鈍感令嬢は分からない

yukiya

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鈍感令嬢は分からない



 婚約者の彼には好きな人がいるらしい。

「あーあ、早く結婚してぇ…」

 友達と話している彼に、私は苦笑した。好きなのは私だけと知っていたけれど、こうまでハッキリ聞こえてしまうと辛い。

「彼女、いいの?」

 彼の友達が聞く。

「あ?あの女、気持ち悪い。俺のことすきすき言いやがって」

 多分、私のことだろう。そしてきっと、好きな人は最近一緒に出かけたりしている少女のことだろう。

(解放してあげましょう)

 彼の幸せが、私の幸せ。
 彼は気持ち悪いと思うかもしれないけれど、ずっと考えていたことだ。義務感から私に縛られなくていい。

「…ねぇ、グレイソン。少しいいかしら?」

 友人の男子、グレイソンに声をかける。

「ん?ステーシア、どうした?」
「少し話があるのだけれど、時間あるかしら」
「あぁ。場所を変えようか?」
「そうね」

 歩き出そうとした時、婚約者様が声をかけてくる。

「ステーシア!」
「あら、アルフレッド様。どうかなさいましたの?」
「その…どこへ、行くんだ?」

 私の前で好きな人と接しないように気を使って予定を聞いているのね。気にしないのに。

「少し話があって。アルフレッド様は先にお帰りになって」

 我ながら素晴らしいと思う。引きつつ、彼の背中を押す。

「いや、待っているよ」

 あら。きっと私や私の家族に気を使っているのね。

「いいんですの、長くなりますから。では、また明日。ごきげんよう」

 私って素晴らしい。本当は彼と帰りたいし、自分を好きになってもらいたい。
 けれどそれが叶わないから、せめて彼の幸せを願うことを許してほしい。

「ステーシア、話って?」
「えぇ。あのね、本当に申し訳ないことをお願いしたいのだけれど」
「なんだい?」
「あのねーー…」


***


 翌日、私はグレイソンと共に学園へ登校した。前に見つけたアルフレッド様は好きな人と登校してきたみたい。
 少女を羨ましいと思って見つめていると、グレイソンから遠慮がちな声がかかる。

「本当に言うのかい?あんなことを言えば、君は彼と婚約破棄されるのでは?」
「貴方に迷惑はかけないわ、安心して」
「僕はいいんだけどさ…」

 そうして歩いていると、前方から声がかかる。

「ステーシア!!」
「あら、アルフレッド様。おはようございます」
「あ、あぁ……グレイソン、何故ステーシアと一緒に…?」
「え、あー…」

 言い淀んだグレイソンに、アルフレッド様が追及を強める。きっと私と婚約破棄する理由を探しているのだろう。そんなことをしなくても、今日には全て終わるのに。

「く、来る途中にでも会ったのか?」
「いいえ、アルフレッド様。グレイソンが私の屋敷まで迎えに来て下さったの」
「な、んだと?迎えに、きたって、一緒に、来たのか?」
「えぇ、そうですわ」

 グレイソンの顔が少しだけ白くなっている。巻き込んでしまって申し訳ないのだけれど、最後まで付き合ってもらおう。
 もちろんお礼はするつもりだ。

 作戦はこうである。
 朝、共に来たのを見たアルフレッド様はきっとグレイソンを呼び出すだろう。もっと明確な不貞を働けと言うに違いない。グレイソンには呼び出されたら、私と結婚することを考えてると言ってもらう。するとアルフレッド様は喜んで、私の元へ来るだろう。そこで私は、アルフレッド様に話があると言って、婚約をなかったことにしようと言う。けれどハッキリとした理由がなければ婚約破棄出来ないので、私がグレイソンの子供を妊娠したということにしよう。おめでた婚をするのでそちらも好きにしてくれと。
 彼はきっと喜びで少女の元へ向かうだろう。
 私は彼を全力で応援する。






