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ふたりの秘め事
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「美羽もやろぉよぉ」
遠くのほうで、友人が自分を呼ぶのが聞こえる。聞こえるのに、意図して立ち上がらない。聞こえないふりをする。「うん」とは言ったけれど、この「うん」は届かない。海に溶けて消えていく。人魚姫の泡のごとく儚く居なくなる。
半ば仕方なく、友人の声に沿って視線だけを海へ寄越す。目の奥までじりじり焼け焦げそうな、熱い火花が海水の青に溶けて爛々と揺れている。友人も花火の赤やオレンジに照らされて眩しい。この場合の「眩しい」は、うざったいとか見たくないとかそういう類で、ライラも目を伏せて「夜風が冷たいわね」としか言えなくなる始末だった。
「冷たいね」
わたしも反芻する。
「美羽のお父さんも、お母さんも、こんな気持ちだったのかしら」
「冷たいってこと?」
「そう。冷たくなって、お母さまに食べられて。食べられる前に─待って、美羽。血を……血は、抜かれたのかしら。そういえば、血の味がしなかったわ」
「……それさ、結構大事なんじゃない?」
「そうね。……そうかも」
「その、血を抜く行為っていうのはさ、人間も葬儀の前にやるじゃん」
「ええ」
「もしかして、やってることは人間と同じだったんじゃないのかな」
「私たち一族は、贖いの名目で人と罪をまるごと食べた。けど──」
「うん。実は、そうじゃなくて、食べるって目的は最悪達成されなくても良かったんじゃない? 海の中だと、血を抜くまではいいとして、死体を燃やす過程ができない」
「そうね。ひとは、死んだとき死体を燃やす。けれど私たち人魚は、燃やす代わりに、──食べた」
それだ、とふたりで顔を見合わせて、ふたりにとってもはや心地の良くなった沈黙が生まれる。ここに間合いが生まれても、わたしたちは不自然だと感じなくなった。
「……それならなんか、ふわっとだけど、納得いくような気もする」
納得できるし、何で今まで気付かなかったんだろうね、と続けると、ライラが思い出したように言った。
「……骨も、埋めていたのよ」
「骨? どこに?」
「海の底に、人魚の住処があってね。そこに隠すように埋めていたの。埋められる範囲でね。埋められなかった骨は、たぶん、流されてきたのを人間が見つけてたんじゃないかしら」
「実質ちゃんと弔ってもらってるじゃん」
「ちゃんと、かどうかは、分からないけれど、……そうね。やっていることは、同じね」
人間のさまざまな部分を模倣しているとは言っていたけれど、こんなに模倣しているとは思わなかった。まるまるコピーしているのもなんだか違うというか、準えているというよりは確かに、表面上だけの真似事なのだろうけれど。
「すごいこと気付いちゃったね、ライラ」
「そうね。海に居る間は、不思議だとも思わなかったから……」
「おーい、ふたりでなぁに話してんのぉー」
─とうとう、痺れを切らした友人に声を大にして呼ばれてしまった。今大事な話してるんだけどな。ライラと話してて大事な話じゃなかった試しなんかないけど。
「……そろそろ行く?」
ライラの手を取る。ひとより体温の低い、細くて白い指。淡い桜貝色の爪。撫でるとちゃんと人の肌の感触がきちんとそこにある、ライラの手。
「ええ。ふたりなら、大丈夫よ」
「そうだね」
相槌は「うん、そうだね」と繰り返すけれど。まだ、怖いよ。あなたのこと怖いと思うし、許すとか許さないとかはちっとも思わないけれど、未知の存在って怖いじゃん。そういう怖さはいつかなくなると思うんだけど、なくならないから、わたしはまだライラのこと、人魚としてのライラのこと、きっと信じられてないんだろうね。
「だいじょうぶよ」
「うん」
──でも、もう海が広いのも大きいのも怖くないよ。
波の音に耳を塞がないよ。
