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47:お披露目会3
しおりを挟む一瞬前までの騒動が嘘だったかのような静けさだ。
砕け散ったステンドグラスが床一面に散らばり、光源をなくした大聖堂は人の判別も難しいほど薄暗い。窓からは藍に染まった空が見え、月が唯一の輝きだった。
ぽつぽつとキャンドルが灯りはじめる。神官たちが聖火をわけているようだ。
なんとか周囲が見渡せるようになると、あちこちで人がうずくまっているのが見て取れた。腕を押さえて呻く者もいれば、蒼白な顔で座り込む者もいる。ガラスによる被害よりも、逃げまどい転倒した者のほうが多いようだ。
護衛に支えられた国王がふらりと立ち上がり、教皇の周辺では何人かの神官が傷つき倒れている。
そうした彼らの視線が、次第に一方向へ集まっていくのがエンリにもわかった。
割れたガラスと、そこだけ黒ずんだ床。その中心でアイラが茫然と立ち尽くしている。
何が起こったか理解していない表情で。足元を見下ろし、周りを見回す。しんとした静かさに、闇の暴虐が収まったことはわかったらしい。
「……っ、こ、怖かった……!」
口元で手を組み、アイラは弱々しく声を上げた。
「いきなり闇が暴れて、私、何もしてないのに……」
哀れな被害者の言葉。だがそれをまともに受け止める者は、もはや一人もいなかった。
注がれる視線は疑念を越え、確信に近い嫌悪と警戒。慰めの声などあるはずもない。
「……そんな言葉を、この状況でよく平然と口にできるな」
「セイディ様?」
低く抑えた声が響く。王太子が立ち上がり、槍を構えた衛兵たちが半円を描くようにアイラを取り囲んだ。
「な、なに?」
アイラはようやく周囲の冷えた反応に気づいたようだ。
「ちょ、聖女候補に何!? こんな……」
「聖女候補? 魔女の間違いだろ」
「フランツ様!?」
吐き捨てるようなフランツの声が、アイラの文句を断ち切る。
アイラは言葉を失い、信じられないものを見るようにフランツを凝視した。だが助け船もない。すべての視線が同意を示しているのだ。
アイラの頬がひくりと引き攣った。
「──ハーディン先輩!」
アイラが周囲の状況に気づいた頃、エンリのもとにクレアが駆け寄ってきた。
ゼノンを挟んで反対側に膝をつくと、すぐにロアの手に自分の手を重ねて治癒をはじめる。血止めに集中していたロアから引き継ぎ、聖女候補の強力な聖魔法がゼノンを包み込んだ。小さな傷は跡形もなく癒え、最も深い脇腹の怪我も徐々に塞がっていく。
「血は止まっていましたし、傷も……もう心配ないと思います」
その言葉に、エンリはほっと息を吐いてロアを見た。彼が助けてくれたおかげだ。自分の力は足りないと自覚しているロアも肩の荷が下りた様子だった。
けれどクレアの表情は優れない。ゼノンの脇腹に手をかざしたまま、静かに首を振る。
「でも……呼吸が弱いんです。血はそれほど流れていない様子なのに、傷も塞がっているのに。命の手応えが薄い。……足りない。まるで、何かが欠けているかのよう……」
「そんな」
思わず悲壮な声が漏れていた。
闇魔法の等価交換。あれほどの闇が暴れたのだ。精霊はゼノンの記憶を、感情を、命を、奪ったのだろうか。
絶句するエンリから視線を逸らし、クレアは迷うように唇を震わせる。だがすぐに迷いを振り切り、強い眼差しでエンリを見つめた。
「この方を助けられるのは、ハーディン先輩だけだと思います」
「え……」
「手を握って、名前を呼んであげてください」
クレアはそう言うと、エンリに指先を向けて何かを指し示した。
「彼を、こちらに繋ぎとめるために」
その言葉にはっとする。彼女の視線の先、ずっと握りしめたままだったゼノンのお守り。
そうだ。『ニゲラ』の正体に戸惑うばかりだったが、彼はそれを『約束の言葉』と言ったのだ。ゼノンとエンリを繋ぐ大切な呪文だと。
──エンリがいる限り、損なわれない。
彼は大丈夫と言った。ゼノンはエンリに嘘を言わない。ならば奪うはずがない。約束をしたのだから。
「ゼノン……!」
エンリはゼノンの手に魔石を握らせ、ぐっと強く包み込んだ。もう何も取りこぼさないように。
「ゼノン。俺がそばにいるんだから、足りないはずがないだろ……!」
名前を呼ぶ。縋るように、叱咤するように。
大丈夫と言ったなら、責任をもって大丈夫にしろ。八つ当たりのように念じる。戻ってこないなら嫌いになるぞ、と。
(勝手に暴れて対価を求めるのは違うだろ、ニゲラ……!)
