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02:友人たち
しおりを挟む入学式からひと月。
徐々に穏やかな気候に向かい、学園も少しずつ平常時の空気へ戻りつつある頃。
週末の午後、王都郊外の小さなカフェの片隅で、エンリはぐたりと壁に凭れかかっていた。
「学年も違うのに……。なんでかあの聖女候補、毎日俺の前に現れる……」
女子に人気の華やかなカフェが多い王都だが、裏道には隠れた名店も少なくない。オーナーがひとりで経営しているような静かなカフェは、大人にとっても憩いの場となる隠れ家的存在だ。
「エンリのこと、好きなんじゃない? 女の子嫌いなのに、モテていいねえ」
そんな無責任な発言をするのは、ロア・オスタント。男爵家三男でエンリの友人だ。
中途半端に伸びたオリーブグリーンの髪、エメラルドの瞳。いたずら好きそうな表情を見せながらも、本人は非常に凝り性でやっかいな性格をしている。
「思ってないだろ、そんなこと……」
「ゼノン、こっち見ないで。君、視線で人を殺せるからね」
ぼやくエンリの横で、ゼノンがロアを睨んだらしい。今日の彼は眼鏡をかけていないので、鮮やかな赤い瞳がその美貌に唯一の色を乗せている。
エンリは横顔も完璧なゼノンをちらりと見て、思い出すように視線を落とした。
「好きとか……そういう好意的な感情じゃないんだよ。なんていうか、鬼気迫るものを感じる」
「へー」
ロアは軽く頷いて、ストローでずずと音を立てながらフレーバーティーを飲み干した。彼は今アップルフレーバーに凝っているらしく、どこへ行ってもそれしか口にしない。
「エンリの勘って、人相手だとほとんど外さないし。じゃあモテは違うのかあ。あ、これもう一杯ください」
そもそも本気で言ったのではないのだろう。あっさり意見を翻したロアは、グラスをテーブルのふちに置いた。
「っていうかさ、その子……アイラ・コレット男爵令嬢? 高位貴族か顔がいい男にばっかり話しかけてるよ。知ってた?」
続く言葉に体を起こして、エンリはふるりと首を振った。
同学年のロアもアイラとの接点はないはずだが、彼もあまり好印象は持っていないらしい。
「セイディ殿下にリオール様、他にも生徒会のメンバーや教師……こないだ卒業生のフランツ様が殿下に会いにきてたろ? その場にもいたらしいし……みんな顔がいい。あと魔法が得意な人たちだ、そういえば」
ロアのあげた名前は、学園に通う者であれば一度は耳にしたことのある名前ばかりだ。聖女候補ともなれば彼らも放ってはおかないのだろうが、彼女を取り巻く環境にエンリは顔をしかめた。
「そうなのか……じゃあなんで俺……」
「はあ~? ちょっとエンリくん、鏡見たことあるよねえ?」
「顔がいいってのは、ゼノンやセルシオ兄さんみたいなのをいうんだよ」
「比較対象を間違えてる」
正当な主張のはずなのに、ロアは呆れたように肩を竦めた。ちょうど新しいグラスを持ってきたオーナーに礼を言い、「価値観は環境から生まれるんだね」などと呟いている。
「エンリはかっこいいよ。俺がこの世で一番好きな顔」
「……それはもういいから……」
ゼノンはテーブルに肘をつき、横からエンリを覗き込んでにこやかに賛辞した。彼は彼で好意の大安売りをしてくれるのだが、毎回動揺を隠すのに苦労してしまう。
誤魔化すようにコーヒーカップを摘まんだエンリは、正面からの冷めた視線に気づいて慌てて付け加えた。
「つまりだから、魔法が強いってところが。俺は魔法はからっきしだから」
「ああ、それはまあね」
魔法が使えるのは、妖精を認識できる一部の者だけ。その姿を見たり、声を聞いたり。妖精はいたずら好きなので、人の反応を見ては楽しんでいる。だから自分たちを認識できない人には見向きもしない。
その点で、エンリはまったく妖精に縁がなかった。
貴族に魔法使いが多いのは、血統を守っているから。そうはいっても魔法使いの割合のほうが少ないのだが、エンリにはコンプレックスの一つだった。
