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01:入学式
しおりを挟むその出会いは偶然にして、運命に背く第一歩。あるいは、繰り返される世界による抵抗──だったかもしれない。
初花の月。王立ソレイル学園の講堂で行われる入学式は、どこか落ち着きのない空気が漂っていた。
新入生たちの期待や緊張、それは当然。壇上で彼らを迎える生徒会役員の中には、ここウルサール王国の王太子セイディ・オリビエ・ウルサールがいるのだ。深い青の髪は海を象徴する高貴な色。セイディは凛とした黄金の瞳で新入生たちを見下ろしている。
隣には側近候補のリオール・ブルックス伯爵令息。肩までの淡い金髪が美しいリオールは、一つ年下ながらセイディとともに入学した秀才だ。彼らを前に無関心を貫ける者はいない。
だが今年は、それだけではなく。
(もう眠い……。どれだけ引っ張るんだ)
講堂では合唱部が光の精霊を称える聖歌を歌っている。その歌声に眠気を誘われながら、エンリ・ハーディンは太腿をつねった。
今年最終学年の三年生になったエンリだが、面倒なことに入学式の運営委員に任命されてしまったのだ。長期休暇を一週間繰り上げての準備期間。前日は夜まで設営し、今朝も他の生徒より早く会場入りして準備に追われ、来賓受付まで。
本番中は不要だから外で待機すると言ったのに、「せっかくだから見ていけ」とセイディが謎の気遣いをみせるせいで逃げられなかった。エンリは側近候補ではないが、伯爵家二男でありセイディとは子どもの頃から親交がある。
(聖女候補なんて、まったく興味がないのに)
そう。聖女とは、光の精霊の契約者。
当代の聖女が高齢になってきたため、次代の候補者としてふたりの少女が選ばれた。さらに学園を舞台に、最終的な素質を見極めることが決定されたのだ。
この世界は、女神フィオナの歌声から創造された。
最初に女神は、世界を形作るあらゆるものに命を吹き込んだ。それらは風になり、木になり、獣になり、人となった。原初の頃、彼らは区別なく交わり暮らしていたという。ただ、命の持ち方だけが異なっていた。
風や水を支配する精霊には寿命がなく、木に宿る精霊は老いても若葉から再生する。けれど獣や人は一度限りの短い命。時も記憶も共有できない彼らは徐々に離れていき、そうして現在の在り方へと至ったのだとか。
創世記はおとぎ話のようなものだが、まるきり作り物とも言いきれない。この世には確かに精霊がいて、そして精霊たちは自らの眷属となる妖精を生んだ。その妖精たちが人の求めに応じて力を貸す現象を、『魔法』と呼んでいる。
ただし、魔法が使えるのは妖精を認識できる一部の者だけ。これは原初の頃に交わった血が薄れてしまったからだという。
妖精は気に入れば誰にでも力を貸すが、精霊はたったひとりの契約者を選んで属性の支配権を共有した。それは妖精の力を借りるより、ずっと強大な力を得るということ。誰もが憧れ、そして国家としても契約者を抱えることは何より優先されるほどだ。
そんな中、ここウルサール王国では、代々光の精霊との契約が続いていた。
光の精霊が与える力は、災厄を祓い傷を癒す聖魔法。浄化と守護に特化して、王国に安寧をもたらしている。
契約者は聖者または聖女と呼ばれ、その地位は王族と同等。だが当代の聖女は、体力の衰えとともに聖魔法も弱ってきた。そのため王国中から光属性と相性のいい者を探し出し、選ばれた候補者が二人。
それが今日、最も注目の──。
ざわめきを感じて、エンリは壇上に視線を戻した。聖歌のあと演台に立った学園長の挨拶は終盤に差し掛かり、舞台下が慌ただしく動き始めている。
「今年は非常に特別な年となるでしょう。聖女の候補者たちは、壇上へ」
抑えきれない囁きが広がり、すべての視線が壇上へ向かう少女たちの背に集中する。ずっと最前列に座っていたようだが、壁際の関係者席最後尾に立つエンリははじめて目にする姿だ。
スカイブルーの制服を身につけた二人の少女が振り返る。
一人は鮮やかな赤紫の長髪が目を引く、意思の強そうな美女。もう一人は桃色のふわりとした髪に、愛らしい微笑みを浮かべた美少女だ。
