その当て馬はラスボスに溺愛されてます

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48:お披露目会4

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「ヴァレンス侯爵。貴方はコレット嬢の後援者だ」
 王太子の静かな問いに、侯爵は無言で目を閉じた。
「公正な立場であるべき聖女は、血縁を断ち、貴族のしがらみに縛られない。だがそれを建前にしようと動く者たちがいた……」
 契約者選抜の裏でぶつかり合う権力者たちの思惑。それらが横行していたのは、国王さえ気を遣う侯爵の影響力ゆえ。そしてもう一つの、大きな理由が。
「これまで順調に契約を繋いできたからといって、不動のものであるはずがない。……契約者を、人間の事情で決定しようなどと」
 そこでセイディはふと口を閉ざし、ちらりとエンリへ視線を投げた。
 彼の目には、わずかな畏れが見て取れる。座り込んだエンリには、周りの状況すべては把握できない。けれど彼が、当初予定していた展開へ持ち込むのをやめたことを察する。

「──光の精霊は、すべてご存じだったようですね」

 ぐるりと大聖堂全体を見回したセイディの視線を受け、国王は力なく頷いた。その表情には、これまで見て見ぬふりをしてきた自責が滲んでいる。

「ステンドグラスで傷を負った者たちを運んでくれ。傷の手当てを優先し、その後は彼らを王国騎士団に預けよう。光の精霊が断じた罪の他にも、聞くべきことがたくさんある」
 王太子の合図を受けて、救援に駆けつけた騎士たちがヴァレンス侯爵に近寄った。そして他の怪我人たちの元へも。
 ステンドグラスの怪我に限定したことを不思議に思ったが、その顔ぶれを見てエンリは息を呑む。全員、ゼノンの隠れ家で見たリストに載っている者たちだったのだ。
 彼らは一様に青褪め、騎士に促されるまま立ちあがる。教皇は無傷だが、それは神官に庇われたからにすぎない。思い当たる節があるから、抵抗することもできないでいる。

 本来なら王太子は、ここで侯爵の違法薬物売買に関しても問い質す予定だった。
 アイラの後援者になるための策、彼女を確実に聖女とするための政治的圧力。この場で畳みかけるしかない、と考えていたのだ。
 けれど想定外の事態が起き、負傷者まで出てしまった。混乱の中で有耶無耶になるかと思われたが、傷を負ったのは聖女選抜を巡る裏工作に関わる者ばかり。
 そのため王太子は、あえてこの場での深追いを避けたのだろう。
 あれは精霊の裁きだった。彼らこそが精霊の怒りを買った存在であると、この場の全員に刻みつけることを選んだのだ。

「……見ての通りだ。アイラ・コレット男爵令嬢。君は自分が聖女になると確信しているが、その未来は訪れない」

 アイラは両手を握りしめたまま、不満そうに唇を引き結んでいる。退場していくヴァレンス侯爵たちに見向きもせず、納得がいかないと息を吸い込んだ。
「私、あの人たちのこと全然知りません。関係ないです」
「君の致命的な問題点はそこではない。学園に危険な薬物を持ち込んだこと、王族の思考を操ったことだ。細かなところを上げればキリがないが……」
 クレアやエンリを加害者にしたてようとしたことなどは、大きな事件といえない。貴族の家格差による責任問題が問える程度だろう。
 セイディたちには様々な我が儘を言ったらしいが、それも罪ではない。聖女候補として相応しくない言動、というだけで。もちろんそれらも、彼女が聖女になれない理由に数えられはするが。

「操ったなんて! セイディ様も私のこと好きって言ってくれたじゃないですか!」
「魅了されているときでも、好きと言った覚えはないぞ」

 記憶がなくなったわけではない、と断言され、アイラはぐっと言葉を詰まらせる。
「……っ、フランツ様! リオール様!」
 セイディがだめならとその両隣へ縋るように呼びかけるが、救いの手は伸ばされない。忌々しげに顔を背けられ、アイラは驚愕に目を見張った。
「何より君は、精霊の言葉を騙った。それが最も重い罪だ」
「嘘じゃない! あれが正解なんです! なんで信じてくれないの? みんなクレアさんの魅了にかかっちゃったの……?」
「この期に及んで……」
「だって私がヒロインなんだよ!? ここは私が聖女に選ばれてみんなに愛されて幸せになるゲームなのよ!」
「──…」
 セイディは眉間に深く皺を寄せ、聖堂内に重い沈黙が落ちた。
 どこかからひそ、とした声が漏れ、別の場所からは小さな失笑が聞こえる。
 ヒロイン、ゲーム。これは王国を舞台にした彼女の遊戯、演劇だ。エンリが役割を押し付けられていると感じたのは、間違いではなかった。彼女をより魅力的に見せるために必要とされたのだ。
 演者は、『天啓』で得た知識から選んだのだろうか。

