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迷霧の最中
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家はライラのおかげで暖房が効いていて暖かかったけれど。学校のこの寒さはさすがに堪える。
ああもう寒過ぎてなーんにも喋りたくないな。教室はインフルエンザ対策で換気のために窓が半開きだし、扉も手前側しか閉めさせてくれない。後ろの席は損をするという訳だ。友人だってこのように小刻みに震えている。
「ねえ美羽、劇見に行く日ってさ、制服だっけ」
と言う友人の言葉も震えている。
「制服だね」
と答えるわたしも震えている。
「だよね。カイロ持ってくわ」
「助かる。わたしの分も頼むわ」
「おけ」
ただしひとりだけ、寒さをものともしない女が居た。
「美羽、そんなに寒がりだった?」
芹沢来笑である。
「いや、普通に寒いでしょ。ライラちゃんてもしかして体温高い人?」
「そうね……意外と背筋を伸ばせばなんてことないわよ。体が縮こまるから、余計に寒く感じるのかも」
ああ綺麗な顔だ。こんなに寒くても顰めっ面なんか絶対しない綺麗な顔だぁ、ほんとに。惚れ惚れしちゃうな。あーあ。
「意識の問題かー。メンタル強いねぇライラちゃん」
「ふふ、ありがとう」
「あとあれか! 気候に合わせた生活スタイル」
気候に合わせた生活スタイル(※海中)だけどね。
「……美羽もなんか喋りなよ」
会話には入っていたのだけれど、遂に喋れと突っ込まれてしまった。友人は、わたしが聞き役では不服らしい。
「さむすぎてしゃべりたくない」
「えぇーもぉ、がんばれほら! ファイトファイト! 一限音楽だよ! 声出してこほら!」
「音楽だっけ」
「音楽だよ。観劇明後日だし、それこそ前知識的な感じでさ、あれ観るんじゃない?」
友人は「なんだっけタイトル、ウンディーネだっけ。なんかそんなパスタありそうじゃない?」と言いながら、配布されたプリントを取り出した。
そんなパスタないよ。喋るのが面倒で、怪訝な顔だけで返答をする。
そして友人は朗らかに、ライラにも笑顔を向けて無邪気にタイトルを告げた。
「あったあった、オンディーヌ!」
「それで、どうお考えなんですか、校長先生」
「何がですか、教頭先生」
「例の日ですよ。主演がもしかすると、あの女性かもしれないという話じゃありませんか」
「そうですね」
「娘がダメなら、というお話でしょう。母親には必ず罪を償って頂かねば」
「ええ、その通りですとも」
「ええ。成功をお祈りしております」
「ありがとうございます。頼りにしていますよ」
「こちらこそ。ありがとうございます。─それでは校長先生、当日はよろしくお願い致します」
「ええ。よろしく」
──ダンッ、と強い音がして、去り際に教頭は肩をビクッと震わせて咳払いをした。校長は苛立ちを判子に向けて、朱肉をぐりぐりと執拗に押し付ける。そして書類の先の、例の女を睨んだ。女は写真の中で美しく、柔らかく、慈愛を持った微笑みで佇んでいる。
校長もまた女であった。下地、ファンデーション、コンシーラー、パウダー、シェーディング、ハイライト、口紅。顔に塗れるものはすべて塗りたくった不自然な白い顔に、美しさは毛頭ない。強いアイライナーも気の強さと思想の強さが現れるようであった。きついショッキングピンクのアイシャドウも重い一重瞼には腫れぼったくて最早汚らしい。
彼女が喰い殺されたのは祖母だけではない。持っていない美しさから、嫉妬や羨望で溢れることが、何より喰い殺されたものだという言い分だった。
「……絶対に、許してやるものか」
その女は永遠に醜いのだった。
ああもう寒過ぎてなーんにも喋りたくないな。教室はインフルエンザ対策で換気のために窓が半開きだし、扉も手前側しか閉めさせてくれない。後ろの席は損をするという訳だ。友人だってこのように小刻みに震えている。
「ねえ美羽、劇見に行く日ってさ、制服だっけ」
と言う友人の言葉も震えている。
「制服だね」
と答えるわたしも震えている。
「だよね。カイロ持ってくわ」
「助かる。わたしの分も頼むわ」
「おけ」
ただしひとりだけ、寒さをものともしない女が居た。
「美羽、そんなに寒がりだった?」
芹沢来笑である。
「いや、普通に寒いでしょ。ライラちゃんてもしかして体温高い人?」
「そうね……意外と背筋を伸ばせばなんてことないわよ。体が縮こまるから、余計に寒く感じるのかも」
ああ綺麗な顔だ。こんなに寒くても顰めっ面なんか絶対しない綺麗な顔だぁ、ほんとに。惚れ惚れしちゃうな。あーあ。
「意識の問題かー。メンタル強いねぇライラちゃん」
「ふふ、ありがとう」
「あとあれか! 気候に合わせた生活スタイル」
気候に合わせた生活スタイル(※海中)だけどね。
「……美羽もなんか喋りなよ」
会話には入っていたのだけれど、遂に喋れと突っ込まれてしまった。友人は、わたしが聞き役では不服らしい。
「さむすぎてしゃべりたくない」
「えぇーもぉ、がんばれほら! ファイトファイト! 一限音楽だよ! 声出してこほら!」
「音楽だっけ」
「音楽だよ。観劇明後日だし、それこそ前知識的な感じでさ、あれ観るんじゃない?」
友人は「なんだっけタイトル、ウンディーネだっけ。なんかそんなパスタありそうじゃない?」と言いながら、配布されたプリントを取り出した。
そんなパスタないよ。喋るのが面倒で、怪訝な顔だけで返答をする。
そして友人は朗らかに、ライラにも笑顔を向けて無邪気にタイトルを告げた。
「あったあった、オンディーヌ!」
「それで、どうお考えなんですか、校長先生」
「何がですか、教頭先生」
「例の日ですよ。主演がもしかすると、あの女性かもしれないという話じゃありませんか」
「そうですね」
「娘がダメなら、というお話でしょう。母親には必ず罪を償って頂かねば」
「ええ、その通りですとも」
「ええ。成功をお祈りしております」
「ありがとうございます。頼りにしていますよ」
「こちらこそ。ありがとうございます。─それでは校長先生、当日はよろしくお願い致します」
「ええ。よろしく」
──ダンッ、と強い音がして、去り際に教頭は肩をビクッと震わせて咳払いをした。校長は苛立ちを判子に向けて、朱肉をぐりぐりと執拗に押し付ける。そして書類の先の、例の女を睨んだ。女は写真の中で美しく、柔らかく、慈愛を持った微笑みで佇んでいる。
校長もまた女であった。下地、ファンデーション、コンシーラー、パウダー、シェーディング、ハイライト、口紅。顔に塗れるものはすべて塗りたくった不自然な白い顔に、美しさは毛頭ない。強いアイライナーも気の強さと思想の強さが現れるようであった。きついショッキングピンクのアイシャドウも重い一重瞼には腫れぼったくて最早汚らしい。
彼女が喰い殺されたのは祖母だけではない。持っていない美しさから、嫉妬や羨望で溢れることが、何より喰い殺されたものだという言い分だった。
「……絶対に、許してやるものか」
その女は永遠に醜いのだった。
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