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49:その後
しおりを挟む「アイラは修道院に送られたそうだよ」
学祭が終われば、学園は前期を終えて長期休暇に入る。
その数日後。エンリは王太子に呼ばれ、王宮の客室でクレアとロアとともに事の顛末を聞くことができた。
ゼノンも知っているとは思ったが、伯爵邸に戻ったあと彼にその話を共有したのだ。
アイラの罪は麻薬の使用と王太子に対する魅了アイテムの行使、そして禁忌とされる闇魔法への関与。
王族を害する罪は重いが、結果的に深刻な被害者がいないことで『虚言癖のある少女』として処されることになったそうだ。
複数の聖魔法使いによる検証の結果、彼女には妖精の姿が見えていないことも確認された。それでもやはり聖魔法は使えるため、今後は研究対象として扱うことになったのだ。
今後は魔封じの腕輪を着けて修道院の監視下で、外界とは隔絶され生きていくことになる。
ヴァレンス侯爵の件では、幸いにも国王が不安視していたような騒動には至らなかった。
光の精霊による怒りを受けたという、その衝撃が強すぎたのだ。
王家が問題を放置していたせいだ、と責める声は出たものの、すでに精霊による裁きを終えたあと。それ以上の不満は、精霊に対する不満にもなりかねない。
違法薬物や様々な不正行為については、ゼノンによってあらゆる証拠が提供されている。侯爵は黙秘を続けているそうだが、もはや助けは期待できない。あとは王国騎士団が関係先を調べ、粛々と手続きを進めていくだけだ。
「エンリは満足?」
ソファでゼノンに寄りかかっていたエンリは、問いかけに少し考えるように視線を落とした。
「満足というか……不満ではないけど。アイラに関しては、妥当なんじゃないかな。あの思考では野放しにしておけないだろうし……」
「そうだね」
エンリがいいならそれでいい、とゼノンも頷いた。
もし不満だと言えば、どんな監視下であろうと彼はアイラを消しに行っただろう。闇の精霊の契約者であるゼノンなら、容易いことだ。
「……結局、あの騒動はどういうことだったんだ? 本当に彼女が言う通り暴走だったのか?」
「いや、最初は違うよ。あの女を闇魔法使いに見立てようと影を広げただけ。でもまさか精霊の名前を言うとは思わなくて」
あれは本当に驚いたね、とゼノンも認める。
「でも逆に利用できると思った。あの女を発生源にして、周囲を脅かそうとしたのは事実。ただ、それ以上にニゲラが怒って……」
「名前を呼んだから?」
「そう。それと、命令されたから、かな」
自分には逆らえないはず、と。契約者でもない人間に強要されて闇の精霊は怒り狂った。ゼノン曰く、気性が激しいのだそうだ。
「俺から制御を奪って、でも一応俺たちの目的は知ってるから、あの女ではなく俺を攻撃した」
「いや、だからってなんで……」
なぜ契約者であるゼノンを傷つけるのだ。
エンリは精霊と契約者の関係性など知らないが、それでも属性の支配権を共有するほど認めた相手のはずなのに。
「最適だよ。他の人間を傷つけるわけにいかないから。俺はいいけど……」
「う」
確かにそれはよくない。そしてエンリは事前に、周りを傷つけないことも約束させていたのだった。
「あとあいつは、俺の血を見るのが好き」
「……」
エンリは額を押さえて顔を顰める。そんな理由で……。
「元が俺の生み出した闇だったし、あっちは途中で光の精霊をぶつけてきたからね。ニゲラが大喜びで応戦して……それで、だいぶ奪われかけた」
「ゼノン」
はっとして、思わずゼノンの腕を掴んでいた。それに驚くでもなく、ゼノンは嬉しそうに口元を緩める。
「うん、大丈夫。エンリがそばにいるから。一瞬も忘れてないよ」
「……その……そばにいるから、ってのは」
ゼノンはよくそう言うが、そばにいるだけで忘れないなんてあるのだろうか。
闇魔法を使うのはゼノンで、そのために必要な等価交換もゼノンが負うものだ。エンリが埋めるなんて言うけれど、エンリにそんな力はない。
別に気休めの台詞でも構わないのだ。
ただエンリにできることがあるなら、具体的に教えてほしいと思うだけ。
咎めるように訴えれば、ふっとゼノンが表情を曇らせた。
