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1章 転生したら推しの婚約者でした。
11話 届かぬ願い
イーギス様のお母様の部屋には何人かの大人が居て、イーギス様の足音にグランドル公爵が顔を上げて振り向いた。
「イーギス……」
「お母様……、お母様!」
お母様に駆け寄るイーギス様を抱いて、グランドル公爵が目頭を抑える。薬が失敗した時からわかってた。だけど、ゲーム本編に出てきてないシーンを直に見るのはつらい。
「ナターシャ……」
目を赤く腫らしたグランドル公爵が、私を見つけ近づいてくる。
「イーギスは本当に母親が大好きだったんだ。どうか、支えてやってほしい」
「もちろんですわ」
ゲームのナターシャは傷心してるイーギス様をお構いなしにわがままし放題だったけど、今は私が転生してきたから大丈夫。イーギス様がこの後何年も苦しむのは耐えられないけど、私にシナリオを変える力はない。だから今は、そばで支えようと思った。そっと部屋の中に入って、イーギス様の服を掴む。
「帰って」
「帰りませんわ。私はイーギス様の婚約者ですもの」
微笑むとイーギス様は顔を上げ、手を振り払う。
「薬だって千羽鶴だって意味なかったじゃん!ナターシャの嘘つき!」
ドンッと体を押され、尻もちをつく。イーギス様は走って部屋を出て行ってしまった。
「ナターシャ、大丈夫かい?すまない、イーギスが」
「これくらい大丈夫ですわ」
私は両親健在だったけど、この歳で親を失うのはつらいだろう。ここは大人の私の包容力の見せ所よ。私は使用人たちと一緒にイーギス様を探す。1人で泣いているのだろうか。ゲームの世界でも、たった独りで。
「イーギス様」
シロツメクサの花畑の中に、イーギス様は居た。私の声に顔をさらに埋めて答えない。私は近づいて、イーギス様の隣にしゃがんだ。
「イーギス様、私にたくさんぶつけてください。1人で抱え込まないで」
「……うるさい」
うーん、どうやって慰めたらいいんだろう。私はイーギス様を抱きしめる。強く強く、愛が伝わるように。
「イーギス様、たくさん泣いてください。たくさん怒って泣いて、自分で抱えないでください。私がそばにいますから」
とんとんと背中を叩くとイーギス様の背中が震える。イーギス様は泣き始め、私の首に手を回した。涙を流すイーギス様の頭を撫でると、イーギス様が震えた声で呟く。
「何で、何で僕だけこんなに不幸なの……。もっとお母様と居たかった……。いっぱい笑ってほしかった……」
ゲームでは見れない。初めて見る泣いてる姿。女好きでチャラくなる未来があったとしても、ここにいるイーギス様はまだ子供なんだ。
「そうですね。悔しいですね。でも、この先きっと良いことが待ってます」
まだしばらくは辛いかもしれない。それでもフローラに会えばきっと、生きててよかったと思えるから。
「ナターシャは嘘つくから嫌い」
「それでもそばに居ますよ。もうしばらくは」
私の言葉にイーギス様は体を離す。
「それも嘘なんだ」
「いいえ、あれはただイーギス様のお母様に良くなってほしかっただけで」
嘘つきでも何でも、イーギス様の幸せのためならどう思われたっていい。私は右手を顔の横に上げて誓う。
「誓います。この先イーギス様に嘘はつきません」
シナリオは大きくは変えられなくても、私は諦めない。絶対フローラを、イーギス様ルートに進ませてみせる。
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