愛され少年と嫌われ少年

文字の大きさ
6 / 20

逃げ出す2

しおりを挟む

 夫人と別れて戻ってきた部屋で立ち尽くす。
 ほんの一瞬でも、このままノクスとして、なんて考えてしまった自分が恥ずかしい。
 こんな甘え、こんなひどい我が儘。だから僕はだめだったんだ。

(このままじゃ、だめなのに……)

 だって、僕も怖い。
 どうしてノクスになったのか、どうやって戻るのか。方法がわからないことにほっとしてる。
 すぐにはアシェルに戻れない。だからここで、誰にも傷つけられないこの穏やかな場所で、ノクスのまま──。

「……っ、うぅ……」

 そうして堂々巡り。なにも変わらない。わからない。
 全部僕が悪いの? ノクスは悪くない。僕が悪い。つらい。誰もいない。助けて。助けて。

(……だれか……)

 とくとく、と。
 弾む鼓動に、ぼんやりとしていた意識が戻ってくる。
 気づいたらその場にうずくまってた。胸を見下ろして、手で押さえる。とくとく、とんとん。
 元気を出して、と内側からたたくような鼓動だ。僕はこんなにもだめになってるのに。

「ノクス……?」

 もしかしてノクスだろうか。僕が体を奪ってしまったノクスなのに、僕を慰めてくれている?
 心臓のうえをそっと撫でて、部屋を見渡した。
 彼はどんな子だったんだろう。
 魔動術バカと言われる彼だけど、ノクスがたくさん勉強してた痕跡は、いろんなところに見つけられる。
 彼は自分の好きなことのために、ひたすら時間や労力を注ぎ込んでいた。それを見た同室のケイシーも認めるほど。
 でも彼をよく知らない学友たちはノクスの見た目だけで嫌って、僕もそういうものだと思ってしまった。
 あの実技の日、僕だけに点数が入って、ノクスはがっかりしたかな。奪われたと思ったかな。
 僕は彼から奪ってばかりだ。

「ごめんね、ノクス……」

 とんとん、と軽く打つ鼓動にふっと肩の力が抜けた。
 ノクスはやさしい。そしてそれに甘えてしまう僕は、やっぱり悪い子だ。



◇◇◇



 僕が子爵邸で過ごすようになってから二十日ほど経った頃、レイモルドが姿を見せた。
 ようやく休暇が取れたと言って、近くにある彼の実家ではなく直接ニールトンにやってきたらしい。
 グランスとニールトンは親しい、と言っていただけあり、子爵邸にはレイモルドが専用で使う客室もあるのだとか。

「ニールトンはどうだ? いいとこだろ」

 僕が望んだこととはいえ、毎日顔を見せてくれていたレイモルドとぱたりと会わなくなるのは、思った以上に寂しいものだった。
 ノクスの存在を感じるようになったけど、会話はできないし、不安やつらさを吐き出すこともできない。
 僕を知る唯一の存在は、僕にとって想像以上に大きかったらしい。
 でも僕の鬱々とした気持ちと正反対な笑顔を見せられると、なんだか悔しくてぷいと顔を背けた。

「……そうだね。狭い庭はすぐに一周できるし、髪をすいてくれる使用人がいないから癖が強くなったし、ティータイムが特別な日にしかないなんて、いいところだね」

 本当は不満じゃない。
 でもわざとそう言ったのは、以前の僕ならきっと、この違いを素直に口にしたと思うから。
 今はもう、これは言っちゃいけないことだと気づいてる。
 僕の知らない生活を当たり前に繰り返す彼らにとって、僕が何気なく口にする疑問が、我が儘なんだ。

「君はなあ……」

 レイモルドも僕が本気じゃないと気づいたらしい。特別な日? と首をかしげながら苦笑いしている。

「でも、前はそうだったんだ」
「……」
「そういうものだと思ってたんだ……」

 公爵家に与えられる名誉と権利。それに見合った環境。
 僕自身にも魔法術の才能と生まれながらの美貌があった。講義の授業は苦手で筆記試験はいまいちだけど、それも愛嬌だよと親切に教えてもらえた。
 僕を責める人はいない。ただ称賛が与えられるばかり。
 それが日常だった。疑問にも思わなかった。
 みんなが口にする言葉のとおりに受け止めて、裏があるなんて考えたこともなかった。

