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第1章:終わる夏
架橋
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土煙を切り裂き、ボールがグラウンドを駆ける。美しい弧を描きながら地を這い、最終ライン裏のスペースに向かう白黒のボールには上りきった太陽の身を焼くような陽光が煌めいている。
夏樹は重い体に鞭を打って、右にフェイクの動作を入れ、臙脂色のユニフォームを着た敵選手の視界から消失した。ユニフォームが揺れ、一迅の風となる。
スコアは2対2。延長戦後半が間も無く終了しようとしていた。選手達は既に体力の限界を超えており、勝利の渇望だけが彼らを走らせる最後の燃料だ。
(これが、最後のチャンス……!)
夏樹は最終ラインを抜け、迫り来る坂下からのスルーパスの軌道に合わせて強く加速する。硬い地面をスパイクが削り、大腿四頭筋が収縮と膨張を繰り返しながら、彼の大きな身体を前へと押し出す。加速する身体、上がる体温に反比例して、視界はスローになり、余計な情報が遮断された頭は冷静になってゆく。この瞬間、夏樹はあらゆる柵から解放され、ゴールを決めるだけに存在する生物になる。
夏樹は、突然、右側から強烈な殺気を感じ取った。首を振ると、右側から6番が猛然とプレスに来ているのを視界の端に捉えた。6番は、夏樹よりやや低い177cm位だが、かなりの筋肉を纏っていおり、ピタリと体に張り付いた臙脂色のユニフォームが、筋肉ではちきれそうになっている。
後半に夏樹が決めた2点は、両方とも、6番とのデュエルが起点だった。
1点目では、ドリブル突破に伴うディフェンスラインの破壊。そして、2点目では、6番のトラップミスを夏樹が拾って、バイタルエリアからミドルシュートを放ったのだ。
自身の落ち度で同点を許した6番の司会は血走っており、これ以上の失態は許されないという自責の念と、夏樹に対する対抗心が、大きな炎となって彼の身を包んでいる。
すると、夏樹の右腿に鈍い痛みが走ると共に視界が揺れ、右側から6番の腕が伸び、進路を妨害された夏樹は、一段と走るスピードを落とした。
(このままではスルーパスに間に合わない……!)
右腿に矢印が刺さるような感覚を夏樹は覚えた。どさくさに紛れてモモカンを入れようとする6番の殺気を感じ取ったのだ。夏樹は必死に体をぶつけ合い、6番の鳩尾に、審判から気取られない程度に軽く肘を入れた。
「ぐ……っ!」
悶える6番の声が耳元で聞こえたのと同時にプレスが弱まる。その隙を逃さずに夏樹は、6番の前に躍り出た。残るは相手キーパーのみである。ハイプレス、およびゾーンプレスを完遂するには、夥しい量のスプリントが必要となる。後半も延長戦となった今、明光の選手達は疲労困憊しており、試合開始当初のスピードもない。
夏樹は、左から迫るボールの軌道と、ゴール前に立ち塞がるキーパーの重心を確認すると、より一層の集中を自分に課した。応援団の叫び声、選手達のコーチングの声が消えると、相手キーパーさえも消えた。無音の世界には、ボールとゴールしか無い。
この全能感にも似た孤独な世界を、夏樹は愛していた。
タイミングを合わせて右足を振り抜き、相手キーパーの重心と逆方向、ゴールの左下隅に叩き込む。今度は、優しく、コントロール重視のシュートを放つ。キーパーの長い腕を潜り抜けるために、内巻きの回転をかけるイメージ。
(決まった……!)
夏樹は、ゴールを確信した。
しかし響いたのは、得点を告げる福音ではなく、ポストを叩く無機質な金属音だった。
それと共に、現実へと引き戻され、世界が崩壊する。
「くそっ!」
血の気が引き、高所から落ちるような感覚を覚えながら、夏樹は必死の思いでルーズボールを拾おうとする。しかし、数秒の差で体勢を立て直した6番にクリアされてしまった。
「カウンターくるぞ!」
夏樹が、必死の叫びを上げると同時に、耳を刺すような、ホイッスルが鳴り響いた。延長戦後半の終了である。高校サッカーの選手権大会では、延長までに勝敗が決まらなかった際には、プロと同じく、PKを用いて勝敗を決するとされていた。
夏樹は重い体に鞭を打って、右にフェイクの動作を入れ、臙脂色のユニフォームを着た敵選手の視界から消失した。ユニフォームが揺れ、一迅の風となる。
スコアは2対2。延長戦後半が間も無く終了しようとしていた。選手達は既に体力の限界を超えており、勝利の渇望だけが彼らを走らせる最後の燃料だ。
(これが、最後のチャンス……!)
