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事件の真相1
しおりを挟む次に僕が目覚めたのは、五日後の朝だったらしい。
大きなふかふかのベッドと、見覚えのある天井。僕の部屋だ、とすぐにわかったけど、なぜか納得ができない。
どうして? あたりを見渡す僕の動きに気づいた使用人が、「アシェル様!」と叫んで飛び出していく。それをとても不思議な気持ちで見送った。たしかに知っている顔だけど、彼がここにいるはずはない。
だってここはニールトンの、ノクスの部屋なんだから……。
「……あ……!」
そこまで考えて、僕は飛び起きようとして失敗した。
体に全然力が入らない。震える指を見る。白い、細い腕。覚えているよりずっと細いけど、僕の……アシェルの腕だ。
はっとして顔に手を当てる。さらりとした感触。どこにもなにも……、やけどの跡のようなものは、ない。
「ゆめ……?」
全部、夢?
今度こそ、悪夢から覚めたんだろうか。
お父様の罰も、シリル兄様の冷えた眼差しも、消えた愛も。……ノクスも、レイモルドも?
彼らも全部、悪夢の見せる幻だった?
胸を押さえる。とくんとくんと響く心臓の音。ノクスがいない。いるわけない。だってこの体はアシェルだから。
「……ノクス……」
途方に暮れる。ひとりぼっちだ。これが普通だったのに、普通であることが寂しい。
呆然としていると、勢いよく扉が開けられた。
「アシェル!」
叫んで部屋に入ってきたのは、エリック兄様とお父様とお母様だった。
お父様。びくりと身を竦ませる僕を、お父様はとても悲しそうな目で見つめた。
エリック兄様だけがベッドに近寄ってきて、そっと額に手を当てる。
「気分は悪くないか?」
「……エリック兄様、僕……、とても怖い夢を……」
なにを言ったらいいかわからない。思いつくままに訴える僕に、エリック兄様は辛そうに目を細めて首を振ってみせた。
「アシェル。夢ではない。シリルとローガン・ケルガーは捕らえられた。おまえはどこまで覚えている?」
「……シ、リル、兄様……? 僕を、愛している、って……」
「ああ」
シリル兄様。ローガン。思い出すのは、甘い微笑み、愉悦の嗤い。僕のピアスと催眠魔法……鋭い短剣。熱い痛み。零れ落ちていくノクスの命……。
「ノ、ノクス! ノクスが……!」
「アシェル。ノクス・ニールトンは無事だ。生きている」
「……! ほ、んと……?」
見上げた僕に、エリック兄様が大きく頷く。ノクスが生きてる。その言葉だけで崩れ落ちそうなほど安堵した。
「傷が深かったので、この公爵邸で預かっている。見た目ほどには流血していないらしい。アシェル、おまえが彼の命をつなぎとめていたんだ」
「僕が……」
「そうだ。あの場の時間が止まったのではないか、と思われる。あるいは少し巻き戻ったのかもしれない。シリルとローガンは自失した状態で捕らえられ、ノクスの血は流れ出ることなくその場に留まっていた」
「そんな、ことが……」
「おまえが彼を助けたいと願ったのだろう?」
願った。強く願った。ノクスだけは助けたいって。ノクスを返すことは僕の願いであり、僕が絶対に果たさなきゃいけない最後の責任だったから。
「彼は三日前には目覚めて、食事もしている。ニールトン子爵らも駆けつけて、事情は説明済みだ」
「ニールトン、子爵……」
ノクスの──僕の、一時の両親だった人たち。
学園から逃げてきたノクスに聞きたいことがいくつもあっただろうけど、彼らはずっと静かに見守ってくれていた。直接会うことは少なかったけど、ノクスのことをとても大事に思ってる。
子爵たちは、ノクスを危険な目にあわせてしまった僕を、恨むだろうか……。
「……っ」
悲しくて、枕に顔を埋めた。
どうすればよかったんだろう? 僕はノクスだけは、もうなにも奪われないようにと思っていたのに。