「…ステーシア?」

 誰もいなくなった教室に、アルフレッド様は入ってきた。顔を見る限り、嬉しすぎて顔面蒼白なのだろう。

「あら、アルフレッド様。丁度良かったですわ」

 仕事をしっかりこなしてくれたグレイソンに感謝しながら、声をかける。

「…なんだと?」
「お話したいことがあったんですの」

 そう言ったあたりで、グレイソンが教室に入ってくる。

「ステーシア」
「グレイソン。貴方も、丁度良かったわ。こちらに来て」

 手招きすると、グレイソンが近付いてくる。

「ステーシア、どうしてグレイソンを呼ぶ?」
「丁度良かったからですわ。アルフレッド様、私との婚約をなかったことにしてくださいませ」
「……は?」

 驚きと歓喜で声が出ないようだ。
 ここで更に、私からアルフレッド様への最後のプレゼント。きっとこの人は喜びに満ちて、踊りながら少女の元へ向かうだろう。

「実は私、グレイソンとの間に子供が出来てしまいましたの」

 グレイソンの腕に自分の腕を絡ませ、にこりと笑いかける。
 しばらくぼうっとしているアルフレッド様に、さすがに心配になって声をかける。

「アルフレッド様?」

 その声に反応することなく、その場に座り込んだ彼に駆け寄ろうとして、やめる。私に触れられるのは嫌だろう。

「グレイソン、手を貸して差し上げて」
「え、僕が?」
「貴方以外にグレイソンがいるの?」
「…分かったよ」

 グレイソンがアルフレッド様に手を差し伸べ、アルフレッド様がその手を取って立ち上がり、そのまま少女の元へ駆けていくーー


 ーーというシナリオだったはずなのだけれど。

「ふざけるな!!!」

 立ち上がったアルフレッド様は見事、グレイソンの頬に拳を投げました。

「ぅぐっ…!」

 感心してる暇でなくて、大変と思いながらグレイソンの元へ駆け寄る。

「グレイソン、大丈夫!?」
「あ、あぁ」

 そんな私をアルフレッド様はグレイソンから引き剥がし、地面に転がったグレイソンを何度も何度も殴り、蹴る。

「な、なにをなさるの!!?やめてくださいませ!!」

 グレイソンを庇うように、抱きつく。すると流石に女を殴るわけにいかなかったのか、私に暴力が振るわれることはなかった。

「グレイソン、大丈夫!?」
「だ、大丈夫……じゃねぇよ!痛いっての!!」

 頭から流れている血を、ハンカチで拭く。

「大変、血が…!医務室に行かないと!」

 慌てて立たせようとしたけれど、さすが男子だと思う。私一人では立たせられない。

「アルフレッド様、お願いです、グレイソンを医務室に運ぶのを手伝って…!」
「……俺に、それを、頼むか?お前が…」

 悲壮な顔をしているアルフレッド様は何故、少女の元へ走らないのだろう。

「…俺が、好きだと言ったくせに、何だよそれ…」
「え?」
「子供?俺が迫った時は、やめてくれと言ったくせに?」

 それは、情けで抱いてなど要らないからだ。

「何でだよ……俺はダメで、ソイツはいいのか?」

 気絶しているグレイソンの頭をまた蹴るので、流石に私も堪忍袋の尾が切れた。

「おやめになって!!貴方のためにこうしているのに、グレイソンをこんなにしてっ!」
「そんなにソイツが大事か!俺と結婚するなどと言っておきながら、ソイツと子供が出来た?妊娠する?ふざけんじゃねぇよ!!!」
「ど、どうしてそんなに怒るのです?私は貴方のために…」
「俺のために他で子供作ったってか?ふざけんなっ!!」
「あ、アルフレッド様?」

 どうしてこんなに怒っているのだろう?