背に腕が回され、引き寄せられる。強く抱きしめ、ゼノンはエンリの髪に頬を擦り付けた。
「エンリ。俺を嫌いにならないで」
「何を、急に」
嫌いになるような話はしていない。戸惑うエンリに、ゼノンは表情をみせないまま説明を続けた。
「昔、エンリがニゲラの名前を口にしたとき、俺との繋がりができた。君が俺を受け入れた証、闇の精霊が君を認めた証。対価を必要とする契約者に、その対価以上の情を注ぐ人」
「……」
「君を、俺に縛り付けたんだよ」
エンリがはじめて『ニゲラ』という言葉を聞いたのは、ゼノンと出会ったその日だ。別れ際に教えられた言葉を、何気なく口にしただけだった。
けれどその瞬間、ゼノンはもうエンリを手に入れていた。何の相談もなく、一方的に。
そして決定打は、ゼノンのためにニゲラの力を借りた夜。あれでゼノンとの間に契約のような関係が成立し、繋がりはより強固になったのだという。
「……」
「後悔してる? もう手放せないよ」
絶句するエンリの髪を撫で、耳元に落とされる低音。静かな眼差しを見上げ、彼の頬をそっと撫でた。
「……後悔はしてない。けど、怒ってる」
「うん……ごめん」
エンリは視線を落とすゼノンの両頬を包み、その唇にキスをした。ゼノンが目を見開き、戸惑いの混ざった表情で見つめ返してくる。
「俺に全部くれるって言ったのに、もらえてなかった。一番重要な部分を隠されてたこと、怒ってる」
「ご、ごめんね」
ぱちりと瞬きし、ゼノンは首を傾げながらもう一度謝った。
その背に腕を回せば、すぐに唇が下りてきて深く口づけられる。競うように舌を絡ませ、吐息も飲み込みながら何度も角度をかえて。
「……ゼノン……好きって、言って」
鮮やかな赤い瞳が、愛しげに柔らかく細められる。
「好き」
それはあの日エンリが言わせた空しい言葉ではなく、ゼノン自身の心。
ほしがるのはやめようと決意させたあの言葉が、なんでもほしがっていいのだと強欲に訴える。
「愛してる」
「……俺も、愛してるよ」
答えた直後、視界が揺れてソファに押し倒されていた。
「ごめん。全部あげるよ。俺の全部。エンリがほしいだけ。ほしがるだけすべて」
息がかかる距離で縋るように囁かれ、思わず笑ってしまった。彼はまだエンリが怒ってると思っているのだろうか。
「今度こそ、全部よこせよ」
でもそれなら、ゼノンはエンリの機嫌を取るために精一杯甘やかして、愛してくれるに違いない。
◆◆◆
学園の卒業と同時に、クレアが次代の聖女となることが正式に発表された。
光の精霊の名を受け取ったクレアは、すでに聖女と同等の地位で見られている。クレアは敬愛する聖女にまだ続けてほしいと願っているが、聖女自身が継承の意思を固めていた。
だがそれは決して後ろ向きな決断ではなく、心から歓迎してのことだという。
幸いにも当代聖女の体調はだいぶ安定し、次代の憂いも消えて余生は気楽に過ごせそう、などと楽しげに話しているそうだ。
卒業式の終盤、在校生代表として挨拶したクレアをエスコートするのは、卒業生代表のセイディだった。二人は近く婚約するそうだ。
また王太子直属の側近としてフランツとリオールの指名も決定していた。式には専属騎士のフランツも列席し、リオールと並んでその傍らに控えている。
式を終えると、エンリはロアとともに講堂を後にした。
卒業すればロアと頻繁に会うことがなくなるのだなと、寂しさを感じてしまう。ともに歩みが遅いのは、彼も同じように思ってくれているからだろうか。
「エンリ」
遠くから呼ぶ声に振り返れば、別れを惜しむ学生たちの間から、セイディとクレアが歩み寄ってきた。後ろにはフランツとリオール、さらにはクレアの友人たちも。
ロアを見れば、照れたように首を掻いている。
「ハーディン先輩、オスタント先輩。ご卒業おめでとうございます」
「ありがとう」
今や聖女も同然のクレアだが、エンリたちに対する態度は変わらず丁寧なものだった。何にも左右されない彼女だから、光の精霊に選ばれるのだろう。
「エンリ。君にはとても助けられた。ぜひ私の側近になってもらいたいと思うのだが」
セイディのその言葉に、エンリは目を見張って姿勢を正した。あえて断りやすい立ち話にしてくれたのだろうが、返答次第で将来が変わる重大な誘いだとわかる。
