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第一章 これは恋じゃない
8話 追加公演
しおりを挟むホッと息つく暇もなく、追加公演の日が迫ってくる。2回目でもそわそわしてるのか、吉川くんたちはリハ日よりも早く入ってきた。
「おはよう宮坂さん」
「お、おはよう」
吉川くんが私に近づいて挨拶をする。にこっと笑う顔を見ると気まずくてもいっか、なんて気になる。
「警戒しすぎなんだよお前」
「け、警戒ってそんなんじゃ」
いつの間にか後ろに立ってた足立くんに反論する。
「まだ吉川に惚れてんの?」
「え!」「お?」
みゅうみゅうさんと響さんの視線が私に向く。みんな揃ってるし……。
「サク!」
「そんなんじゃないから!」
吉川くんと私の声が重なった。あぁ、居た堪れない。
「一緒に仕事してくれなくなったらどうすんだよ。人手足りないだろ」
「お前がなんとかすればいい話じゃん」
みんなの会話をよそに逃走しようとすると出入口を塞がれる。
「今の話聞こえたんだけど、まさか宮坂……」
先輩が恐ろしい顔で私を睨む。ああ、怖すぎる。
「あ、ありえませんから!わかってます!!」
アーティストに手を出すのは御法度。そんなことわかってるし、そうなるわけもない。私は逃げるように部屋を後にする。
自分の仕事に専念してる私の後ろで、いつからか吉川くんがキョロキョロしている。その視線が気になるけど、私からは話しかけない。セットを設置してると、カーテンが開けられた。
「宮坂さん、今平気?」
「えっ、う……うん」
ついに吉川くんが話しかけてきた。階段を降りて、吉川くんの方に行く。吉川くんは人気がないとこまで連れて行った。
「さっきはごめん、足立が変なこと言って」
「こちらこそ、迷惑かけてごめんなさい」
謝らなきゃいけないのは私の方だから。首を横に振ると、吉川くんが頬をかく。
「俺は迷惑なんて思ってなかったから、気にしなくていい。びっくりはしたけど」
ダメだなぁ、私。吉川くんにそんなこと言わせて。
「仕事は!ちゃんとやるので大丈夫です!」
手を前に出して宣言する。それから私は仕事に戻った。
「とわさんと何話してたんですか?」
「先輩の伝言伝えてくれただけです」
同僚に誤魔化して、私は仕事を再開する。もう他のことは考えない。吉川くんも言いたいことは済んだのか、もう話しかけてくることもない。すれ違う時の軽い挨拶だけ。
「……」
同じクラスでもそんな話したことあるわけじゃない。けど、私は居ても居なくても変わらないんだと思うと寂しさが残った。
「わがままだなぁ」
気にしないでほしいのに、必要以上に関わりを持っちゃいけないのに。私は吉川くんと話したいと思ってる。それが何を意味するかなんて知りたくない。大丈夫、その気持ちさえ抑えれば今までも何も変わらない。今までだってそうしてきた。
「吉川くん、」
そのはずだったのに。
「どうしたの?宮坂さん」
名前を呼ばれて心が温かくなる。ああ、でもどうしよ。何も考えてなかった。
「挨拶、忘れてたから。お疲れ様でした」
「お疲れ様です」
お疲れ様だなんて仕事人間すぎる。可愛い言い方できなかった自分に落ち込んで、そんなこと考えてる自分が恥ずかしくなった。
私は戻って仕事する。今の、先輩に見られてたら何言われるかわかんない。気を引き締めないと。
「あ、宮坂さん!お願いがあるんですけど」
次の日、スタイリストのスタッフに声をかけられた。吉川くんの彼女に立候補しようかな、って言ってた人だと嫌な覚え方に落ち込む。
「すみません、これセット裏まで運んでもらえませんか?私だと重くて」
パンパンに衣装が詰められた鞄を指して私に言う。
「何で私に……?」
「やっぱ舞台裏チーム唯一の女性じゃないですか。男性には声かけづらくて」
先輩でも居たら一緒に運んでもらうところだけど生憎今はいない。困ってそうだから断ることもできなくて、わかりましたと返事する。
「ありがとうございます!私まだ仕事残ってるんで行きますね!じゃ、お願いします」
「え、」
言いたいことだけ言って去ってしまう。1人残された私は仕方なく鞄を持ち上げた。
「重……」
鉛でも入ってるのかってくらい重くて持ち上がらない。人の物を引きずるのもできないし、しばらく立ち尽くしていると名前を呼ばれる。
「宮坂さん?どした?」
「吉川くん……。先輩見ませんでしたか?」
携帯も今持ってなくて、吉川くんに聞くと首を横に振られる。
「見てないけど……。それ、運ぶの?」
「あー、はい。スタイリストの方に頼まれて」
答えると吉川くんが鞄を持ち上げる。
「えっ、だっ大丈夫だよ!」
「重いでしょ。どこに持ってくの?」
吉川くんから鞄を取ろうとすると手で止められる。私はおとなしく、セット裏だと答えた。
「こんな重いの何入ってんだ?こんなに衣装ないでしょ」
「でも5人分だから重いんじゃないでしょうか」
衣装のことはわかんないから。私が言うと吉川くんが笑う。
「何で敬語なの。同級生でしょ」
「いや、でも……癖で」
高校時代もそんな喋ってなかったからほぼ初対面みたいなもんだよ。そう思ってると吉川くんが振り向いて体を曲げる。
「敬語取れるの楽しみにしてる」
ふふっ、と笑って吉川くんが先を歩く。ずるい……。私はこれ以上揺さぶられたくないのに、お構いなしにドキドキさせてくる。
「吉川くん、人たらしって言われません?」
「え?何で?」
不思議そうに聞く吉川くんに「何でもないです」と返事して、会話を終える。
「運んでいただきありがとうございました」
「いや、俺らのだから大丈夫」
頭を下げると吉川くんが軽く手を振る。それから吉川くんは楽屋に戻っていった。
追加公演も無事に本番が終わって、私はセット裏から盛大に拍手する。ネット活動者に目を向けてなかったけど、こんな良いパフォーマンスが見れるなんて。次からは動画サイトにも目を向けて、勉強していこう。
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