「お前と結婚まですると思っていた、お前に好かれていると思っていた、俺が馬鹿だった…」
「? 結婚はあの少女とすればよろしいのでは?」
「…は?」
「あの方がお好きなんでしょう?」
「……あの方?」
「名前は何と仰ったかしら……そう、マリーン様だわ。貴方、あの方がお好きなんでしょう?」
「は……はぁぁぁぁあ!!!?」
「きゃっ!?」

 いきなり腕を掴まれ、咄嗟のことに自分の顔が真っ赤になっていくのを感じた。

「アイツは俺のストーカーだっ!俺が好きなのはなぁ、っ、っ………」
「アルフレッド様?あの、とにかくグレイソンを…」
「お前が好きなんだよ!!なんで分かってないんだよ!鈍感にも程があるだろ!!!」
「……え?」

 好き?私が?どうして?いつから?いつの間に?

「なのに、子供?っ…ふざけんな、こんな子堕ろせ!」
「そ、それは無理な話ですわ」
「はぁ!?」

 狼狽えながらも、私は事実を口にする。

「グレイソンとの子供なんて、初めからいませんもの…」
「……はぁ!?」
「あ、あなたが、私と婚約破棄したいのだとばかり思って、グレイソンに手伝ってもらって…」
「だからどうしてそうなる!!」
「だ、だって、貴方、早く結婚したいって仰ってたでしょう!?」
「そんなの、お前とに決まってるだろ!?」
「ええっ!?」
「何を勘違いしてるんだよ、この馬鹿!!!」

 まさか、私のことだったなんて。
 ということは、話に出ていた「あの女」は私ではなかったのね。
 ーー早とちりしてしまった。

「てか、嘘ってことは、俺は無実のグレイソンをこんなにしちまったのか?」

 はあっとため息をつかれ、グレイソンの存在を思い出す。

「と、とにかく医務室に…」
「そうだな……おい、お前は他の男に触るな」
「え?」
「いいか、俺以外の男に触るんじゃねぇ。さっき腕を組んでるの見て、俺がどれだけコイツを殺したいと思ったか」
「え、ご、ごめんなさい」
「…あと、俺以外の奴と、子供が出来るようなことしてないよな?」
「あ、当たり前ですわ!!」
「そりゃ良かった。してたら相手の男を殺しに行くところだ」
「そんなこと…」
「あと、覚悟しとけ。お仕置きだ、後でたっぷり子作りしてやるよ」
「はい!?」

 子作り!?ま、まだ学生なのに!?

「あの、後でとは、何年後で…」
「…コイツを医務室に連れてすぐにでも」
「はいぃ!?」









 その後、私は見事妊娠してしまった。アルフレッド様はご満悦なようで、ストーカー少女のマリーン様は泣きじゃくっていた。
 結婚式も無事に執り行われ、アルフレッド様は笑って言った。

「本当は前に迫った時に、子供を作って結婚する予定だったんだ」

 驚いたけれど、その先に続く言葉に笑みが漏れる。

「お前が好きだから、嫌がることはしたくなかった。…愛してるよ、ステーシア」
「わ、私も…愛してます……あ、グレイソンも来てくれてる…!」

 招待客の中に、呆れたような笑みを零すグレイソンがいた。まだ傷は癒えないようで、顔にガーゼを貼っている。

「後でもう一度謝らないと…」

 そう呟いた私に、アルフレッド様が不思議そうな声を出す。

「何を言っているんだ?会わせるわけがないだろう?」
「え?」
「…言っておくけど、お前はもう学園には戻さないからな」
「ええっ!?」
「嫉妬することに疲れたんだ、俺も。お前は俺だけしか見えないところにいればいい、俺以外誰も見るな」
「え、で、でも」

 そんなこと、許されていいの?私がこの人を独り占めして、いいの?

「でもじゃない。…返事は?」
「っ…はい…!」

 色々あったけれど、この人と結婚出来て、好きと、愛していると言ってもらえて。
 最終的に、幸せになりました。
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