異世界スクワッド

倫敦 がなず

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第一章

2 人影

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………

次にくると思われた攻撃がこない。
反抗する手立てもなく、ただ体を丸くして急所だけを守っている勇一に対する、次の攻撃がこない。
勇一は、丸めて体から恐る恐る首をあげてみる。

ゴブリンが、自分を見下ろしていた。
その醜くくゆがんだ顔には、ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべている。
いたぶっている。
地面に転がる勇一を、いたぶっているのだ。
その後ろから、もう一匹のゴブリンも近づいてきた。
後方のゴブリンもやはり、醜悪な笑みをニヤニヤと浮かべている。
牙が飛び出した口に涎をたらしながら、半笑いを浮かべている。

心の底に怒りと、そしてそれ以上の恐怖が湧いてくる。
恐怖が正しい思考を奪い軽いパニックを起こさせる。
立ち上がって逃げるべきか? 手に持っている鞄を投げつけて、その隙に転がって草むらに逃げるべきなのか? いや、助けを呼ぶ為に、叫ぶべきなのか? 叫ぶと逆に、他のゴブリンを呼び寄せたりしないか? あるいは土下座して懇願すれば命だけは助けてくれるのか? 
頭の中に色々な思いが錯綜するが、何をしても、次の瞬間にゴブリンの短剣が振り下ろされる気がしてしまい、結局動けない。
混乱しながらも、なにかチャンスはないか、なにか助けがないか、何か縋るものがないか、目だけをキョロキョロと動かして周りを見渡す。

視界の奥の方で何かが動くのが見えた。
後ろから近づいてくるゴブリン。その更にななめ後ろにある木の枝が僅かに揺れて動いている。

次の瞬間、揺れていた木の陰から、人影が飛び出した。
飛び出すと同時に、横一線に剣を振るう。
ゴブリンの首が、空中に飛んだ。
首の無くなったゴブリンの体がワンテンポ遅れて、地面に倒れていく。
悲鳴をあげる暇すらなく、一匹のゴブリンが葬られた。

手前にいたゴブリンが異変に気づき、振り返りざまに短剣をふりまわす。
人影は、すばやいステップで軽く交わすし、剣を振る。
またも、あっさりとゴブリンの首が空中に飛んだ。
あっと言う間に2匹のゴブリンは葬られた。二つの首が地面に転がっている。
あまりの出来事に、反応するどころか、声さえでない。

人影が近づいてきた。
癖ひとつな無いまっすぐな金髪。整った美しい顔。
スラリと引き締まっていながら、女性らしく出るべきところは出ている体。
丸まって地面に転がったままの勇一の、目の前まで近づいてくる。
彼女は森の木漏れ日を背に、まるで一枚の絵画のように悠然と立っている。
強い意志を感じさせる切れ長の瞳が、ちょっと冷たい目付きで、足元の勇一を見下ろしていた。

「ルー*ラ○フ♯ァン、エル♯○@ エゥ・□@ラ」

透き通るような綺麗な声で話しかけてきたが、何を言ってるのかさっぱり解らない。

「助けてくれて、ありがとうございます。でも何を言ってるか解らないんです」
「○▽アラ♯ ルエ△エェウダxノゥ」

彼女は、転がっている勇一に近づき、地面にひざをつき体を低くする。
そしていきなり、怪我している勇一の右手の手首をつかむと、引っ張った。

「いててて、ちょっとまった。いたたた」

痛みから、思わず手を引っ込めようとする。
だが、右手首をつかむ彼女の力が予想外に強く、びくとも動かない。
右手首を片手で万力のように固定しつつ、逆の手で腰のベルトについている革製の小物入れから小瓶を取り出した。
サイズ的に、ちょうどタバスコの瓶くらいの素焼きの小瓶だ。
小瓶のコルク栓を、器用に口を使って開ける。瓶を傾けると中から禍々しい赤色をした不気味な液体がドロリ流れ出してくる。

