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しおりを挟む密室にメイドが一人だけの空間で、カトリーナはため息をついた。何が何だか分からなかったのはつい先程まで。今は自分の状況確認をしようと、意外と冷静になっていた。
「今は何時かしら」
「夕刻を過ぎましてございます、カトリーナ様」
ただ頭を下げるメイドにカトリーナはもう一度ため息をつく。彼女に聞きたいことは沢山あったのだけれど、質問をしても答えてもらえないことは立証済みだ。
「何故貴女が見張りに?」
そう尋ねたカトリーナの意図が分かったのか、メイドは淡々と答える。
「旦那様のご命令でございます。カトリーナ様が屋敷を去ってから入ったメイドを見張りにつけろと」
「…私を逃がしてしまう可能性があるからかしら」
「……カトリーナ様を未だに慕う方は沢山おりますので、カトリーナ様のことを存じ上げないのは私だけですので」
「あら、そう」
中々嬉しいことを言ってくれる。私は慕われていたのかしら?勝手に勘違いをして、フランツと夜な夜な会っていた私を?
「それで?私はいつになったらここから出して貰えるのかしら」
「…何かご不満がありましたでしょうか」
不満?不満など、ないのかもしれない。黙って座っているだけで豪華な食事が届けられる。しばらく庶民としての食事しかしなかったカトリーナにとって、それは大層なものだった。
「そうではなくて。私にも私の生活がありますの」
メイドがいると自然と昔の口調に戻ってしまう。それも、カトリーナが仮にも上流貴族の出仕だからだろう。
「まぁ、戸籍も存在しない自称平民の女が一人消えたところで誰も探しはしないでしょうけれど」
「…カトリーナ様、それは…」
メイドの顔を見てにこりと笑う。きっと彼女は私が怒っていると思ったのだろう。
「皮肉ではありませんわ。ただ、…もう未練も無くしたはずの彼に囚われて、それを嬉しく思う私に腹が立つだけですわ」
もうとっくに未練など切ったつもりだった。けれどあくまでもそれはつもりでしかなくて。
私がもう二度と戻るまいと思っていた屋敷。ここを出てしばらく、誰も私など探していないと知って、安心と共に感じた落胆は嘘ではなく。
「…もういいかしら、私。疲れたわ」
もう認めてしまえば楽なのだ。私は彼を忘れることなんてなくて。私は未だに、彼を愛しているのだと。
「こんなことをして、アルベルト様の奥様は怒っていらっしゃらない?」
あの舞台の帰り、アルベルト様と共にいた女性は確かに、この屋敷に頻繁に出入りしていた女性。私が閉じ込められていた間、アルベルト様と会っていた。
「…? 申し訳ございません、カトリーナ様。何をおっしゃっておられるのか分かり兼ねます」
「アルベルト様の新しい奥様のことよ。再婚なさっているのでしょう?」
「はい?」
メイドの変な声に、カトリーナは首をかしげた。
「何のことでございますか、カトリーナ様」
「ーーえ?」
何だか知っている、この感じ。
いつか感じていた違和感。そう、フランツと知り合って間もなく。アルベルト様にバレてしまって、アルベルト様は浮気なんてしていなくて……それが分かったときの、あの感じ。
(…もしかして私、また何か勘違いしているのかしら…?)
そう考えた瞬間、頭の中が真っ白になってしまったのは仕方のないことである。何といっても、数年前に終わらせたはずの仲なのだから。
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