なにがいけなかったんだろう? だってシリル兄様があんなこと考えてるなんて知らなかった。
「アシェル」
エリック兄様の穏やかな声が名前を呼んだ。やさしい手が、髪を撫でつけるように触れてくれる。
しばらくして扉が開閉する小さな音にそっと顔を向けると、お父様たちが姿を消していた。怯えたのは僕なのに、心細い気持ちになってエリック兄様を見上げれば、安心させるように微笑んでくれる。
「少し体を起こせるか? おまえの魔法石が身体機能を維持していたようだが、長期間眠ったままだったからな。無理はしなくていい」
「うん……」
兄様の腕に身を任せて体を起こす。背中にクッションを入れてもらうと体勢が落ち着いて、ふう、と吐息した。
サイドテーブルからグラスを取って差し出してくれるけど、まだうまく力が入らない。それに気づいた兄様は僕の両手ごとグラスを持って、手ずから僕の口元に寄せて水を飲むのを手伝ってくれた。
いつも厳しい表情のエリック兄様がやさしい。ううん、そうじゃない。エリック兄様も、いつも僕を思いやってくれていた。
間近にあるエリック兄様のお顔。見慣れた僕の部屋。
水はほんのりと甘く、全身に沁みるほどにおいしい。
ここはバーバリウムで、僕はアシェル・バーバリウムなんだ。
そうと実感しても、まだすっきりできない。いったなにが起こっていたんだろうかと。
「エリック兄様……。僕はなにをしてしまったの? シリル兄様は……」
「おまえは何も悪いことなどしていない。話をしてあげるから……、そのまえに」
背後を振り返った兄様に首を傾げる。
ちょうどそのとき、とんとん、とノックの音が響いた。エリック兄様の返事がおわるかおわらないかの勢いで開けられた、そこから現れたのは──。
「アシェル……!」
「! ノ、ノクス……!」
ノクスだった。ノクスだ。
身を起こして腕を伸ばす。動かない体がもどかしい。でも、駆け寄ってきたノクスがすぐにその手をぎゅっと握りしめてくれた。
あたたかい。
長い前髪を耳にかけたノクス。痣もあらわで、泣き出しそうで、でもとても嬉しそう。
「アシェル。ありがとう」
「……っ、ノクスぅ……!」
ノクスの頬に触れる。まっすぐに僕を見つめる瞳。右目を覆うような大きな痣。はじめて見たのはペアを組んだときだけど、それ以降はずっと鏡の中。
じわりと視界がにじむ。もっとちゃんと見たいのに。ノクスが頬に触れる僕の手を握って、額をこつんとあわせてきた。近づきすぎて見えない。
でもずっとそうだった。ずっとずっと、ノクスは誰よりも近かった。見えなくても感じてた。ノクスがいつも僕を励ましてくれていた。
「ノクス……ありがとう……」
体を奪ってごめんなさいとか、怪我までさせてしまってごめんなさいとか、謝らなきゃいけないことはいっぱいある。
でもノクスは全然僕を責めてなくて、どうしてかお礼なんて言ってくれる。僕がノクスだったときに感じたままに、大丈夫だよと励ましてくれる。
大きな安堵感に包まれて、言葉になるのは「ありがとう」だけだった。
僕らは泣きながらありがとうを繰り返して、はじめて触れるお互いの手をかたく握りしめあった。
こぼれる涙とともに視界が晴れる。ようやく僕の悪夢は終わったんだ。
「──落ち着いたか?」
僕たちが泣き止んだころに、エリック兄様がそう声をかけてきた。
ノクスは我に返ったのか慌てて僕から離れようとしたけど、僕は手を離さなかったし、エリック兄様にも止められていた。
「そのままでいい。話を続けてもいいか?」
「は、はい……すみません……」
ノクスはごしごしと涙のあとを袖で拭いながら頷いた。
見れば彼はナイトガウン一枚の薄着だ。僕が目覚めたことを聞いて、そのまま飛び出してきたらしい。
伝えに行ってくれたのはなんとお父様で、拒絶したみたいになってしまった僕は申し訳なくて俯いてしまう。
