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第1章:終わる夏
審判
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「決まった!」
「これで……サドンデス突入だ!」
それぞれ5人のキッカーがPKを終え、両校の成功数が4で並んだ。明光のファーストキッカーが枠外に外し、危なげなく勝利できるかと思ったのも束の間、青城高校は坂下を中心とした三年生が落ち着いて決めたものの、最後の一人が敵キーパーの好セーブに阻まれてしまったのだ。しかし、三年生ゴールキーパー、守護神の宮本がPKストップを達成し、同数のままサドンデスへと突入した。
(嫌だ……負けるのは嫌だ……!)
その激戦の最中、夏樹は確信に近い絶望を感じていた。敵選手が冷静にゴールにボールを流し込む度、先輩達が闘志を燃やして力強いシュートを蹴り込む度に、弾ける手チームの歓声とベンチの叫声が、耳障りで仕方がなかった。
この激戦の熱に当てられて、校舎に残っていた生徒達も、更には職員室で働いていた教師達も全員が応援に駆けつけ、グラウンドには人だかりができ始めている。
夏樹は、彼らを睨みつけた。潰れそうになる程のプレッシャーを抱えた自分達を肴に、物見遊山で見物する彼らが不愉快で仕方なかったのだ。
「次のキッカー前へ!」
審判の声が響く。夏樹は、並んでいた自チームの列から歩みを進めた。
夏樹は、うだる様な熱気に包まれた土のグラウンドを進む。何度も歩いた場所であるはずなのに、まるで初めて来た街を歩いているような、漠然とした不穏さに包まれている気がした。
屈んでボールを設置すると、正面を向く。目の前には、血走った瞳のゴールキーパー。その後ろには、夢で見た光景とは打って変わって、血走った目のゴールキーパーの背後に、大きな、吸い込まれてしまいそうな青空が広がっていた。
夏樹は、この空をとても綺麗だと感じた。生まれてから何万回も青空を見たけれども、何故だか、今日が最も美しい、そんな気がした。
目を瞑り深呼吸をする夏樹。
これを外したら、俺はどうなってしまうのだろうか。敗北者として烙印を押され、蔑まれるのだろうか。いや、殺されるかもしれない。昔、オウンゴールをしたどこかの南米代表選手がファンによって殺害されたと聞いたことがある。というか、今朝も、こんなことを考えていなかったか……? けど、何で、こんなことを考えていたのかすら、もはや思い出せない。
一歩一歩、助走距離を取り、体格に最も適した四十三度の入射角に位置つく。
歓声にかき消されつつ、ホイッスルが響いた。夏樹はワンテンポ遅れて走り出し、ゴール右下を狙って右足を振り抜く。
そんな夏樹の視界に、一瞬、夢で見た長谷川の姿が映った。
ボールの芯をとらえた鈍い音、足の甲に走る心地良い痛みと共に、これ以上無い重みのあるシュートが発射された。
しかし、相手キーパーは助走時の体勢からコースを読んでいた。低いコースへの対応策として、通常では左足で踏み込む所を、右足で踏み込み、低く鋭いセービングに掛かる。
伸びる腕、空を切る巨躯。
夏樹は、ボールがキーパーグローブに弾かれる音が聞こえた気がした。しかし、渾身の力で打ち出されたシュートの威力は凄まじく、キーパーの左手はなす術なく弾き飛ばされた。しかし、キーパーによって弾かれたシュートは枠を外れ、ポストへと直撃した。
ボールがゴールポストを弾く音が響き渡り、相手チームの歓声が大きな波となって夏樹の背後から押し寄せる。
「っしゃあ!」
相手キーパーが叫んだ。夏樹は、後ろを振り向くことができなかった。このまま後ろを振り返ったら、自分の中の何かを失ってしまうような、そんな焦燥感に駆られた。
呆然と立ち尽くす夏樹に配慮しつつも、審判が彼を促し、夏樹はようやく踵を返してチームメイトの元へ向かった。
夏樹は、チームメイトの顔が、見えなかった。
あくまでも、下を向き、彼らの表情が見えないように最大限の注意を払った。
彼らの顔が見えなければ、どんなに幸せなことだろう。全て消えてしまって表情が見えなければ、俺は明日も生きていけるような気がする。
夏樹は、本来そこにある筈の、目や口、鼻。全てが欠落しており、顔面の部分だけを切り取った写真のように、ぽっかりと空白が佇んでいる。そんな風景を想像した。
しかし、まだ試合は決していない。この次の相手キッカーが外せば、再度サドンデスは再開されることとなる。次のキッカーとして明光高校が選んだのは、6番、夏樹と幾度もマッチアップした選手であった。
(外せ!)
