます!」

「……どーも。オレはクレッシタ、王都で騎士団に所属してる。コイツの飲み友達」

 おお。異世界でできた友だちの間で、新たに交友関係が築かれていく。妙な感動を覚える。声が固いように聞こえるが、やはり最初は緊張するだろう。俺も初対面の挨拶は苦手な方だ。
 簡単な挨拶を終えて、俺たちは酒場へ足を踏み入れた。



「楽しいですね。そうだユウトさん、飲み比べしませんか? 負けた方がなんでも言うことを聞く、とか」

 酒が進んで、少しした頃。ほんの僅かに頬を赤らめたプロタくんが、距離を詰めて提案してきた。いつもよりも、大人びて見える。何杯もジョッキを空にしてなおそれを言えるなんて、どれほどお酒が強いのだろうか。

 返事をする前に、クレッシタさんが吠えた。

「やめろバカ!! コイツの教育どうなってるわけ!?」

「飲み比べはやめろ。倒れたら洒落にならない」

 冷静に言ったロイが、また酒を呷ろうとして──クレッシタさんに掴みかかられる勢いで止められた。

「上手く飲めなくて盛大に零すくらい酔ってんだろお前は!!」

「あっはっはっはっは!!」

「ユウトお前も止めろ!!」

 だって、あまりにも楽しくて。ロイはほんの少しのお酒でべろんべろんになってしまったらしく、クレッシタさんの言う通り、口に上手く運べずに机の上へぶちまけていた。

「ねえ、クレッシタさん」

 酔いのせいだろう、いつもより間延びした喋り方になってしまう。頬杖をついて、彼の顔を覗き込んだ。いつもと様子が違うせいか、彼は面食らっているようだ。

「……な、なんだよ」

 楽しくて、楽しくて、アルコールが手伝いをしたこともあって。



「俺ぇ、この世界の出身じゃないんですよ」



 気がつけば俺は、ポツリとこぼしていた。放ったそれは、すぐに酒場の喧騒に飲まれたが、彼らの耳には届いたようだった。

「は? ……なに、田舎からでてきたって意味か?」

「違います、異世界から来たんです」

「マスター、水」

「……ユウトの言っていることは本当だ」

「マスター、拭くもの!!」

 また盛大に机へ酒を飲ませている。それはそれとして俺は運ばれてきた冷たい水を飲んだ。美味しい。クレッシタさんはせっせと机を拭いてくれている。面倒見の良い人だ、とぼんやりする視界の中でそんなことを思う。

「元の世界って言ってましたもんね。やっぱこの世界の出身じゃなかったんだ」

「はあ……? 本当なのかよ……どうやって生きてきたんだ、お前……」

 生きてきた、というよりは──親父さんが俺を生かしてくれたのだ。
 ジョッキを両手で挟んで、そこの水面にうっすら映る自分の顔を見る。

「だいっすきな親みたいな人がいて。その人に会いに行って……やっぱ優しかったなあ」

「ふうん……親ねえ」

「積もる話もあっただろう。話せたなら良かった」

 ついに水を口にして、ロイは微笑む。あの故郷に帰った夜を思い出し──俺はふと、親父さんの言葉を思い出した。

「そう! 親父さんがさあ、変なこと言っててさあ……みんなが友だちにしてはおかしな目で見てるって」

「へえ」

「ぶっ」

 相槌を打つプロタくんの横で、クレッシタさんが酒を吹き出す。気管支に入ったのだろうか。咳き込む彼の背中を擦る。ロイはまた零した水を拭いていた。

「どういう意味だと思う?」

「……どういう、意味だろうな」

「どうもなにも、ただの友情じゃないってことでしょ」

「お前は躊躇とか無いわけ?」

 あっけらかんと言ったプロタくんに、頭を捻る。

「ただの友情じゃない?」

「はは、キスしたじゃないですか。忘れたならもう一回しましょうか?」

「は!? なに、なんつったお前!?」

「あははは! 酔いすぎだって!」

 くい、と顎を掬うプロタくん。様になっているが、相手が俺というところが決まらなくて笑ってしまう。
 酒が回りすぎているらしい。今なら箸が転んでも爆笑できる自信がある。

