愛され少年と嫌われ少年

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レイモルドの愛1

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12-1_レイモルドの愛1

「──それ以上僕の部屋でいちゃつくのは禁止! 終わりだよ、離れて!」
「おいノクス。どれだけ久しぶりだと思って……」
「えっ、あ、ノクス!」

 大きな声をあげてノクスが僕の腕を引いた。
 ようやく会えたレイモルドと離されてしまったけど、それをするのがノクスだと怒りもない。僕は反射的にノクスの手を握りしめていた。
 ノクスも同じ力で握り返しながら、じとっと僕の顔を見つめている。

「アシェル、この一瞬で僕のこと忘れちゃったの?」
「違うよ!? だってノクスはここにいるのが当たり前だったから……!」
「アシェル……」

 ここ、と胸を押さえる僕に、ノクスが目を見開く。そして照れたように笑って、僕と両手を合わせてくれた。

「……僕も、アシェルと一緒にいるのが当たり前になっちゃった。周りの声なんてうるさいだけって思ってたけど、アシェルの声は聞いていたいし、アシェルと一緒にいろんな声を聞きたいって思う」
「ノクス……」
「今の僕があるのは、全部アシェルのおかげだよ」

 僕が奪って、傷つけてしまったノクスは、こうして僕を許して、受け入れてくれる。
 ノクスだけは、なにがあっても裏切らない。もしもこの先ノクスに困ったことがあっても、僕はまた絶対にノクスを助ける。

「僕も! ノクスだったから、がんばれたんだ。ノクス……僕の半身、君を愛してるよ」

 あわせた手のひらをぎゅっと握ってそう言えば、ノクスは嬉しそうな、でもなんだか複雑そうな表情をしながら、ちらりと僕のうしろへ視線を投げた。

「……それは、うしろのあいつに言ってあげたほうがいいね?」
「え?」

 うしろ? と振り返ると、レイモルドがノクス以上に複雑そうな表情で顔をしかめていた。
 じろりとノクスを睨んだようで、ノクスが楽しそうに笑い声をあげる。

「ふはっ。でも、僕に先に言ってくれてありがとう。僕も愛してるよ、……僕の、半身」
「ノクス……!」

 感動してもう一度ノクスの手をぎゅっと握ったら、「そこまで」とレイモルドに腕をとられて、それ以上なにも言えないまま部屋から連れ出されてしまった。



 到着したのは、レイモルドが子爵邸で使っている客室だった。
 部屋に入るなり彼はもう一度僕を抱きしめると、そのまま抱き上げてソファに向かった。レイモルドの膝の上に座って、近づいた目線で彼の黄金色をじっと見つめる。
 しばらくして、彼はふっと視線をはずして片手で顔を覆うと、はあーと大きくため息をもらした。
 そのまま僕の肩に額をこすりつけるから、なんだろうと首をかしげてしまう。

「どうしたの、レイモルド」
「いや、……なんというか、これは、……照れるな……」
「ええ?」

 今さら? と思ってしまう。
 だって僕がノクスだったころ、想いを交わしたあとのレイモルドは何度も好きだと言ってくれたのに。

「……すまん。君も今さら、顔のことは言われたくないと思うんだが……」

 そこまで聞いて、ああ、と納得した。僕とノクスの違い。女神が愛したとまで言われる僕の顔のこと。

「いいよ、レイモルド、……教えて?」

 そっと彼の頬に指先で触れると、レイモルドの熱い手に覆うように掴まれた。

「……きれいだ、アシェル」
「うん」
「かわいくて、いとおしい」
「うん」
「……でも、俺は、愛をなくしたと悲しんで、無知を恥じながらも、はじめて見るものに笑顔を見せる、……君の素直な心を好きになったんだ」

 レイモルドと見た新しい景色やはじめての経験が、ひとつずつ思い出される。
 素朴なニールトンの町並み、はじめての買い物、ランプの使い方……。
 僕に新しい世界を見せてくれた人。未来なんかないと逃げそうになる僕の腕を引いて、諦めるなと言ってくれた人。