「……それしか知らなければ、他の生活を不思議に思うのは当然だ」
「……」

 レイモルドは、僕の今までを否定しなかった。それに少し、救われた。

「それぞれの家には、それぞれのしきたりがある。知らないことは罪じゃない。けど、違うしきたりもあるのだ、ということは、知っておいたほうがいい」
「……うん」
「人の言葉には、表と裏があることも」
「……」

 そんなの、どうやって見分けたらいいんだろう。
 ケイシーがアシェルに言ってくれた言葉を思い出しても、あれが嘘だったと今でも信じられないのに。

「君が悪いわけじゃない。育て方が、あー……、公爵たちが、甘やかしすぎた、んだろうな」
「甘やかし……」
「君が不思議に思う前に、誰かがそれを遠ざけたり、君の知るものに変えたりしていたんだろう。そうでなくてもアシェル様は公爵令息で、人を動かす立場だ。君が望んで、誰かが応える。君が不自由なく生活できるようにという、周りの配慮だ」

 本当は愛されてなかったのに?
 顔を愛でるだけの愛だから、なにも教えてもらえなかったんだろうか。
 甘やかすだとか、配慮だとか。以前ならそうだねと素直に頷けたのに、今は悪意の言葉にしか聞こえない。

「あー……。俺の知る限り、バーバリウム公爵は王国の至宝を大層かわいがっておられると」
「そうだったよ……」

 あの日までは、僕もそう思ってた。
 でも、愛されていたのは顔だけで、顔のせいで我が儘なんだと焼かれてしまって、そうして唯一愛してもらえる理由を失った。

「……」

 黙り込む僕にレイモルドは眉を寄せている。どうフォローしようかと迷っているのだろうか。彼を困らせたいわけじゃなかったのに。

「……じゃあ、ノクスのお父様……ニールトン子爵は?」

 話を逸らされたと気づいただろうけど、レイモルドは目を細めるだけで小さく頷いた。

「子爵たちと話はしたか?」
「夫人は一度声をかけてくれたけど……。僕もずっと部屋にいるし、子爵のお顔を見たのは初日だけ」
「学園から戻ってきたノクスを気遣ってるんだろう。避けてるわけじゃないはずだ」
「気遣う?」

 気遣って顔を見せないって、どういうこと?
 不思議に思って首をかしげる僕に、レイモルドはニールトン親子の話を聞かせてくれた。
 彼によると、ノクスは生まれつき顔に痣があったけど、子どもの頃は今ほど内向的ではなかった。心無いことを言う子どもはもちろんいたけど、ノクスも石をぶつけ返して喧嘩していたほどらしい。
 ただ、喧嘩はしても傷つきはする。ノクスは悔しさを爆発させて、どうして自分の顔はこんなに汚れてるんだ、と子爵たちを強く責めてしまった。閉じこもったり口を聞かない日もあったらしい。
 そんなノクスに子爵たちも悲しんで、彼に対して腫れ物を触るようになったのだという。
 ノクスも両親を責めた罪悪感から素直になれず、それからずっと親子関係はぎくしゃくしているそうだ。

「そんな状態のままノクスは学園に通うことになったが、ニールトンと違って王都は他人行儀で冷たいからな。しかも同世代が集まる学園で、ノクスの家より爵位の高い貴族子息も大勢いる」

 ノクスは王都で、さらに苛烈な世間の目に晒されることになった。
 家格が上の相手には言い返せないし、彼らは集団になるとなお質が悪い。その侮蔑の視線から逃げるように、ノクスはどんどん自分を隠すようになったのだそうだ。

「以前から道具を触ることが好きだったから、学園で魔動術に出会えたのは幸いだった。没頭する性格だから、魔動術のことを考えてるときは周りが気にならない。極めてるように見えるが、あれもたった一年の努力の結果だ。ま、それも才能か」
「……うん」
「痣も、人目につかないように隠してはいるが、嗤われる悲しさよりも、そのせいで両親を傷つけた自分を思い出して責めている」
「……そうなんだ……」