──その顔を見た瞬間、エンリの心臓がいやな音を立てた。
(……まさか)
記憶の奥に封じ込めたはずの出来事が、脳裏によみがえりかけて首を振る。
似ている。いや、間違いない。なんという偶然。これを運命のいたずらというなら、その運命を呪うしかない。
かつてエンリの心に棘を刺した、忘れたくても忘れられない存在。
聖女候補の一人は、あの日の少女に違いなかった。
入学式を終え、会場の撤収も終えるとようやく解放された。
休みを返上して準備してきたので、続く在校生による始業式の参加は免除されている。授業もないため、このあとは自由だ。
(……帰ろう)
友人を待とうかとも思っていたが、やめた。今は気楽な会話ができそうにない。
控室から荷物を持って講堂を出る。柔らかな風が吹く連絡通路を歩いていると、ひとりの青年がこちらに向かってくるのが見えた。
光輝くような銀白の髪を後ろで結び、細いフレームの眼鏡をかけた青年。あの眼鏡をかけると不思議と存在感が希薄になるが、素顔を晒せば誰もが振り返る美貌の持ち主。エンリの従者、ゼノンだ。
「お疲れさま、エンリ」
「……ああ、ゼノン」
声を聞いた瞬間、知らず強張っていた肩の力が抜けるのを感じた。
反対に近づくゼノンは眉を寄せ、エンリの顔を覗き込んでくる。
「何かあった? 顔色が悪い」
従者でありながら気安く話しかけるのは、エンリが許しているから。という以前に、エンリとゼノンは幼い頃からの親友だった。
人前ではゼノンも気を遣うが、こうして二人のときはお互い対等な関係で接している。
気遣わしげなゼノンの表情にエンリは迷うが、小さく息を吐いて口を開いた。
「……聖女候補の一人がさ……」
「うん」
「ゼノンには話してなかったかな。俺が、女の子が苦手な理由」
歩き出しながら話す声には、どこか自嘲の色が滲む。
エンリは女嫌いの男好きというわけではないが、単純に女の子が苦手だ。特に活発でよく話す子ほど、関わりたくないと思っている。彼女たちの言葉は、時にこちらの心をぐっさりと抉ってくるのだ。
「ゼノンとはじめて会った日だよ。その直前に出会った彼女に……、まあ、俺が勝手に傷ついただけなんだけど」
思い出したくないな。そう考えていたのが伝わったのか、ゼノンが腕を伸ばしてエンリから荷物を奪っていった。
言葉を止めてエンリは振り返る。何もかも従者らしくしなくていい、と言ってあるけれど、ゼノンはいつでもエンリを優先してくれた。
「エンリを傷つけたの?」
「俺が勝手に」
「傷ついたんだね?」
「……子どもの言うことだし」
じっと見つめるゼノンの視線から逃れたくて、顔を背ける。ゼノンは日に日に魅力を増しているようだ。そう言うと大袈裟だが、エンリには大袈裟なんかではない。
昔は自分より小さかったゼノンは、すっかり大きく成長してしまった。その逞しい腕をエンリのほうへ伸ばし、癖が強くまとまりのないブラウンの髪を摘まんで優しく指先で撫でている。
「彼女は、君に気づいてた?」
「遠目だったし、目も合ってないよ。学年も違うし、めったに会うことはないと思う」
そう言いながらも、エンリは大きなため息をついた。
「……でも、憂鬱ではあるな。まさかあの子が聖女候補だなんて」
国に安寧をもたらす、精霊の契約者。
まず関わることがないとわかっていても、心から祝福できることではない。
項垂れるエンリの肩をぽんと叩き、ゼノンが元気づけるように微笑んだ。
「二度と会わない女のことなんて考えないで。過去の傷は塞がりにくいかもしれないけど、新しい思い出で塗り替えてしまえばいい。君のそばにいるのはその子じゃなく、俺なんだから」
俺を見て。囁く声にエンリの心臓が早鐘を打つ。
本当に心臓に悪い。やめてくれと、いつも言っているのに。
「そんな女のせいで、俺の声を聞いてくれないの? 好きだよ、エンリ」
耳元に落とされる甘い声についに耐え切れず、エンリは両手でその口を押さえるのだった。
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