「……僕も、僕の我が儘を全部受け止めてくれるレイモルドが好きだよ」
「君が我が儘だったことなんてない」

 そう言ってレイモルドは強く僕の背を抱くと、耳元に口づけながら何度も好きだと言ってくれた。

「キスさせてくれ。アシェル……君を愛してる」
「……っ」

 ぞくりと震えるのは確かな歓喜で。お父様や兄様たち、これまでに聞いたどの「愛してる」よりも、その愛の言葉は僕の心を大きく揺さぶった。

「レイモルド……僕も、……っ」

 何度も何度も言ってきた言葉なのに、はじめてためらった。
 言いたくないのじゃなくて、足りないと思って。みんなと同じ「愛してる」じゃないのに、それ以上の言葉を知らなくて。
 焦って手を伸ばす。レイモルドの頬に両手で触れた。黄金色が乞うように僕を見つめていて、言わなきゃと思うのに。

「僕も、あ、あいしてる……っ。でも、こんな言葉じゃ、たりないんだよ……」
「……ああ、伝わってるよ、アシェル」

 大きな手に頭を撫でながら引き寄せられて、額を合わせる。
 僕の手は自然にレイモルドの肩に回って、ずっと彼を見ていたいと思ったけど、促されて目を閉じた。
 唇に感じる吐息にどきどきする。触れて、離れて。次の瞬間には、強く押し付けられた。舌が触れてびっくりして、でも誰よりも深い触れあいが嬉しかった。
 何度も角度を変えて交わる舌に翻弄されるうちに、僕も夢中になってレイモルドに縋りついていた。



 それからはソファでくっついたまま、会わないあいだの話を聞いた。
 忙しい、とは聞いたけれど、レイモルドは本当に朝も夜もなくあっちこっち動き回って事件の処理をしていたのだそうだ。

「王都警備って、そんなこともするの?」
「警備隊から警吏隊に移ったんだ。ケルガー事件のためにな。……それも、宰相直轄の第一警吏隊の、副隊長に……」
「えっ、そうなんだ。出世だね?」

 警備隊と警吏隊の違いがよくわからなかったけど、その二つは仕事内容も権限も違うらしい。
 王都警備隊は王都の治安を守るために見回りをしたり、自警団と協力し合って日々さまざま起こる王都での事件を取り締まる。警吏隊はそれらの犯人を捕まえたり、もっと大きな事件になったときには専門で調査したりするらしい。
 権限は警吏隊のほうが上だし、その中でも宰相──つまりお父様に直接連なる第一警吏隊は、本来必要な手続きを省略して宰相権限で迅速に動くことができる、特別な隊なのだとか。

「出世……出世か……。そうだな……。この若さで、と、たしかに言われる……。でもな、副隊長なんて役職だけでたいしたことないぞ。上の補佐をしながら下の仕事を捌かなきゃならんし、今回の件は秘匿事項が多いからと全部の書類が俺に回ってくるし、宰相の覚えもめでたいからと調整役もさせられるし……」
「へ、へええ……」

 出世は誰でも嬉しいものかと思ったけど、レイモルドはどんよりと重い空気を背負いながら溜め息をついた。

「仕事はいいんだ。今は特に、君に関わる件だし、その関わりを徹底的に隠す必要があるし」
「うん……」
「でもまったく会えないとなると、さすがに挫けそうになるな……。手紙を書こうにも、伝えたいことが多すぎて言葉にならないし……これは、言い訳か」
「ううん。僕が書けばよかったんだよね。もらうことばかり考えてて、ごめんなさい……」
「……アシェルはそのままでいい」

 レイモルドは僕の頬に触れ、短くなった髪にキスして、背中を抱いて、また強く抱きしめてくれた。欲しいと思ったときに、それ以上のあたたかさをくれる。
 そうやって何度もくっついたりキスしたりしていたら、僕の寂しい気持ちもすっかりと消え失せていた。

「お父様はお元気そう?」
「そうだな、とても。でも俺がやりとりするのはエリック様が多い」
「そうなんだ」
「今回の件はエリック様主導で進められたことになってるからな。俺を引き上げてくれたのもエリック様だし。まあ、あの時はいち早くアシェルの状況を知れるのが俺だけだったから。俺を動かすほうが都合がよかったんだろうけどな」
「でもそれだけなら、兄様は今もレイモルドを使ったりしないでしょう?」

