旦那様、浮気してもよろしいですか?

yukiya

文字の大きさ
12 / 32

12

しおりを挟む


「…お久しぶりです、フェロンツ公爵」
 いつになくぎこちない笑みを浮かべたフランツは、アルベルトの手元を見て顔がひきつっていた。
「あぁ、久しぶり。フランツ君」
 アルベルトはカトリーナをこれ以上ないほど抱き寄せて、腰に手を当てていた。やるせないような顔をしたフランツが少しだけ、ほんの一瞬だけカトリーナの方を見る。
「っ…」
 目が合ったカトリーナは戸惑った。本来ならば公爵夫人として挨拶をするべきなのだろうけれど、些かそれをしていいものかと迷っていたのだ。こちらの都合で一方的に別れたフランツに。
 けれどアルベルトは、その一瞬を見逃したりはしなかった。
「妻の顔に何かついているか?」
 にこりと、背筋が凍るほどの笑顔を見せる。それは最早笑顔などではなく、ただの威嚇だった。
「ーーいえ。お久しぶりです、夫人」
 それにカトリーナは何と返せばよかったのだろうか。迷っているうちに、またアルベルトがにこりと笑いかける。
「何故、妻を?」
「…以前、ナタリー夫人の屋敷で、お会いしたことがあるものですから」
「そうですか、ですがそれは間違いだろう」
「ーーは?」
「妻は一度たりとも、俺のいない夜会へと行ったりは……気のせい、だ」
 もちろんそうでないことはアルベルトにも分かっていた。けれど、アルベルトはもうフランツとカトリーナの関係を全て終わらせてやりたかったのだ。
「…そうですか」
 フランツのその言葉に、アルベルトはにこりと笑いを浮かべたが、そのすぐ後の言葉に顔を強張らせた。
「ですが一度だけお会いしたことがあります。…よね?」
 初めて見るフランツの強引さにカトリーナは驚きながらも、頷いた。と、その瞬間、アルベルトの手に力が籠る。その余りにも強い力に、カトリーナは思わず顔を歪ませた。
「…そうか。じゃあ、そろそろ主催者に挨拶に行かなければいけないからな。失礼する」
「えぇ、…夫人、またお会いしましょう」
 何度も逢瀬を交わしたときに見ていたその笑顔に、カトリーナは罪悪感が込み上げてくるのだった。



 アルベルトがカトリーナから離れたのは、どうしても重要な話があるという男がいたからだった。
「絶対にこの部屋から出るな。俺が来たときは扉を三度ノックするから、そしたら扉を開けろ」
「はい」
 本来ならばメイドか誰かを見張りに付けるのだけれど、生憎夜会にまで付いてこいなどという貴族はいない。
(…フランツ)
 頭のなかに、あの笑顔が浮かぶ。何の連絡もなしに約束を破り、連絡の途絶えた私にまだ気を使ってくれてるのか。
 とその時、扉にノックが三度鳴った。
「旦那様?」
 早かったのね、なんて呟きながら扉を開く。
 そしてカトリーナは愕然とした。
「…カトリーナ…」
 愛しげにうっとりと自分を見つめるフランツがいたからだ。
「っ…」
 いけない。もしもこの場に、旦那様が来てしまったら。
 その思いが、カトリーナを公爵夫人としての佇まいへと直させた。
「…どうかなさったのですか?フランツ様。申し訳ありませんが、旦那様にご用でしたら…」
「心配した」
「…おやめください」
「約束を絶対に守る君が来なくて、いきなり連絡が途絶えて、…本当に心配したよ」
「やめて…!」
 フランツのことは本当に好きだったけれど、それよりも旦那様への罪悪感の方が強い。
「なんで?なんで突然…」
「旦那様は知っているわ」
「ーーえっ」
「貴方と私が会っていたことも、全部知っている。…貴方はリーブル公爵家の長男。いつかは公爵家を継ぐ身を、滅ぼしていいの?」
 リーブル公爵とアルベルト様はとても仲がいい。というかリーブル公爵にとってアルベルト様は恩人なのだ。
「もしもこの事が貴方のお父様に伝わりでもしたら…勘当では済まされなくてよ」
「…いらないよ」
「!」
「君がいてくれるなら、いらない。一緒に、身分も肩書きも捨てて、逃げようって。ずっと言おうと思ってたんだ」
「フランツ!」
「君となら、どこでもやっていけると思う。言っただろ?僕のことを本当に、好きだって」
 カトリーナの髪に口付けするフランツから、無理矢理身体を離す。
「えぇ、そうよ。貴方のことは本当に好き」
「カトリーナ…」
「けれど旦那様を愛しているわ。…貴方と逃げることは出来ない。旦那様を捨てるなんて出来ない。あの方を笑い者になど、私はしない」
「どうして?僕のことが本当に好きだと言ったのに!」
「好きと愛しているは違うわ。…夢物語よ」
 カトリーナの遊びで唯一の誤算だったのは、相手がこのフランツだということだった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

大人になったオフェーリア。

ぽんぽこ狸
恋愛
 婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。  生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。  けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。  それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。  その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。 その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。

口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く

ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。 逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。 「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」 誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。 「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」 だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。 妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。 ご都合主義満載です!

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

処理中です...