ちなみにふたりの友人、ゼノンもロアも魔法が使える。しかもロアは教会所属の聖魔法使い。すぐに候補から外れたものの、一度は聖者候補として名前があがった一人だ。
「まあさ、実際のところは本人に聞かないとね。もしかしたら本当に一目惚れかもしれないし……ゼノン、見ないでってば。でも聖女候補として有力なのはアイラ嬢でしょ。ってことは、いずれはセイディ殿下と婚約するんじゃない?」
「そうだな……」
自身から遠い存在となる少女。複雑なのは決して未練ではなく、苦手な少女がいずれは王妃になるという事実だった。
「入学してすぐ、聖女の奇跡とかって騒がれたのが大きいよね」
ロアが行儀悪くストローをくわえたまま話す。学園に通うエンリは知っているが、朝夕の送り迎えだけのゼノンは初耳らしい。「奇跡?」とエンリに問いかける。
「中央庭園の花壇で、聖女同士が口論になったんだよ。アイラと……クレア・ローレンス伯爵令嬢」
「クレア嬢が枯れた花を片付けろって騒いで、アイラは『この子たちはまだ咲きたがってる』って引かなくて。そこでアイラが祈ったら、一斉に花が開いたんだってさ」
「へえ」
「聖女の癒しだーって。さっそく情勢はアイラに傾いたね」
口調は軽いが、ロアの表情は冷めている。彼が特定の人を嫌う話は聞いたことがなかったので、エンリは不思議に思って首を傾げた。
「ロアもアイラと何かあった?」
「ないよ。ないけど、実は僕も一度話しかけられてさ。なんか臭いなあって」
「くさ……。いや、相手は女の子……」
「エンリって女嫌いのくせに、そういうとこ育ちがいいよね」
「別に嫌いなわけじゃ」
苦手なだけで、と呟くエンリの横で、ゼノンがふうと吐息してコーヒーを口に含んだ。
「その話なら小耳に挟んだな。でももう花壇の中には何もないようだけど」
「うん。あれから二日くらいでまた枯れたからね」
もともと弱っていた花だし、アイラの言う通り最後の力を振り絞った返り咲きだった。それは美談として広まっていたので、二日後に萎れた花を見て聖女の力不足を責める者などはいない。
エンリは無言でテーブルに視線を落とした。カップの底をじっと見つめ、ぽつりと呟く。
「……アイラが有力なのかな」
沈む声に嫌気がさす。自分の感情だけで聖女は決まらないし、国の一大事をこれほど否定的に見てしまうことも。
それでも友人たちはエンリを責めたりはしない。ロアは「さあ」と目を伏せてストローを回し、ゼノンはエンリの肩に手を置いた。
「エンリが望まないなら、あの女は聖女にならないよ」
「俺が望む望まないじゃないだろ。なんでゼノンが断言してるんだよ……」
「だってエンリには笑っていてほしい」
「……」
明け透けな台詞に、エンリは片手で顔を覆って俯いた。指の間から見えるロアは、呆れ果てた表情でストローをかじっている。
ロアはいつも「なんとかしろ」という目でエンリを見ているが、エンリにもこれを素直に受け入れられない理由があるのだ。
意地になっている自覚はある。けれどどうしても深いところで引っ掛かって、身動きが取れない。
エンリはゼノンを直視できず、空のコーヒーカップを撫でながらため息をついた。
「とにかく……アイラ嬢だよ。なんでああも毎日俺の前に現れるかな。用ないだろ、三年の校舎になんて」
「ないよねえ」
「しばらく学園を休む?」
唐突なゼノンの提案に、さすがに無視もできずエンリは苦笑いした。
「いや、それは無理だろ。いいさ、無視すればいいんだから。……でも今日はもう少しだけ、ふたりとも気晴らしに付き合ってくれるかな」
「もちろん」
「いいよー。あ、これもう一杯」
「また?」
グラスを持ち上げるロアに呆れ、声に出して笑っただけでも随分と気が晴れた。
エンリは? と問いかけるゼノンの眼差しは優しい。自分は間違いなく友人に恵まれているのだと、心が温かくなる思いだった。
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