魔力ゼロのポーション屋手伝い

書鈴 夏(ショベルカー)

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舞台裏

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 ***

 調べて、何も収穫を得ないまま。記憶が無いことによる軋轢が生まれ、溝が深まる終わる日々。

 それは、唐突に終わりを迎えた。

「っこれ……! リクくん、もしかしたらキミはこれを飲まされたのかもしれない!」

 フォールハイトさんが、焦ったような声をあげる。飛び降りるように椅子から立ち上がり、古びた書物のとあるページを俺へ見せた。黄色く変色し、年季を感じさせるそこには、とあるポーションが書かれているようだった。

 忘却のポーション。
 服用すると、自分や周りの人々に関する記憶を一切合切忘れてしまう。強烈な苦味を伴うため、経口にて摂取した場合、数日は苦味が残る。効力を無くすには、解毒薬では不可能。服用した本人が強い感動を覚えた事象などに触れることで、記憶を思い出す事例が確認されている。

「何日間も苦味があったんだろ。可能性は高い……」

 確かにその通りだった。特徴は一致している。腹に残る痛みは謎だが──ポーションを無理やり飲まされたとなると犯人がいることになる。誰かに恨みでも買っていたのだろうか。自分がどんな人間か思い出すのが、ほんの少し怖くなってきた。

「……でも、治す手だては、ひとつしか無さそうですね」

「暗い顔しないの。だいじょーぶ、光は見えてきたじゃない」

 強い感動を覚えた事象。今の自分には、到底想像がつかない。
 着実に一歩ずつ進んではいるものの──大きな壁にぶつかってしまったような気分だ。

「家事やってみるとか?」

「強い感動覚えたと思ってるんですか?」

「ないです……ううん、調子は戻ってきてる気がするんだけどな……」

 それから。採集をしたという場所に行ってみたり、実際家事の一日の流れをなぞってみたりと──努力はしたが、特段効果はなく。

 ぱたりと、体力を使い果たした俺たちは机へ突っ伏した。不意に、あ、とフォールハイトさんが素っ頓狂な声をあげた。

「……一番大事なことやってなかった。ポーション作り、興味ある?」

「……多分」

 そういえば、どうして一番肝心なそれを忘れていたのだろう。今度こそなにか思い出すカギになるかもしれない。僅かな期待をかけて、頷く。

「よし──ならこっちにおいで。そばで見ててよ」

 フォールハイトさんは意気込んだ声と共に立ち上がり、店の奥へと足を進めた。

 店の奥が調合をするスペースのようで、いかにも調合に使うような大きな鍋がそこにあった。薬品のような、いろんなものがごちゃまぜになった複雑な匂いがする。今回は基本的なポーションであるらしい、回復効果を目的としたものを作るようだ。

「回復効果のあるポーションを作るには、基本的には癒し草がベースになる。そこに目的に応じてキノコを入れるんだ」

 一本の瑞々しそうな草。そして二種類のキノコを棚から取り出し、フォールハイトさんは慣れた様子で簡単な講義を始めた。

「魔力を回復するなら月光茸、体力を回復するなら──」

「──太陽茸……」

 言葉が、口から飛び出していた。本で見た知識では、ない。そんなものを読んだ記憶は無いから。フォールハイトさんが呆けたまま目を丸くしているが、一番驚いているのは他でもない、俺自身であった。

「……あれ、なんで俺、今勝手に……」

 肩を掴まれる。興奮が滲むその瞳には期待の色が浮かんでいた。「覚えてるの」切に迫る声。心臓が早鐘を打ち始める。何かに、辿り着けそうな気がして。頭が痛い。だけど、思考を止められない。

「見たことがある、気がします」

 どこで?

 俺は、前にもこれを作ったことがある。初めてなんかではない。旅に出るという親友──ルーカスのために、少しでも力になりたくて。フォールハイトさんが、考えてくれたのだ。俺たちのために。

「ルーカスのために作ったんだ」

 彼の瞳に、光が宿っていく。

 それで、それで。最後に魔力をファールハイトさんが込めて、その光景が、魔力の無い俺にとっては夢みたいで。……どんな光景なんだっけ。頭が割れんばかりに痛みを訴える。

「実際に、作ろう。ほら、材料を刻んで」

 言葉に従う。ああ、俺はやっぱりこの光景を見たことがある。あのときと同じで、彼が隣に立って教えてもらいながら調合を進めるこの光景を。鍋の中でよくわからない色になった内容物も、形容しがたい匂いにも今は動じることはない。
 最後の仕上げだよ。
 そう彼が静かに言って、手を翳す。ああ、そうだ。大切な幼馴染のことも祈ったのだった。彼の手が重なる。その優しい温度に、不意に泣きそうになった。あたたかい。

 きらきら舞う黄金色の光の中。窺うような、どこか不安げな彼の顔を見る。

「フォールハイトさん」

 いいや、違う。

「いや──ハイトさん。……ああ、やっと、やっと全部思い出せた……!」

 俺に、夢を与えてくれた人。
 涙でぐしゃぐしゃになった顔にも構わず、俺は彼へと飛びついた。


 ぐすぐす鳴る鼻をすすって、俺は彼が淹れてくれた茶を飲んだ。温まる。おいしい。少しだけ、気分が凪いだような気がした。
 目の前のハイトさんは優しく微笑みを作っていたが──その表情は昨日までになかった安堵が確かに滲んでいる。