ライラと一緒に居るから、浴槽が空っぽなのも、もうさみしくないよ。
遠くのほうで、友人が自分を呼ぶのが聞こえる。聞こえるのに、意図して立ち上がらない。聞こえないふりをする。「うん」とは言ったけれど、この「うん」は届かない。海に溶けて消えていく。人魚姫の泡のごとく儚く居なくなる。
半ば仕方なく、友人の声に沿って視線だけを海へ寄越す。目の奥までじりじり焼け焦げそうな、熱い火花が海水の青に溶けて爛々と揺れている。友人も花火の赤やオレンジに照らされて眩しい。この場合の「眩しい」は、うざったいとか見たくないとかそういう類で、ライラも目を伏せて「夜風が冷たいわね」としか言えなくなる始末だった。
「冷たいね」
わたしも反芻する。
「美羽のお父さんも、お母さんも、こんな気持ちだったのかしら」
「冷たいってこと?」
「そう。冷たくなって、お母さまに食べられて。食べられる前に─待って、美羽。血を……血は、抜かれたのかしら。そういえば、血の味がしなかったわ」
「……それさ、結構大事なんじゃない?」
「そうね。……そうかも」
「その、血を抜く行為っていうのはさ、人間も葬儀の前にやるじゃん」
「ええ」
「もしかして、やってることは人間と同じだったんじゃないのかな」
「私たち一族は、贖いの名目で人と罪をまるごと食べた。けど──」
「うん。実は、そうじゃなくて、食べるって目的は最悪達成されなくても良かったんじゃない? 海の中だと、血を抜くまではいいとして、死体を燃やす過程ができない」
「そうね。ひとは、死んだとき死体を燃やす。けれど私たち人魚は、燃やす代わりに、──食べた」
それだ、とふたりで顔を見合わせて、ふたりにとってもはや心地の良くなった沈黙が生まれる。ここに間合いが生まれても、わたしたちは不自然だと感じなくなった。
「……それならなんか、ふわっとだけど、納得いくような気もする」
納得できるし、何で今まで気付かなかったんだろうね、と続けると、ライラが思い出したように言った。
「……骨も、埋めていたのよ」
「骨? どこに?」
「海の底に、人魚の住処があってね。そこに隠すように埋めていたの。埋められる範囲でね。埋められなかった骨は、たぶん、流されてきたのを人間が見つけてたんじゃないかしら」
「実質ちゃんと弔ってもらってるじゃん」
「ちゃんと、かどうかは、分からないけれど、……そうね。やっていることは、同じね」
人間のさまざまな部分を模倣しているとは言っていたけれど、こんなに模倣しているとは思わなかった。まるまるコピーしているのもなんだか違うというか、準えているというよりは確かに、表面上だけの真似事なのだろうけれど。
「すごいこと気付いちゃったね、ライラ」
「そうね。海に居る間は、不思議だとも思わなかったから……」
「おーい、ふたりでなぁに話してんのぉー」
─とうとう、痺れを切らした友人に声を大にして呼ばれてしまった。今大事な話してるんだけどな。ライラと話してて大事な話じゃなかった試しなんかないけど。
「……そろそろ行く?」
ライラの手を取る。ひとより体温の低い、細くて白い指。淡い桜貝色の爪。撫でるとちゃんと人の肌の感触がきちんとそこにある、ライラの手。
「ええ。ふたりなら、大丈夫よ」
「そうだね」
相槌は「うん、そうだね」と繰り返すけれど。まだ、怖いよ。あなたのこと怖いと思うし、許すとか許さないとかはちっとも思わないけれど、未知の存在って怖いじゃん。そういう怖さはいつかなくなると思うんだけど、なくならないから、わたしはまだライラのこと、人魚としてのライラのこと、きっと信じられてないんだろうね。
「だいじょうぶよ」
「うん」
──でも、もう海が広いのも大きいのも怖くないよ。
波の音に耳を塞がないよ。
ライラと一緒に居るから、浴槽が空っぽなのも、もうさみしくないよ。
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