「うわ! なんだ、これ?」

ちょっと引き気味の勇一をよそに、その液体を右手の怪我に振りかける。
すると、見る見るうちに手の平の傷がふさがっていく。
それと同時に痛みも、すっと消えていく。
更に服の右手の袖の部分も無理矢理めくるようにして、勇一の手首の辺りを見ている。
他に怪我がないか確認しているのかもしれない。
右手の怪我が治り、痛みが引いたお蔭で勇一は少しだけ冷静に戻れた。
そして、改めて自分を覗きこむ女性の顔を見る。やっぱりものすごい美人だった。

「本当に有難う…ございます。でも、さっきからまったく言葉が解らないんです。えっとワカリマセン。えっと、アンドンノウ。えっと、ジェラディアレ」

意味不明のうそっぽい英語とフランス語でも話しかけたが、やはりまったく言葉はつうじてない。
だが、『言葉が話せない』事は、通じたらしい。
彼女は、あきれたように、両腕をひろげてみせた。
言葉が通じない異世界でも、『あきれる』を表現するジェスチャーは同じなんだな。
思わず、変なところで関心してしまう。

彼女は、手をこちらにむけて、人差し指を一本上げてみせる。
人差し指をあげる、そのジェスチャーが何を意味するのか解らない。
元の世界では、中指を一本たてたら"物凄く侮辱的な事"を意味するジェスチャーだが、まあ、たぶん関係ないだろう。

彼女は立ち上がると、そのままクルリと背を向けて、森に入っていってしまった。
あれ? 行ってしまうのか?
あわてて立ち上がり、待ってくれと声をかけようとする。
だが、すぐに彼女は森から出てきて、またこちらに向かって歩いてきた。
手に、大きな革製の背負い袋バックパックを持っている。どうやら置いてあった荷物を取りに行っただけらしい。
たぶん、ゴブリンを倒すために飛び出した時に、そこらへんに置いておいたのだろう。

背負い袋バックパックの中からネックレスを取り出す。
そのネックレスを、勇一の目の前に差し出してきた。
『身につけろ』ということだろう。
小さな白い石のついただけのシンプルなネックレスを受け取る。
首にかけるために頭を通した時、わずかだがズキリと頭が痛み、耳にキーンと耳鳴りが走った。だが、すぐに回復する。
ネックレスをつけ終わると、彼女が話しかけてきた。

「どうだ? 私が言ってる事がわかるか?」
「おおおお?! わかる、わかるぞ。すごい便利だな、これ!」

「とても驚いてるようだが、人種ヒューマンの標準語だけを解する魔法具だ。亜人語や魔人語を解することはできないし、結構ありふれてる代物だぞ」
「こんな魔法のネックレスがありふれてるのか?! すごいな、さすが異世界!
あ、いや、えっと、と、とりあえず、その、助けてくださって本当に有難うございます。とても助かりました」

勇一は、基本的には非常に真面目な性格である。
初対面でしかも年上だと思われる女性に対して、できるかぎり礼儀正しくお礼を言う。

「できれば何かお礼を、させて貰いたいんだけど……」

「気にするな。お礼とかは、必要ない」

彼女は言葉は、かなりそっけない。
だが、勇一のことを心配してくれている様子ではある。

「それより、お前。この程度の魔法具まほうぐで驚くことといい、その変な格好といい、かなり辺境からきたみたいだが、どこからやって来たんだ?」

どうやら、すごい辺境からきた田舎者だと思われていて、それで同情ぎみに心配されているようだ。
実は会話の途中に出てきた『魔法具まほうぐ』という言葉すらも、本当は始めて聞く言葉だが、その事を言ってしまうと余計に田舎者に思われそうなので黙っておく。
まあ、ほぼ間違いいなく『魔法具まほうぐ』は"魔法の道具"の意味だろう。
いやそんなことよりも、『どこからやって来たんだ?』と、聞かれた事が非常に重要だ。
なんと答えていいのか困る。
なにせ、どう答えていいのか、勇一本人もよくわかっていない。