エリック兄様はそのことには触れず、ハンカチで僕の涙を拭ってくれたあと、あらためて今回の事件について教えてくれた。
「──シリルの、アシェルへの愛は行き過ぎていた。それに気づいたときには、手遅れだったが……」
シリル兄様は、美しくて完璧なものが好きだったらしい。人でも物でも、そして自身に対しても。
完璧というのがどういうものかは、シリル兄様の主観による。美しいものが好きだけど、美しくないものにも平等に接する。そういう完璧な自分、らしいけど、聞いても僕にはよくわからない。
ただ、愛するものは完璧に美しいものだけ。
だから身の回りに美しいものを集めては、完璧でないことを知ると簡単に捨ててしまっていたのだという。
「ケルガー伯爵邸の庭には、何人もの遺体が埋められていた」
「ひ……」
兄様が興味を失った人は、ケルガー伯爵邸に送られた。
ローガンはそのやってくる『お下がり』のために、兄様に協力していたようだ。捨てられた美しい者を愛し、いたぶり、気分のままに暴力を振るった。
「そんな話してました。アシェルが眠ってる間……」
「……聞こえてたの?」
「うん。シリル様から逃げてって伝えたかったけど……」
シリル兄様があらわれたとき、ノクスは危機感を訴えていた。それまでの状況が悪かったのもあるけど、兄様にまったく安心感を覚えなかったのは、ノクスのおかげだ。
ちゃんと伝わってた。握る手の力を強くすれば、ノクスは嬉しそうに笑ってくれた。
「その事件は、アシェルの件とは直接的には関与しないが……」
ケルガー伯爵邸で繰り返される惨劇が、なぜ表に出なかったのか。
それは前伯爵夫人であるローガンの母も、シリル兄様に熱狂していたから。むしろ兄様のために前伯爵を殺害した疑惑もあり、この狂気の中では下働きの使用人さえも口を開くことができなかったのだという。
「シリルは自分が捨てた者たちがどこへ行ったか知らない、と主張していたがな」
「そんな」
そんなわけない。だってあのとき、殺していい、と命令したのはシリル兄様だった。
「言っただろう。あれは完璧な美しさにしか興味がない。……そしてアシェル、おまえはシリルにとって完璧な存在だった。美しさも、性格も、魔力の強さも」
「……勉強が苦手なのに?」
僕は魔法術が優れているという一点のみで評価されていたから、筆記試験はとても苦手だ。シリル兄様も知っているはずなのに。
けれどエリック兄様はふっと微苦笑すると、僕の頬をゆるやかに撫でて言った。
「その甘えた表情も含めて、おまえの美しさは完璧だ」
「……」
甘えていると言われると恥ずかしい。エリック兄様は「責めているわけじゃない」と言ってくれたけど、僕が愛嬌で誤魔化していたのも事実だった。
「シリルの持っていたピアスも」
「あ、僕の……」
「そう。シリルは元来から魔力が高かった。だが実力以上にその魔力を底上げしたのは、アシェルの作った魔法石だ」
シリル兄様は、日常的にも軽度の催眠魔法を使っていたそうだ。それは『魅了』の効果を生んで、少しでも兄様に好意を持った人は溺れるように心酔していった。
兄様の言葉には力があった。だから再会した日、「きみ」という声だけでノクスの体は縛り付けられたんだ。
「アシェルの魔力もまた、シリルにとって不可欠のものだった。シリルは美しいおまえを愛し、おまえから愛が返されることで、おまえのすべては自分のものだと思うようになっていた」
「そんなの……」
シリル兄様の愛し方は、兄様を満足させるだけのものだ。僕を愛してくれていたかもしれないけど、本当の僕を見ていたわけじゃない。
震える僕の手を、ノクスの手がしっかりと握ってくれる。
僕の知る愛はぽろぽろと崩れていくけれど、その心細さを支えてくれるのは、やっぱりノクスのあたたかさだった。
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