その当て馬はラスボスに溺愛されてます

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45:お披露目会1

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「学祭……わりと楽しめたね……」
 メインイベントを終え、中央教会へ向かう馬車の中でロアが気まずそうに口を開いた。
 学生たちは学園が用意した馬車や各々の手段で移動をはじめている。ロアはエンリが誘い、ハーディン伯爵家の馬車に同乗していた。
「よかったじゃないか。おめでとう」
 当初予定されていたふれあいイベントは、生徒会役員の退学を受けて中止。急遽募った有志により、二つの体験型演劇が学園を舞台に展開された。赤と黄それぞれのバッジをつけた演者に話しかければ物語に参加できるし、見ているだけでもいい。学生たちはより楽しめたほうに投票をするのだ。
 毎年何かしら投票は行われるのだが、学祭では投票券に代わって各自二つの造花を持つ。この一つを異性に贈るというのが、イベントの定番であり目玉でもあった。

「ロアも返したんだろ?」
「まぁ、うん。そんな場合じゃないってわかってるんだけど……」
「どんな場合でも、ロアの気持ちのほうが大切だよ」
 ロアはクレアの友人の一人から、花を贈られたのだそうだ。彼自身、はじめて会った日に言われた言葉が嬉しくて、印象に残っていたのだという。ロアはきまり悪げにしているが、責める理由がどこにもない。二人が末永く幸せであればいいと願うだけだ。
「……ありがと。ま、それはそうと。案の定セイディ殿下たちも人気だったけど、ゼノンの前に行列ができてたのがさぁ……、ぶふっ」
「はあ……」
 自分の話では照れていたロアも、この話題は堪えきれなかったようで噴き出している。エンリはおもしろくないが、ロアが笑う気持ちもわからなくはない。
 ゼノンが注目を集めたことではなく、それに怒り狂うアイラの反応が見ものだったと言っているのだ。
「侍らせて見せびらかしたかったんだろうけど、裏目に出たよね。ゼノンは学生じゃない! って一人一人追い払ってたけどキリがなくて。結局途中でゼノンを待機室に戻すしかなくて……っ」
 香水の効果が薄れて、彼女を好意的に見る目が減っていたのも理由だろう。女子生徒の顰蹙を買い、男子生徒も遠巻きになり、アイラは完全に孤立していた。
 さらに生徒会補助のためゼノンと一緒に行くことも許されず、その後は仕事もしないで不貞腐れていたらしい。
 とにかく彼女は、なんでも自分の思い通りになると思い込んでいるのだ。王太子が注意すると、「ちゃんと王太子妃になってあげるから嫉妬しないで。ゼノンは秘密の恋人でいいって言ってくれるの」と答えたのだとか。セイディは言葉が通じないと青褪めていた。

「式次第は出てるの?」
 教会が近づいてくると、ロアは笑いをおさめて声を潜める。
「聖女様の体調を考慮して、開始早々にお言葉を賜る予定。聖女候補たちを精霊に紹介するらしく、そこはさすがに邪魔ができない」
 ロアはそうだねと頷いた。侯爵もいたずらに精霊の怒りを買うことはしないはずだから、この場面は恙なく終えるだろう。
「聖女様が退場されてから糾弾の声を上げる。俺がと申し出たけど、殿下がご自分で言うと。『星夜の花』を渡された当人だし、確かに魔法アイテムの説明は俺では説得力に欠けるから」
「そうだね。僕らにはエンリが当事者に思えるけど、聖女選抜の場では完全に部外者だしね」
 最も重要な場面で見ているしかできないのは不甲斐ないが、エンリは仕方ないとため息をついた。
「もし侯爵側で妙な動きがあれば、ゼノンが阻止してくれる。状況に合わせて効果的な騒動を起こすと言っていた」
「あっちはあっちで、クレア嬢を貶める策を考えてるかもしれないし。ゼノンならそこんとこなんとかしてくれるかな……してくれるよね?」
「クレア嬢が不利にならないように、とは言ってある」
「じゃあ大丈夫だね。君が念押ししたなら」
 ロアの安心基準に苦笑いして、エンリも頷いた。
 馬車が止まり、ロアと目を見合わせる。ついに、その時がやってきたのだ。



◆◆◆



 大聖堂に厳かな鐘の音が響く。
 エンリもはじめて足を踏み入れた場所だが、最も目を引くのは天井一面を覆う壮麗なステンドグラス。空の色を光に変えているようで、今は白や金の輝きと調和しながら夕暮れの暖かな光が聖堂内を包み込んでいる。
 学生たちは大聖堂の出入り口付近に留められていたが、誰もがその美しい光景に感嘆のため息を零した。
 視線を下げれば、奥の最前列には国王夫妻と教皇、その背後に大司教や教会幹部、名門貴族の当主たちが揃っている。
 教会幹部と並んで、二人の聖女候補の背も見えた。パーティーではないので、この場では彼女たちも礼服としての学生服姿だ。その隣には王太子セイディ、二人の側近候補であるフランツとリオールの姿もある。
 そしてアイラに近い壁際には、ゼノンの姿も確認できた。ちくりと胸が痛むと同時に、このあとのことを思って安堵もする。大聖堂には入れないと言っていた彼も、無事に入場を果たしたようだ。