「ふむ、言いたくないのか。ならば無理には聞かん。だが、見たところ荷物も取られた後みたいだし、大丈夫なのか?」

勇一は、学校帰りの格好そのままなので、手提げ鞄を提げているだけだ。
目の前の女性のような、いかにも旅支度といった風情の背負い袋バックパックなどは持っていない。
彼女は、勇一のその格好を見て、荷物を奪われた後だと思っているらしい。
元々、そんな荷物なんて持っていないが、どう説明していいのか解らない。
とりあえず真実だけを伝える。

「今は、これだけしか荷物がないんです」
「ふむ、そうか」

女性のこっちを見る目が、更に同情的になる。
いわゆる、『かわいそうな人をみる目』だ。

「お前、金はもっているのか?」

お金は、財布の中にそのまま残っていた。
ただ、5千ほどしか入っていなくて、けっして大金とはいえない。
あ、いやそれ以前に……
そういえば、お金って、"日本円"って、使えるのか?
勇一は急に不安になる。

試しに、五千円札を、財布から出してひろげて見せてみせた。

「あのう、ちょっとお聞きしたいんですけど、これってなにか解りますか?」
「うん? いきなりなんだ? やけに薄い紙だな。いったいなんに使うふだなんだ? 緻密な絵が描いてあるし、ひょっとして魔法具の一種だったりするのか?」

五千円札は、これが『お金』であることさえ認識されてないみたいだった。
ひょっとしたら紙幣そのものが、無いのかもしれない。
五千円札を財布にしまい、今度は五百円玉、百円玉、十円玉を、それぞれ一枚づつ手の平に載せて見せてみる。

「このお金って、使えますかね?」
「見たことも無い貨幣だな」

即座に否定された。やっぱり日本円は使えないみたいだ。
いや、まあ、状況から考えて、あまり期待してなかったのだが。
それでも、思わず、がっくりと肩を落としてしまった。

「お前、ひょっとして……銀貨どころか、銅貨一枚も、もってないのか?」

会話の流れから察するに、どうやらこの世界のお金の単位は、『銀貨、銅貨』なのだろう。たぶん『金貨』もあると思われる。
そして、勇一は、指摘されたどうりに、この世界の銅貨一枚すら持っていない。

「はい、一文無しです」

正直に申告すると、彼女は軽くため息をつき、同情を通り越して呆れたといわんばかりに、両手を広げてみせる。
美人に呆れられるのは、本当に悪い意味で心に響く。心が痛い。

「ここのすぐ近くにあるダーヴェの街に、知り合いがやってる"何でも屋"がある。そこの店主が変わり者でな。一般的でない貨幣でも両替か、或いは買取してくれるはずだ。貨幣だけじゃなく変わった品なら、なんでも買い取りしてくれるから、とりあえず何かを売って当座のお金をつくることも出来るぞ。
私もちょうど街に戻ろうとしていた所だし、よかったら一緒に行くか?」

「も もちろん! お願いします!」
「では、一緒にいくとするか。お前、……そういえば、まだ名を聞いていなかったな。
では、まずは私から名乗らせてもらう」

彼女は立ち上がり、軽く金髪をかき上げる。癖一つない金髪が風に靡く。

「私はディケーネ。 ディケーネ・ファン・バルシュコールだ」

勇一も立ち上がって自己紹介をする。

「俺は勇一。勇一ユウイチ 五百旗頭イオキベです。宜しくお願いします。
あの、本当に有難うございます。助けて頂いた恩は、いつか絶対返しますんで!」

勇一の言葉にディケーネは、呆れたように手を広げる。
現状の勇一は『無一文で、ゴブリンに殺されそうになっていた人物』だ。
何を大層な事を言っているんだと呆れられても仕方ない。

「まあ、受けた恩義を返そうとするお前の気持ちは理解できる。もし、私が困っている場面に出くわす様な事があったら、其のときにでも助けてくれ」

まったく期待して無さそうな口調で、彼女はそう言った。
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