夏樹は最終ラインを抜け、迫り来る坂下からのスルーパスの軌道に合わせて強く加速する。硬い地面をスパイクが削り、大腿四頭筋が収縮と膨張を繰り返しながら、彼の大きな身体を前へと押し出す。加速する身体、上がる体温に反比例して、視界はスローになり、余計な情報が遮断された頭は冷静になってゆく。この瞬間、夏樹はあらゆる柵から解放され、ゴールを決めるだけに存在する生物になる。
夏樹は、突然、右側から強烈な殺気を感じ取った。首を振ると、右側から6番が猛然とプレスに来ているのを視界の端に捉えた。6番は、夏樹よりやや低い177cm位だが、かなりの筋肉を纏っていおり、ピタリと体に張り付いた臙脂色のユニフォームが、筋肉ではちきれそうになっている。
後半に夏樹が決めた2点は、両方とも、6番とのデュエルが起点だった。
1点目では、ドリブル突破に伴うディフェンスラインの破壊。そして、2点目では、6番のトラップミスを夏樹が拾って、バイタルエリアからミドルシュートを放ったのだ。
自身の落ち度で同点を許した6番の司会は血走っており、これ以上の失態は許されないという自責の念と、夏樹に対する対抗心が、大きな炎となって彼の身を包んでいる。
すると、夏樹の右腿に鈍い痛みが走ると共に視界が揺れ、右側から6番の腕が伸び、進路を妨害された夏樹は、一段と走るスピードを落とした。
(このままではスルーパスに間に合わない……!)
右腿に矢印が刺さるような感覚を夏樹は覚えた。どさくさに紛れてモモカンを入れようとする6番の殺気を感じ取ったのだ。夏樹は必死に体をぶつけ合い、6番の鳩尾に、審判から気取られない程度に軽く肘を入れた。
「ぐ……っ!」
悶える6番の声が耳元で聞こえたのと同時にプレスが弱まる。その隙を逃さずに夏樹は、6番の前に躍り出た。残るは相手キーパーのみである。ハイプレス、およびゾーンプレスを完遂するには、夥しい量のスプリントが必要となる。後半も延長戦となった今、明光の選手達は疲労困憊しており、試合開始当初のスピードもない。
夏樹は、左から迫るボールの軌道と、ゴール前に立ち塞がるキーパーの重心を確認すると、より一層の集中を自分に課した。応援団の叫び声、選手達のコーチングの声が消えると、相手キーパーさえも消えた。無音の世界には、ボールとゴールしか無い。
この全能感にも似た孤独な世界を、夏樹は愛していた。
タイミングを合わせて右足を振り抜き、相手キーパーの重心と逆方向、ゴールの左下隅に叩き込む。今度は、優しく、コントロール重視のシュートを放つ。キーパーの長い腕を潜り抜けるために、内巻きの回転をかけるイメージ。
(決まった……!)
夏樹は、ゴールを確信した。
しかし響いたのは、得点を告げる福音ではなく、ポストを叩く無機質な金属音だった。
それと共に、現実へと引き戻され、世界が崩壊する。
「くそっ!」
血の気が引き、高所から落ちるような感覚を覚えながら、夏樹は必死の思いでルーズボールを拾おうとする。しかし、数秒の差で体勢を立て直した6番にクリアされてしまった。
「カウンターくるぞ!」
夏樹が、必死の叫びを上げると同時に、耳を刺すような、ホイッスルが鳴り響いた。延長戦後半の終了である。高校サッカーの選手権大会では、延長までに勝敗が決まらなかった際には、プロと同じく、PKを用いて勝敗を決するとされていた。
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