「……でも、記憶だけでよかったです」

「いいわけないよ」

 ぴしゃりと切られる。形の良い眉の間には深い皴ができている。

「記憶を全部消すなんて、人殺しみたいなもんだ」

「そこまでですか」

「だってそうだろう。その人が今まで築いてきたものを全部消すんだ。……そいつの勝手な都合で」

 そう言われれば、そうなのかもしれない。それでも命を奪われるよりは、マシだったと思うのだ。だってそうでなければ、こうしてハイトさんとまた会うことも叶わなかったのだから。夢だって叶えられない。不幸中の幸いだ。

「それに、大方──今回の犯人がわかってきた」

 苛立ちを滲ませて。無骨な指が、とんとんと小刻みにテーブルを叩く。

「……だから、ごたごたに巻き込まれるのは嫌なんだ。周りにも迷惑をかけやがって」

 苦々しく呟く。俺は何も、言葉をかけられなかった。

 犯人をおびき寄せるべく短時間で簡単な策を練った俺たちは──リディアンさんの協力を得て、実行に移したのだった。

 そうして、現在に至る。
 犯人はもう抵抗をする気を無くしたのか、リディアンさんに担がれていた。

 ハイトさんが俺を見つけてへらりと笑う。

「話術で吐かせようかと思ったけど、無理だね。ムカついちゃった」

「お前にしては珍しいな」

 いやあ、と笑って言葉を濁した。遠くからであまりよくは聞こえなかったが、確かに散々馬鹿にしていたような雰囲気は感じ取れた。大方、俺のことも馬鹿にしていたのだろう。実際、英雄だった人間の下に魔力もないちんちくりんがいればそうもなるだろう。

「それじゃあ、こいつは責任持って王都に運んでやる」

「どうするんですか、その人」

「王都の騎士団とも繋がりがあるんでな。上手いこと事を運んでおく」

 さすがだ。また尊敬できるポイントが増えていく。突然、ハイトさんが懐から小瓶を取り出し、軽い力でリディアンさんへと投げた。難なく受け止め、瓶の上からよく効くだろう嗅覚を使って匂いを嗅いでいる。

「リディアン、これあげる。使ってね」

「……一応聞くが、なんだ」

「なにって、自白剤だよ。──煮るなり焼くなり、好きにしな」

 背筋に冷たいものが走った。声や表情から、温度が失われたように思えたが──それはきっと気のせいだ。そう、自分に言い聞かせた。

「……わかった。坊主、なんか不調があったらすぐにこいつに言え。俺もすぐに来る」

 格好いい。頭を撫でられ、はい、と返事をする。ふっと笑ってから、彼は場を後にしたのだった。


 遠くなっていく背中を見送る。

「ごめんね。俺のせいだ」

 ふと、隣から聞こえた声。ハイトさんのものだ。いつになくしおらしい響きに、ぎょっとしてしまう。
 それに、なんと言った。俺のせいだって言ったのか?

「……何が、ですか」

 視線を伏せて、手は強く握り拳を作っていた。言動に余すことなく後悔を滲ませて、唇を開く。

「キミが嫌がるから、なんて言ったせいだ。そのせいで標的にされたんだ」

 呆気に取られる。一拍置いて、その意味を理解して。全身から力が抜けてしまいそうだった。あまりにも、それが的外れで。

「……あのねえ」

 どうしても声に呆れが出てしまうのは許してもらいたい。 

「そう言ったとしても貴方のせいなわけないでしょうが。やったのはあの人なんですから、俺がハイトさんを責めるのはお門違いもいいとこです」

 もちろん、ハイトさんが自分自身を責めることも。

 本当に。いつも飄々としていて図太いのに。変なところでしおらしくて、難しい人で。……そこが、いじらしくもある。この人も、こんな風に自分を責めるんだ。

「逆に、記憶を無くして良かったです。やっぱり貴方が俺に感動を与えてくれた人だって、再認識できたから」

 これで、少しは元気を出してくれるだろうか。しかし──数秒待っても、返事が無い。
 それどころか、顔を覆ってしゃがんでしまった。

「……大丈夫すか」

「ダイジョウブ」

 とは思えないような声だけれど。

「……そろそろ帰りますね。親が心配するし」

 踵を返そうとしたとき、手首を掴まれる。夕陽の茜にハイトさんは顔を染めて、やけに真剣な顔で口を開いた。

「……送るから」

「……え、いいんですか? でももうあの人捕まったし……」

「なにがあるかわかんないでしょ」

 押し切られるまま、手を掴んで道を歩く。痛くはないけれど、どうして掴んだままなのだろう。

「……あのさ、感動を与えてくれたって言ったけど、俺にとっては……」

「……はい」

「……ヤッパナンデモナイ……」

「なんすかそれ」

 するりと手が離される。引っ張っておいてそれはないだろう。雑な口調で責めれば、うう、と間抜けな声が返ってきた。
 いろいろ、本当にいろいろあったが──なにはともあれ、一安心だ。緩んだ頬をそのままに、彼の隣に並んで歩く。久々の感覚に、なんだかまた涙が滲んだけれど、必死に隠した。
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