ゆら、と空気が揺れた。耳元をくすぐるのは、小さな囁きだろうか。
握りしめたゼノンの指先がぴくりと震え、エンリの指にそっと絡められる。役目を終えた魔石がとろりと溶け、ゼノンの腕をつたって消えていった。
「……ゼノン」
急いでその顔を覗き込む。開ききらない赤の瞳が、エンリを見つけて愛しげに揺らめいた。
記憶も感情も命も、何一つ欠けることなくエンリのゼノン。エンリの手を握り、エンリだけを映す瞳。
戻ってくると知っていたのだから、心配なんて必要ない。それでもエンリは安堵して、宣言通り戻ってきた彼に感謝のキスを送るのだった。
大聖堂では、王太子による糾弾が続いていた。
「アイラ・コレット男爵令嬢。君は以前から、聖女候補として恥じるべき行動が目立っていた」
その声音には怒気も侮蔑もない。事実を切り取るための冷えた響きがあるだけだ。
「セイディ様、そんないじわるなこと言わないで……」
アイラは甘えるような声を出すが、もはやセイディには通用しない。元より彼はとうに魅了効果が解けているのだ。ようやく、と言いたげな態度でもあった。
リオールが王太子に近寄り、小箱を手渡す。
中にあるのは小さなピンブローチ。小花をかたどった銀細工が、キャンドルの淡い光を弾いている。
「彼女はこのアクセサリーに自身の聖魔法を込め、お守りだと説明して学生たちに配っていた」
学生の中には思い当たる者も多いはず。「知ってる」「持ってる」とざわめく声に対して、アイラは物言いたげにしながらもこくりと頷いた。
だが続く王太子の発言に、周囲の空気が凍りつく。
「これは『星夜の花』と呼ばれる魔法アイテム。麻薬を併用した洗脳系の魅了アイテムだ。……情けないことに、私も一時期その効果の影響を受けていた」
学園はすでに対策が施されているから安心してくれ、と説明されるが、衝撃を受けたのは学生だけではない。貴族家の当主たちも驚き、顔を顰めながらアイラへ嫌悪の眼差しを向けている。
「麻薬?」
「実に恐れ知らずな……」
「聖女候補が?」
彼らはその意味するところを正しく理解していた。王族に麻薬を与えたこと、アイテムで操ろうとしたこと、どれも取り返しがつかないほどの重罪だ。
「ち、違います、麻薬なんて知りません! それ課金アイテムだし……っ、そんな、危ないのじゃなくて、リラックス効果と好感度アップ……」
「好感度?」
アイラは必死に否定するが、的外れで言い訳にもなっていない。
「アクセサリーではなく、アイテムと認識してはいたようだ」
「違う、違うって!」
アイラは首を振り、じりじりと後ずさった。衛兵に阻まれ立ち止まるが、意味がわからないと首を振っている。
「聖女候補という立場で、人の意思を歪める品を配る行為が何を意味するか──」
「セイディ様!」
言葉にするまでもない。
王太子は小箱を閉じると、顔を上げて視線を巡らせた。
その先にいるのは、護衛に支えられ長椅子に浅く腰掛けた老齢の男、ヴァレンス侯爵だ。礼服の裾は裂け、頬や腕、足にも血が滲んでいる。顔色は悪く、だが眼差しだけは鋭く王太子を見据えていた。
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