「普通の友だちならしないでしょう。ね?」

「……まあ、しねーよな。そりゃ」

「しない……けど……」

 わからない。わからない、のだ。普通の友だちを超えたとして、関係性はどうなるのか。恋人? 家族? どれも、しっくりこない。

「わかんない。異世界に来たのに友だちができて、皆と冒険できてるだけで、俺は十分幸せだから……」

「現状で満足、ってことですか」

「……うん」

 頷く。なんだか気まずくて、誤魔化すようにジョッキを口に運んだ。クレッシタさんが、ふうん、と声を出してから口を開く。

「じゃあ、それ以外の夢は?」

「……皆が幸せになってくれることと……俺がもっと強くなって、迷惑をかけないようにすること……?」

「迷惑じゃない」

 ロイが突然口を開いた。

「はいはーい。ノロケはいいでーす!」

「変なとこで自己肯定感低いよな、お前」

 前も言ったけどさ。

 小さく呟いてから、クレッシタさんは酒を飲んで言葉を続ける。

「強くなりたいなら、いつでも鍛えてやるから。オレんとこ来いよ」

「……ありがとう、ございます」

 じんわりと心が温かくなる。さっぱりとしたその口調が慈愛に満ちていることに気がつかないほど、俺は鈍感ではない。

「じゃあ僕も鍛えてもらおうかなぁ」

「お前はいい」

「……ユウト、俺も手伝うからな」

「はは、ありがと!」

 ロイは、胡乱だけどしっかりとこちらを見据えている。とりあえず今日はこれ以上酒を飲まなければ帰ることはできるだろう。相棒の意外な一面を知って、俺はまた笑い声をあげた。

 クレッシタさんがため息をつく。どうしたんですか、と問えば複雑な表情で続けた。

「最近は物騒なんだよ。モンスターが外で増えてるのもあるけど、人も大概だな。どうも怪しい奴らがいるみてーでさ」

「へー、まあ人なんてろくな奴いませんしね」

「どんな恨みがあんだよ……」

 怪訝な顔でクレッシタさんがプロタくんの顔を見る。彼の過去を体験すれば、そう思ってしまうのも無理はないだろう。しかしその経験はおいそれと話せるものではない。あまりにも暗く、凄惨だから。

「……それで、どんな怪しい人間が出ているんだ」

「どうも最近できた教団らしいんだよ。目立った被害は別にねーけど、最近は邪教も増えてるだろ。だから警戒しててよ……噂からすると、名前は──」


 ──テネブラエ教団。

 それが、最近王都をにわかに騒がせている教団の名前だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

王子に彼女を奪われましたが、俺は異世界で竜人に愛されるみたいです?

キノア9g
BL
高校生カップル、突然の異世界召喚――…でも待っていたのは、まさかの「おまけ」扱い!? 平凡な高校生・日当悠真は、人生初の彼女・美咲とともに、ある日いきなり異世界へと召喚される。 しかし「聖女」として歓迎されたのは美咲だけで、悠真はただの「付属品」扱い。あっさりと王宮を追い出されてしまう。 「君、私のコレクションにならないかい?」 そんな声をかけてきたのは、妙にキザで掴みどころのない男――竜人・セレスティンだった。 勢いに巻き込まれるまま、悠真は彼に連れられ、竜人の国へと旅立つことになる。 「コレクション」。その奇妙な言葉の裏にあったのは、セレスティンの不器用で、けれどまっすぐな想い。 触れるたび、悠真の中で何かが静かに、確かに変わり始めていく。 裏切られ、置き去りにされた少年が、異世界で見つける――本当の居場所と、愛のかたち。

【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜

キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」 平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。 そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。 彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。 「お前だけが、俺の世界に色をくれた」 蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。 甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼2025年9月17日(水)より投稿再開 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...