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44:一か月2
しおりを挟む学祭の前日、ロアが王都の伯爵邸を訪ねてきた。
「学園では込み入った話ができないからね」
聖女候補に対する不満など、外で話題にできるはずもなく。最近はお気に入りのフレーバーティーが飲みに行けないと、愚痴っぽく口にする。
けれどこの件が落ち着くまでは、一人でカフェに行くつもりもないらしい。
「まずは明日の学祭を楽しむべきなのに、白々しく感じてしまうよね」
「セイディ殿下たちが、連日夜遅くまで準備されていたから……」
「それはそうだけどさぁ」
エンリの向かいのソファに腰を下ろし、ロアが片肘をついて口を尖らせた。
「教会上層部も、やっぱりお金が動いてるみたいなんだよね。権力で好き勝手するにしても、手を出す相手は選んでほしいよ。とんでもない災厄がきたらどうすんのって話」
精霊がいなくても国は成り立つが、精霊がいるからこそ、この国は強国の一つに数えられてきた。
王国民にとっても、精霊は心の拠り所だ。侯爵の企みはその基盤を揺るがしかねない。
「彼女の香水は、殿下が手配してくださった中和アイテムのおかげでだいぶ効果が薄れてきたね。エンリを責めてたやつらも、そんなことすっかり忘れてる」
エンリは『アイラにつきまとっている』と噂されたが、このひと月でクラスメイトの態度もすっかり元通りだった。アイラがゼノンにべったりのため他の男が霞んだ、というのも理由ではあるが。
「香水を使い果たしたんだと思う。彼女、ゼノンに店のことを聞いたらしい」
「ええ? それどういう心理? 洗脳仕掛けてる相手に、そのアイテムの入手方法を聞いたの?」
ロアは意味がわからない、と顔を顰めているが、エンリも聞いたときは意味がわからなかった。
「悪いことだと思ってないんじゃないかって……。ロアもいつか言ってただろ。彼女はある意味純粋」
「ああー、うーん」
ロアはこめかみを押さえて、「やっかいだね」と吐き捨てた。もちろんエンリも全面的に同意見だ。
「学祭の企画を見直す中で、セイディ殿下も彼女といろいろ話したそうだよ。でも聞く耳を持たない。いじわる言わないで、って泣かれたらしくて、お手上げだと言っていた」
「いじわるかぁ。自分に都合が悪いことはそう変換されるのかな」
つまらなそうにふんと鼻を鳴らして、ロアはひらりと手を振った。妖精と戯れる動きだ。
「そうなるとやっぱり、当代聖女様の前で明らかにするしかない、ってなるんだよねぇ。聖女様もお会いになればわかるよ。僕の妖精も彼女を嫌ってる」
「光の妖精に嫌われてるのに、聖魔法が使えるのも謎だし……」
「そういう普通じゃないところが、侯爵には可能性に映るのかなぁ」
侯爵もまさか妖精が見えないとは思わないだろうが、アイラが普通でないのは事実だ。可能性と考えれば、あながち間違いではないようにも思う。
ゼノンの想像する『天啓』は、当時のヴァレンス侯爵に野望を抱かせるに十分だったのかもしれない。
「殿下とは連絡取れてる?」
「フランツ経由で。陛下はまだ迷うようだけど、今は黙認状態。王妃殿下とセイディ殿下が中心になって準備を進めている」
現国王の治世を支える最大の功労者が、ヴァレンス侯爵なのだという。国王の落胆は激しく、怒り以上に困惑が強いのだとか。貴族や国民の反感を嫌う性格なのも災いして、ずっと積極的には動けなかった。だがここへきて、ついに観念したようだ。
「腹を括ったのかな。ゼノンの脅しかな」
「脅しかもしれない……。とにかく、お披露目会は無事では済ませない。相手がどう出るかわからないから、万全の体制を整えてもらうように頼んだよ」
アイラのお守りは確かな物的証拠。すでに王家も把握し対策が施されているのだから、なかったことにはできない。彼らに逃げ道を残さないためにも、お披露目会を糾弾の場にすると決めた。侯爵がアイテムの存在を知らないことがこちらにとっての武器だ。
とはいえ、エンリにもわずかな躊躇いは残る。その場を利用することが、光の精霊の怒りを買うことにならないだろうかと。
胸の奥に潜む不安に黙り込むエンリに、ロアの淡々とした声がかけられる。
「アイラは自分のしたことの重大さを知らないといけない。君は自分が発端のように感じるのかもしれないけど、そのおかげで気づけたと考えるべきだね。聖女様も精霊も、きっと理解してくださるよ」
「ロア……」
その眼差しからは、エンリを肯定する思いが伝わってくる。
何度もエンリの前に現れ、一方的な役割を押し付けたアイラ。エンリだけでなくクレアまで巻き込み、加害者に仕立て上げようとした。ひどい言葉を投げつけエンリを否定し、ゼノンは自分のものだと奪っていく……。
私怨と言われても仕方がない。皆無とは言い切れないから。
ロアはエンリの気持ちを軽くするために、わざわざ会いに来たのかもしれない。それが動機でいいのだと後押ししてくれる。
けれど逆に吹っ切れた。アイラを遠ざけたい、思うままにさせたくない、聖女と認めたくない。それを阻むのが彼女の自身と侯爵なら、うち砕くしかない。その後に起こる問題は、これまで見て見ぬふりし続けた国王がどうにかすればいいのだ。
エンリはただ、ゼノンとともに生きる日常を取り戻したいだけ。
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