「大変光栄なお話ですが、お受けできません。兄の領地運営を手伝い、伯爵家を支えていくつもりです」
セイディは予想通りの答えに落胆も怒りも見せず、納得したように微笑んでいる。
「そう答えると思っていた。気が変わったら言ってくれ。たわむれではないから。それと、もう一つ。君の従者のことも……クレアから、触れるなと強く言われていてね」
今回の件を受け、セイディは国王から多くの秘密を聞いたそうだ。
ゼノンが闇ギルドマスターであること。王家の暗部として動いていること。そしておそらく、ゼノンこそが闇の精霊の契約者であることも。国王が気づいているかはわからないが、セイディは察しているに違いない。
「君たちが変わらずともにあることを願うよ。そうであれば、我が王国は平和が約束されるらしいから」
「私たちだけで左右されることはないでしょう」
それはさすがに大袈裟だ。闇魔法が忌避されるとはいえ、ゼノンは王国に不満を持っているわけではない。
万が一迫害を受けたとしても、等価交換を考えれば失うもののほうが大きすぎる。
「逆だよねぇ。平和なら、二人は変わらずともにいますよ。平和じゃなかったら、国外逃亡?」
「ロア」
「そうか」
セイディが苦笑いしながら頷き、責任重大だなとクレアへ視線を向ける。
王太子がエンリを気にかける理由に、ゼノンの存在もあるのだろう。恐れか、有益性か。どちらであっても無視はできないはずだから。
「光の精霊は王国民に等しく光を注がれますよ。でも、私は少ぉしだけ、贔屓をしてしまうかもしれませんが」
いたずらっぽく微笑むクレアに、エンリは驚いた。聖女候補が堂々と不平等を口にするなんて。
確かに彼女はゼノンの事情を黙っていて、おそらく光の精霊もすべて把握されているのだろうけど。
「少しくらいは許してくださるよ。だって、いろんな感情を持ってるのが人間なんだから、ねぇ」
ロアがエンリの背後に向かって手を振りながら言う。
振り返って見れば、校門前で佇むゼノンの姿。眼鏡をかけた彼は、目立たず学生たちの中に埋もれている。
エンリと目が合うと、赤い瞳が細められ喜びをあらわに微笑んだ。
自分を作ったのはエンリだと、ゼノンは言う。
けれどエンリのために怒り、ともに喜び、愛してくれる感情は、彼の心が育んだものだ。
ゼノンが負った対価をエンリが埋めて、エンリの心をゼノンが満たしてくれる。
嫌いにならないでと甘えるところも、知らず束縛しているところも。
──だからこんなにも、愛おしい。
◇◇◇
(後書き)
最後まで読んでくださりありがとうございます。
『乙女ゲームの世界に転生した少女が知識チートで理想のエンディングを目指す』…を、ゲームの登場人物視点で、ゲームのことを最後まで知らないまま書きたかった本作。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
実はここでRシーン入れたかったんですが今回は完結を優先させました。書くの時間かかってしまうので…汗 期待されてた方いましたらごめんなさい。
落ち着いてまた書けそうでしたら番外編などで書くかもしれませんが、ひとまず完結です。
よければ励ましやご感想としてのハートなどいただけましたら嬉しいです。
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番外編もと言ってくださり嬉しいです。ご感想ありがとうございました!
完結お祝いありがとうございます。
エンリたちにとってこの世界は本物なので、ゲーム要素は完全になくしました。
王道ネタをお借りしてるのでふんわりイメージしてもらいつつ、読者さんもアイラと同じく『知ってる』目線で楽しんでもらえたらな…というお話でした。
エンリと出会ったゼノンにラスボスになるルートは消えましたが、万が一のことがあってもエンリがしっかり呼び戻します。でもその万が一のIFルート、考えてみると楽しいですね😁ぜひいろいろなIFを想像してください!
私もワクワクしてしまうメッセージ、ありがとうございました!
タイトル通りの溺愛ハッピーエンドです😄脳内妄想していただけて嬉しい💕間違いなく可愛くいちゃいちゃしてますね。笑
応援とても頼もしいです、ありがとうございますー!!