 首を傾げてレイモルドを見上げる。エリック兄様は自分にも他人にも厳しい。情や恩だけで贔屓はしないと思う。
 レイモルドはふっと目を細めて僕の手を持ち上げると、じっと目を合わせながら指先にキスをした。

「今は、アシェルのそばにいるのに相応しい男になれと言われてる」
「レイモルド……」
「そのためにがんばってる。君のそばにいるために」
「……兄様たちがなにを言っても、僕はレイモルドのそばにいるよ」

 もう僕は、ノクスとレイモルドのいない自分を想像できない。
 僕の勇気と支えであるノクス、これからも僕に新しい景色を見せてくれるだろうレイモルド。選べというなら、家族よりも彼らを選ぶ。寂しさはあるけど、迷いはない。

「それはもちろん嬉しい。でも公爵家の人々に愛し愛されるアシェルのまま……君を板挟みにしたくない。それにアシェルのこれからの功績を思うと、前の俺が見劣りするのは事実だからな。公爵閣下には機会をもらって感謝してる」

 僕は公爵家だから政治的な立場も強いと思う。でも僕が魔塔での立場を確立させれば、きっと僕は僕として生きていける。そのうえで公爵家出身となれば、とても高い権力を持つことになるのだろう。

「レイモルドがそのままでも、僕は好きだよ?」
「俺も男として、君の愛に甘えるわけにはいかないな」
「僕も男だから大丈夫だよ。僕も甘えられる立場になれるんだね」
「ははっ」

 レイモルドはおかしそうに笑って、僕の頬に頬を擦りつける。甘えるみたいな仕草がくすぐったくて、レイモルドの頭をよしよし、と撫でてあげた。
 そうしてまた見つめ合って、キスをする。どんどん深くなるそれに息苦しくなって、逃げるみたいに唇を離したのに、また追いかけられた。

「……んっ…」
「アシェル……」

 切なそうに名を呼ばれて、頬にキスした唇が耳から首筋を舐めていく。レイモルドの指がシャツの襟に触れて、熱い吐息が鎖骨を撫でた。

「あ」

 声が漏れた。とたん、レイモルドがぱっと顔を離した。
 なにかがぞわっと震えて、中途半端に消えていく。
 なに? と見上げる僕を凝視して、彼は無言で少し乱れた僕の襟を直した。そのまま背中に腕を回すと、またぎゅうぎゅうっと強く抱きしめてくる。

「はあ──……」
「レイモルド?」

 今のはもしかして、と心臓が強く打ち始めるけど、レイモルドは全身の息を吐き出すみたいに脱力して、僕の髪にぐりぐりと頭を擦りつけてきた。

「くそ、理性が……。でも離れたくないな……」
「え? どこかに行くの?」

 離れる、という言葉に今度はぎくりとする。やっと会えたのに、まただなんて。

「そうではなく……。君にキス以上のことをしたくなる。でもエリック様に卒業までは手を出すなと。……アシェルは深窓のご令嬢か? ……いや、似たようなものだったか……」
「エリック兄様……」

 兄様は僕の気持ちを知ってるはずだけど、それとこれとは別らしい。
 僕だってレイモルドとくっつきたいし、キスしたい。それ以上も……まだくわしくは知らないけど、もっと触れ合う行為も、レイモルドとならしてみたい……。

「卒業って、あと二年あるよ。僕たちまた二年生からやり直すから……」
「二年? そうか、二年か……」

 絶望だな、いっそ物理的に離れたほうが……とぶつぶつ言ってるレイモルドに慌てて、彼の背中に腕を回した。今さら離れたくないし、会えないくらいならキスだって我慢する。
 離れるのはだめ、とぎゅうと縋りつく僕にレイモルドは顔を上げると、頬を包み込んで額を合わせた。

「……やっぱりもう一度キスさせてくれ。でも止める自信がない。君が止めてくれ」
「ええ? ちょ、レイモルド……」

 手を出すなって、どこまでならいいんだ? と彼に聞かれて、僕が答えられるわけがなかった。

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