夏樹は、何度も心の内で呪詛を唱えた。その顔は苦悶に歪み、元の端正な顔立ちの面影などどこにもない。ただ一心に人の不幸を願う、呪われた青年の姿がそこにはあった。
しかし無情にも、試合終了を告げるホイッスルが鳴り響くと同時に、相手チームの歓声の大きさが増し、不快に夏樹の耳を突き刺した。先輩達はピッチに倒れ込んで涙を流し始めた。彼らの最後のインターハイが終焉を迎えた。
「これで……サドンデス突入だ!」
それぞれ5人のキッカーがPKを終え、両校の成功数が4で並んだ。明光のファーストキッカーが枠外に外し、危なげなく勝利できるかと思ったのも束の間、青城高校は坂下を中心とした三年生が落ち着いて決めたものの、最後の一人が敵キーパーの好セーブに阻まれてしまったのだ。しかし、三年生ゴールキーパー、守護神の宮本がPKストップを達成し、同数のままサドンデスへと突入した。
(嫌だ……負けるのは嫌だ……!)
その激戦の最中、夏樹は確信に近い絶望を感じていた。敵選手が冷静にゴールにボールを流し込む度、先輩達が闘志を燃やして力強いシュートを蹴り込む度に、弾ける手チームの歓声とベンチの叫声が、耳障りで仕方がなかった。
この激戦の熱に当てられて、校舎に残っていた生徒達も、更には職員室で働いていた教師達も全員が応援に駆けつけ、グラウンドには人だかりができ始めている。
夏樹は、彼らを睨みつけた。潰れそうになる程のプレッシャーを抱えた自分達を肴に、物見遊山で見物する彼らが不愉快で仕方なかったのだ。
「次のキッカー前へ!」
審判の声が響く。夏樹は、並んでいた自チームの列から歩みを進めた。
夏樹は、うだる様な熱気に包まれた土のグラウンドを進む。何度も歩いた場所であるはずなのに、まるで初めて来た街を歩いているような、漠然とした不穏さに包まれている気がした。
屈んでボールを設置すると、正面を向く。目の前には、血走った瞳のゴールキーパー。その後ろには、夢で見た光景とは打って変わって、血走った目のゴールキーパーの背後に、大きな、吸い込まれてしまいそうな青空が広がっていた。
夏樹は、この空をとても綺麗だと感じた。生まれてから何万回も青空を見たけれども、何故だか、今日が最も美しい、そんな気がした。
目を瞑り深呼吸をする夏樹。
これを外したら、俺はどうなってしまうのだろうか。敗北者として烙印を押され、蔑まれるのだろうか。いや、殺されるかもしれない。昔、オウンゴールをしたどこかの南米代表選手がファンによって殺害されたと聞いたことがある。というか、今朝も、こんなことを考えていなかったか……? けど、何で、こんなことを考えていたのかすら、もはや思い出せない。
一歩一歩、助走距離を取り、体格に最も適した四十三度の入射角に位置つく。
歓声にかき消されつつ、ホイッスルが響いた。夏樹はワンテンポ遅れて走り出し、ゴール右下を狙って右足を振り抜く。
そんな夏樹の視界に、一瞬、夢で見た長谷川の姿が映った。
ボールの芯をとらえた鈍い音、足の甲に走る心地良い痛みと共に、これ以上無い重みのあるシュートが発射された。
しかし、相手キーパーは助走時の体勢からコースを読んでいた。低いコースへの対応策として、通常では左足で踏み込む所を、右足で踏み込み、低く鋭いセービングに掛かる。
伸びる腕、空を切る巨躯。
夏樹は、ボールがキーパーグローブに弾かれる音が聞こえた気がした。しかし、渾身の力で打ち出されたシュートの威力は凄まじく、キーパーの左手はなす術なく弾き飛ばされた。しかし、キーパーによって弾かれたシュートは枠を外れ、ポストへと直撃した。
ボールがゴールポストを弾く音が響き渡り、相手チームの歓声が大きな波となって夏樹の背後から押し寄せる。
「っしゃあ!」
相手キーパーが叫んだ。夏樹は、後ろを振り向くことができなかった。このまま後ろを振り返ったら、自分の中の何かを失ってしまうような、そんな焦燥感に駆られた。
呆然と立ち尽くす夏樹に配慮しつつも、審判が彼を促し、夏樹はようやく踵を返してチームメイトの元へ向かった。
夏樹は、チームメイトの顔が、見えなかった。
あくまでも、下を向き、彼らの表情が見えないように最大限の注意を払った。
彼らの顔が見えなければ、どんなに幸せなことだろう。全て消えてしまって表情が見えなければ、俺は明日も生きていけるような気がする。
夏樹は、本来そこにある筈の、目や口、鼻。全てが欠落しており、顔面の部分だけを切り取った写真のように、ぽっかりと空白が佇んでいる。そんな風景を想像した。
しかし、まだ試合は決していない。この次の相手キッカーが外せば、再度サドンデスは再開されることとなる。次のキッカーとして明光高校が選んだのは、6番、夏樹と幾度もマッチアップした選手であった。
(外せ!)
夏樹は、何度も心の内で呪詛を唱えた。その顔は苦悶に歪み、元の端正な顔立ちの面影などどこにもない。ただ一心に人の不幸を願う、呪われた青年の姿がそこにはあった。
しかし無情にも、試合終了を告げるホイッスルが鳴り響くと同時に、相手チームの歓声の大きさが増し、不快に夏樹の耳を突き刺した。先輩達はピッチに倒れ込んで涙を流し始めた。彼らの最後のインターハイが終焉を迎えた。
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