「何よ……何笑ってんの。モブのくせに……!」
「闇の精霊と契約した貴女に、聖女を名乗る資格はないわ」

 その場に鋭い声が割り込んだ。
 クレアが立ち上がり、アイラを真正面から見据えている。
「……はあ? 何言ってるの。闇の精霊の契約者はゼノンでしょ」
 アイラは鼻で笑い返す。彼女の視線が向かう先にいるのは、支えられながら上体を起こすゼノン。ふらつき頭を抱える彼をロアが支え、エンリは体をずらして人々の視線からゼノンを庇った。
「彼は巻き込まれた被害者です」
 間髪入れずにクレアが断言する。
 その横顔に迷いはなく、毅然とした態度にエンリは確信する。彼女は、本当のことに気づいているのだと。

 王太子は息を吐き、身をひるがえして祭壇へ向かった。暴れ回る闇に抵抗していた聖女は、その場ですっかり脱力しきっている。立ち上がりかける聖女を制し、王太子は階段下で丁寧に礼をした。
「聖女様。先ほどローレンス嬢は一つの名を呼んだ。私には口にすることもできない名だ。正しいものですか?」
 この場の誰もが気になっていたことだ。固唾を飲んで見守る者たちの前で、聖女ははっきりと頷いた。
「はい。間違いなく」
「おお……」
「ちょっと、そんなの私も知ってるし! クラルスでしょ!」
 感嘆の声に焦ったようにアイラが叫ぶ。
 だがそれは、人々を凍り付かせるだけの主張だった。精霊の名を呼び精霊とともに戦ったクレアならともかく、そうでない者が軽々しく呼ぶなど許されることではない。
 再び精霊の怒りに触れるのではないかと、皆がざっと後ずさっていく。
 本当に彼女が以前から知っていたとしても、後出しでは説得力の欠片もない。本人だけが、この状況を理解していないのだ。

「衛兵。連れていけ」
「ちょ、ちょっと!?」
 王太子の命令に、アイラを閉じ込める槍が一斉に突きつけられた。押し戻そうと抵抗する腕を掴まれ、後ろ手に拘束されたアイラは足をばたつかせる。
「なんで!? 意味わかんない!」
「おい、暴れるな!」
「離して!」
 引きずられながら、アイラはなおも叫び続ける。
「ゼノン! 助けてゼノン! この人たちが私をいじめるの!」
 誰も味方してくれないと悟ったアイラが、必死にゼノンの名前を呼ぶ。
 だがに攻撃されたゼノンが応えるはずもなく。
 彼は顔を伏せたまま、わずかにずらした指の隙間からアイラへ視線を投げた。侮蔑の笑みととともに。

「な、なんで? ゼノン……ゼノンは私がいないと……だって、ラスボス化しないせいで……」
 現実が飲み込めないアイラが、血走った目を見開いたままエンリを凝視した。眉を吊り上げ、憤怒の形相で暴れながら声を荒げる。
「おまえが! 当て馬のくせに邪魔するから! だからみんなのルートがおかしくなって……!」

 ゼノンがエンリの肩を抱き寄せる。最後に見たのは、引き攣り歪んだアイラの顔。

 その姿が見えなくなると、大聖堂に束の間気まずさのような沈黙が落ちる。そうしてようやく、張り詰めた緊張の糸がほどけはじめた。
 神官や衛兵が動き出し、王太子が聖女を支えるために手を差し伸べる。貴族たちは互いに声を掛け合い、学生たちも手助けに向かった。

 クレアが小さく息を吐く。呆れた様子で振り返るその表情は、どこか清々しさも感じるもので。
 ロアが立ちあがりながらエンリの背を叩き、エンリはゼノンの手を握る指に力を込めた。被害者を装っていたゼノンは、すっかりいつも通りの優しい笑みを浮かべている。
 硬く大きな手に握り返されて、その力強さに実感する。胸の奥にあった重みは消え去り、もう何も心配することはない。
 ようやく、今日という日の出来事が終わりを告げたのだ。


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