 すべての視線が注がれる先、聖女が祭壇へと歩みを進めている。
 体調が悪いと聞いていたが、すっと背筋を伸ばして階段を上る背に弱々しさは感じない。ステンドグラスから降りそそぐ光の中、その姿は言葉にならないほどの神聖性を感じさせた。一生に一度もない経験に興奮を隠せない様子だった学生たちも、今はしんと静まり返っている。
 聖女に続いて、二人の候補者たちも祭壇の前に進み出た。
「我が契約者、光の聖霊よ。これなる契約者候補たちをお認めください。ウルサール王国に浄化と守護の光を……」
 大聖堂に聖女の凛とした声が響く。
 直後、聖堂内に小さなどよめきが起こった。理由がわからずエンリは何事かと周囲を見回すが、隣に立つロアが顔を寄せて低く囁いた。
「精霊が姿を現された」
「え」
「……僕でもうっすらと輪郭が見えるほど……。たぶん他属性持ちにも、光が見えてるんだと思う」
 珍しくロアの声が興奮に上擦っている。精霊は自在に気配を操るそうで、おそらく聖女候補を前にその姿を顕現させたのだろうと言う。エンリには光の変化さえわからないのだが。
(こんな時にまで、現実を突きつけないでも……)
 自分はよほど素質がないんだなとがっかりしながら、エンリはゼノンに視線を投げた。
 対極にある光の頂点たる存在が現れたのだ。光属性を苦手にしている彼の具合が心配だった。倒れたりはしていないが、遠目でも目を伏せたまま動かない様子が見て取れる。
 彼によれば、アイラも妖精が見えないはずだが。それでも聖魔法が使えるのだから、顕現した精霊の姿は見えるのだろうか。
「光の精霊に感謝を捧げます」
 祭壇では聖女が深く頭を下げ、アイラとクレアもそれに続いた。
 普段から妖精と親しむ魔法使いも多い中、さらに超越した存在に誰もが自然と首を垂れている。
 聖女の予言を利用しようなど、考えることすら恐ろしい。きっと侯爵は何度もこの光景を見たはずなのに、考え直すことはなかったのだろうか。

 しばらくして顔を上げた聖女が、祭壇を背に振り返る。
「精霊より、お言葉を賜ることができます」
「おお……」
 またざわめきが起こり、エンリはロアへ視線を投げた。彼は首を振るから、それを告げる声までは聞こえなかったようだ。
 前方からは歓喜の空気が伝わってくる。この予定は王太子から聞いていないから、精霊が気まぐれを起こしたのだろうか。精霊が契約者候補に興味を示すなら、王国としては願ってもない幸運に違いない。つまり次代の守護が約束されたも同然だ。
 聞こえないとわかっていても、誰もが固唾を飲んでその時を待っていた。言葉を賜れば聖女候補が答えるはず。いったい何が語られるのだろう、と。
「──…」
 けれど動きはない。束の間、奇妙な沈黙が訪れた。
 いくらなんでも精霊が長話をするとは思えない。思いがけず長い静寂に、人々は戸惑い顔を見合わせる。
 聖女もちらちらと祭壇を窺い、明らかに様子がおかしかった。エンリの胸に不安が込み上げる。まさか侯爵が精霊に何かを仕掛けたのか? そんなことできるのだろうか。
 それぞれの緊張が頂点に達した時、アイラがすっと右手を上げた。

「その問いの答えは、慈しみと、そして愛。私が王国のみんなに届けたい思いです」

 大聖堂に響く愛らしい声。その言葉に、誰もがほっと息を吐き出した。なるほど聖女の心構えを問うたのか、と。
 エンリは眉を寄せるが、本音とは思えなくても聖魔法使いとして理想的な答えだと思う。続くクレアの言葉を待った。
 ──だが、その直後。
 大聖堂の空気が変わった。光が歪み、ステンドグラスが暗く濁る。
 異変を察して人々が視線を上げた次の瞬間、激しい音を立ててステンドグラスが一斉に砕け散った。
「きゃああ!」
「なんだ!?」
「伏せろ!」
 無数の破片が鋭い光を弾き、高みから凶器のように降りそそぐ。防御をしようにも、大聖堂では魔法が使えない。神官たちが飛び出て聖女たちに覆いかぶさった。
 光をもたらす聖物のステンドグラスが割れ、聖堂内は一気に夕闇の薄暗さに包まれる。それでも並ぶキャンドルの灯が、かろうじて周囲の様子を照らし出していた。
 国王と教皇を囲む護衛や神官たち。フランツに庇われた王太子。あちこちで悲鳴が上がり、貴族家の当主らにも怪我人が出ているようだ。神官が駆け、端に控えていた騎士たちが危ないから動くなと叫ぶ。
 後方の学生たちに被害はないが、動揺はこちらにも及んでいた。来賓の中には実家の当主が臨席している者もいるのだ。不安に青褪める生徒も少なくない。

 ゼノンが防御の姿勢を見せたことで、エンリは止めるロアを無視して駆け出していた。
 空間そのものが軋むような音を立てている。ゼノンへ視線を送るが、彼は険しい表情でこちらに手を向け「来るな」と制止した。どうやらこの事態は彼の仕業ではないらしい。
「聖霊よ……どうか、怒りを鎮めて……」
 か細い声で訴える聖女の声。国王と王太子は顔色を変え、教皇たちは怯えたようにじりじりと後ずさる。
(光の精霊が……?)
 なぜいきなり精霊が怒りを表したのか。さすがにエンリもこの事態には戸惑うしかない。
 きっかけはアイラの返答だったが、本音はともかく内容に問題はなかったと思うのに。その本音が問題だったとしても、浄化と守護に特化した光の精霊がこんな乱暴なことをするなんて。

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