 おかえり、と一言だけ声をかけた子爵の顔を思い出す。
 あの言葉には、どれほどの思いが込められていたんだろう。
 私たちは味方よ、と言った夫人は、そんな自分たちの思いをノクスに伝えたかったはずだ。

(──僕が望んで、誰かが応える……)

 でも、助けて、と願っても、今は誰も助けてくれない。

「……帰って」
「ノクス?」

 急に立ち上がった僕を、レイモルドは不思議そうに見つめた。
 今もこわい。でももう僕には、甘やかしてくれる人がいない。
 怖くても目を開けなきゃいけないし、髪も自分でとかさなきゃいけない。

「僕は、魔法術の天才なんだよ」
「……そうらしいな?」
「思い当たることはないけど、知らずになにかしてしまったのかも。……どうしようって、言ってるだけじゃだめだから……。ちゃんと、調べるから……」

 ノクスを返さなきゃいけない。ノクスに、夫人たちに。
 そう宣言した僕に、レイモルドもほっとしたように頷いた。

「俺になにかできることはあるか?」
「……魔法術の辞書とか、なにか詳しそうな、古い本とか……。ここには魔動術の本しかないから」
「わかった。王都のほうでも探してみよう」

 ノクスのままではいられない。その先にある僕のことは、今は考えない。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

幸せな復讐

志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。 明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。 だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。 でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。 君に捨てられた僕の恋の行方は…… それぞれの新生活を意識して書きました。 よろしくお願いします。 fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。

ルピナスの花束

キザキ ケイ
BL
王宮の片隅に立つ図書塔。そこに勤める司書のハロルドは、変わった能力を持っていることを隠して生活していた。 ある日、片想いをしていた騎士ルーファスから呼び出され、告白を受ける。本来なら嬉しいはずの出来事だが、ハロルドは能力によって「ルーファスが罰ゲームで自分に告白してきた」ということを知ってしまう。 想う相手に嘘の告白をされたことへの意趣返しとして、了承の返事をしたハロルドは、なぜかルーファスと本物の恋人同士になってしまい───。

婚約破棄された婚活オメガの憂鬱な日々

月歌(ツキウタ)
BL
運命の番と巡り合う確率はとても低い。なのに、俺の婚約者のアルファが運命の番と巡り合ってしまった。運命の番が出逢った場合、二人が結ばれる措置として婚約破棄や離婚することが認められている。これは国の法律で、婚約破棄または離婚された人物には一生一人で生きていけるだけの年金が支給される。ただし、運命の番となった二人に関わることは一生禁じられ、破れば投獄されることも。 俺は年金をもらい実家暮らししている。だが、一人で暮らすのは辛いので婚活を始めることにした。

白金の花嫁は将軍の希望の花

葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。 ※個人ブログにも投稿済みです。

遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。

月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」 幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。 「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」 何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。 「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」 そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。 僕、殿下に嫌われちゃったの? 実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。

悪役Ωは高嶺に咲く

菫城 珪
BL
溺愛α×悪役Ωの創作BL短編です。1話読切。 ※8/10 本編の後に弟ルネとアルフォンソの攻防の話を追加しました。

彼は罰ゲームでおれと付き合った

和泉奏
BL
「全部嘘だったなんて、知りたくなかった」

出戻り勇者の求婚

木原あざみ
BL
「ただいま、師匠。俺と結婚してください」 五年前、見事魔王を打ち倒し、ニホンに戻ったはずの勇者が、なぜか再びエリアスの前に現れた。 こちらの都合で勝手に召喚された、かわいそうな子ども。黒い髪に黒い瞳の伝説の勇者。魔王の討伐が終わったのだから、せめて元の世界で幸せになってほしい。そう願ってニホンに送り返した勇者に求婚目的で出戻られ、「??」となっている受けの話です。 太陽みたいに明るい(けど、ちょっと粘着質な)元勇者×人生休憩中の元エリート魔術師。 なにもかも討伐済みの平和になった世界なので、魔法も剣もほとんど出てきません。ファンタジー世界を舞台にした再生譚のようななにかです。

処理中です...