その当て馬はラスボスに溺愛されてます

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03:心に刺さる棘

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 午後の陽が傾きはじめた頃、エンリは三年の校舎に繋がる渡り廊下を歩いていた。
 授業を終えた時間帯、今日は従者部屋で控えていたゼノンが半歩後ろをついてくる。伯爵家以上の学生は従者の同行が認められていて、授業中でなければ校舎への出入りも許可されているのだ。

「なんだか地味さに拍車がかかってるけど……それも魔法?」
「幻惑効果を強めたからね」
 くいと眼鏡を押し上げ、ゼノンが得意げにウインクしてみせる。輝く銀髪も美貌も変わらないのに、そんな仕草も白けてしまう不思議現象。魔法って本当に便利だなと呆れるやら悔しいやら。
「エンリが、地味じゃないとそばに置いてくれないって言うから」
「そりゃあそうだ。素のゼノンを学園に放り込んだらとんでもないことに……」

 ゼノンがエンリの従者になったのは入学直前。そんな話は一度もしたことがないのに、初対面のように父から紹介されて、ひっくり返るかと思ったのをよく覚えている。
 彼ほど従者が似合わず、また学園が似合わない男もいない。ゼノンはエンリの一つ年上だが、その人生経験は倍以上と断言できる。上品に同世代の若者たちに交じって勉学をサポートするタイプではないのだ。
 しかもこの極上すぎる美貌で従者などと。「できるはずない!」と断じたのは当然の流れだと思うが、この地味眼鏡は彼が示す証明の一つらしかった。

「……それが嫉妬からくる台詞なら、どれほどいいことか」
「何を言って」
 そんなことを話しながら角を曲がったところで、向こうからふらふら歩いてくる人物に気がついた。
 両腕で大きな木箱を抱えた女子生徒――アイラだ。箱の上部に積み上がった本や紙束が、中身の重さを想像させる。ただ、あのサイズの箱に紙類が詰まっているなら、エンリでも持ち上げる自信はない。
(なんで三年の校舎に? 資料室なら、反対側のはずだけど)
 また不可思議な遭遇だ。
 思わずため息をつくエンリに、それが例の少女だと気づいたらしい。ゼノンの顔から表情が消えた。
「……行こうか」
 声をかけられて、小さく頷く。
 少女の小指は立っていて、さほど力を入れているようにも見えない。あれも魔法だろうか。足元は見えづらそうで、右へ左へ緩やかにステップを踏みながら歩いている。
 ちらちらこちらを窺う視線を感じるのは、いったいなんなのか。近づいてくる姿を視界に入れないように通り過ぎて──。

「──ちょっと」

 ひやりとした声が耳を打った。
 振り返る前に、ゼノンがエンリと少女の間に立ち位置を変える。地味に擬態した従者は視界に入らないのか、アイラは箱を抱えたままエンリに非難の眼差しを突き刺した。
「ねぇ、なんなの? あたしが困ってるのに、なんで声をかけないの?」
 そう言って、不満を隠しもせずに地団太を踏む。その態度にエンリは戸惑うばかりだ。
 いくら聖女候補とはいえ、現時点では男爵令嬢であり下位貴族。彼女の言葉遣いにも驚くが、その疑問の意味もわからない。
 困ってると言うが、こちらこそが困ってる。上下に揺れる箱は見た目ほどの重量を感じさせない。重さではなく大きさに困っているのだろうか。それにしたって、とても困っている者の態度とは思えなかった。
「おかしくない? あんたはあたしに声をかけるはずでしょ?」
「……っ」
 だがその断定的な台詞には心臓が跳ねた。エンリの動揺に気づいたゼノンが気遣わしげな視線を送ってくるが、取り繕うことができない。
(もしかして、気づいてる?)
 手のひらにじわりといやな汗が滲むのを感じた。
 アイラはあの日のことを覚えているのだろうか。あの少年がエンリだったことを。エンリが声をかけたことを覚えていて、自分ならアイラに興味を示すはずだと……。
 ぐらりと揺れそうなエンリの腕を支えたのはゼノンだった。
 眼鏡越しに赤い瞳と目が合って、は、とエンリは呼吸を思い出す。
 まったく情けない。誰かにとってはすぐ忘れてしまうような些細な出来事。そんなものに、十年経っても囚われ続けている自分が。
(……あの頃とは、違う)
 アイラが覚えていたとしても、あの日を境にエンリは考えを改めたのだ。
 彼女が知る自分はもういない。少し女子が苦手にはなったが、それ以外はおおむね好転したはず。だからアイラに声をかける必要はない。その理由がなくなったのだから。彼女は困っていないし、自分も求めてはいない。
 それにあの日、彼女自身が言ったのだ。エンリに声をかけられて最悪だった、と。

「……ご令嬢。私は魔法が使えないので、その荷物を運ぶ手伝いはできそうにありません」

 そんな重い荷物、誰が運べるか。ゼノンなら軽々だろうが、こんなことで彼を煩わせるわけにはいかない。
 少女のプライドを傷つけないよう丁寧に答えたつもりだが、この返答はアイラを満足させるものではなかったらしい。
「ふざっけんな!」
「エンリ様!」
 口汚く怒鳴り、アイラは木箱を勢いよくエンリの胸元に投げつけてきた。
 咄嗟にゼノンが腕を出して庇ってくれたが、音を立てて転がる木箱の中身は全部、軽く丸められた紙くずだった。上部の見える部分にだけ、分厚い本が乗せられていたらしい。
 ちらと一瞥するゼノンに驚きは見えない。彼は魔法の有無がわかるから、人力と知って予想していたようだ。
(……俺に、声をかけさせようとした?)
 なぜこんなことまでして、アイラは自分に近づくのだろう。まったく理解できなくて、薄気味悪さを感じてしまう。
「最悪。絶対誰か邪魔してる!」
 アイラは足元に落ちた紙くずを蹴飛ばし、不満をあらわにした。
 思い通りに進まないことの焦り、苛立ち。エンリを責めるように睨んでいるが、その意思を知ろうとはしない。まるで出来の悪いおもちゃを見るような眼差しだ。

「仕事してよね、当て馬モブのくせに! この役立たず!」

 ──役立たず。
 叩きつけられた暴言に誘発されて、押し隠した劣等感が騒ぎ出す。
 優秀な兄と比較されることすらない、何も持たない自分。いてもいなくても変わらない。むしろいるほうが周りに気を遣わせてしまう。幼少期のエンリは、そんな子どもだった。
 それが悲しくて。どうにか誰かに振り向いてほしくて、けれど叶わなくて。無理に言わせる言葉に意味はないと思い知って……。
「エンリ!」
 ゼノンの声が遠い。走り去る少女の足音が、頭の中で大きくこだましている。

(ああ、やっぱり女の子の言葉は、この世で一番鋭い武器だ)

 幼い少年の心に突き刺さった棘が、再び鋭さを増して存在を主張する。誰にも見られたくない傷を暴き、恥でしかない過去を思い出させるかのように。

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