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【第一章】 乙女ホラーゲームの悪役なんて願ってない!
第9話
しおりを挟む「王子殿下以外でジェーンが好きな相手というのは誰かしら?」
鼻息を荒くするジェーンの肩を叩いて我に返らせ、エドアルド王子以外の話題を振ってみた。
ジェーンがこれ以上謎の闘志を燃やすのは危険かもしれないと思ったからだ。
今日の入学式を見て分かったが、エドアルド王子のファンはこの学園に大勢いる。王子のファンに対する変な闘志をむき出しにすることで、彼らを敵に回してしまう可能性は大いにある。
学園で上手く立ち回ろうとしているのに、こんなことで波風を立てるのは愚かだ。
「もう少しエドアルド王子殿下の話を」
「私、王子殿下以外の話が聞きたいわ。だって他にも好きな相手がいるのでしょう?」
「……! そうですよね! お泊まり会と言っても夜は短いですからね!」
私の言動で何かを察したジェーンが話題替えに賛同してくれた。
ジェーンが空気の読めるタイプでよかった。
「気になるのは、同じ教室にいたルドガーさんですかね。力強い雰囲気で、優雅な王子殿下とは別種の魅力がありました。ちょっとヤンチャしているらしいところも、魅力的ですよね!」
「悪い男が魅力的に見えるのは、少し分かるかも」
「ですよね!?」
とはいえ『私』は、悪い男に惹かれる年齢を過ぎてしまっているが。
だけど昔は不良っぽい人が魅力的に見えていた頃もあった。ちょうど今のジェーンと同じ年頃のころ。
「でも剣術が得意と言っていたので、きっとただの喧嘩野郎ではないですよ。『騎士一族の問題児』あたりだと私は睨んでいます。素手での喧嘩は不良の戦い方だけど、剣を握らせたら美しいフォームで戦う、みたいな。そういうギャップがありそうな予感がします」
鋭い。
ルドガーは養子として引き取られた先で騎士道を学んでいる設定だ。
「剣術の授業って見せてもらえますかね? 模擬戦をやるならぜひ見たいです!」
ジェーンは興奮を隠し切れない様子で身を乗り出した。
「剣術を選ばなかった生徒は別の授業を受けている最中じゃないかしら。授業中だし」
「うわあ、そうでした。残念です」
「……きっと、彼の剣術を見る機会は他にもあるわ」
なぜならルドガーは、剣術部に入部するからだ。
部活の時間なら授業中よりもずっと自由に動くことが出来る。剣術部を覗きに行くことは容易なはずだ。
それにルドガーは、ウェンディが『死よりの者』を浄化するまでの時間稼ぎとして、『死よりの者』を剣で薙ぎ払っていた。
『死よりの者』を剣で倒すことは出来ないが、ルドガーは無尽蔵とも言える体力で何度でも起き上がる『死よりの者』をこれまた何度でも薙ぎ払っていた。
だから『死よりの者』を倒す際にも…………あ。
主犯の私が『死よりの者』で生徒を襲う気が無いから、これは見られないか。
「それにローズ様はまだ出会っていないと思いますが、この学園には長い髪の見目麗しい用務員さんがいるのです。名前は知らないのですが、一目で分かると思います」
私が考え事をしている間に、ジェーンは新たな好きな相手の話に話題を切り替えていた。
「用務員さんなのでもちろん年齢は私たちよりも結構上で……三十代後半くらいに見えますが、実際の年齢は不明です。だから確実に言えることはただ一つ。ものすごく顔が整っています!」
ジェーンが言っているのは攻略対象のうちの一人、セオのことだろう。
セオは王子の側近で、侍女や護衛の連れ込みを許さない学園に用務員として潜り込んでいる。
それに学園の用務員のうちのほとんどが王子の護衛だ。
これがローズの護衛が学園に潜り込めなかった事情にも繋がっている。用務員の枠も教師の枠も保険医の枠も、王子の護衛で埋まっている。
「長い髪の用務員はまだ見ていないわね」
「きっと一目で分かると思いますよ。用務員さんにしては美形すぎる……と言うと、全国の用務員さんに怒られそうですが」
ジェーンは小さく舌を出して頭を掻いた。
「それとですね、一度だけその用務員さんの声を聴いたことがあるのですが、ものすごく良いお声なのです! 色っぽいと申しますか、同年代にはない大人の魅力と申しますか!」
「同意だわ。あの声は癖になるわ」
「え? ローズ様はまだ会ったことがない、のですよね?」
あ。失敗した。
「私、大人の男性の声が好きなのよ。だからきっと好きな声だろうなと思っただけよ」
「そうだったんですね! 同年代の男性の声とは違う、若干疲れの入った声もまた渋くていいですよね。用務員さんはまだ渋いというほどの年齢ではないと思いますが、それでも渋さの片鱗があります。さすがはローズ様。目の付け所が素晴らしいですね!」
誤魔化しが通じたどころか、なぜか褒められた。
もうジェーンは将来、美青年評論家にでもなった方が良い。
そんな職業が成り立つのかは不明だが。
「それにそれに、あとはですね!」
まだいるのか。
ジェーンの美青年発見アンテナはどうなっているのだろう。
エドアルド王子とルドガーとセオで終わると思われたジェーンの好きな相手話は、まだ続くようだった。
「町にも素敵な少年がいるのです。やっていることは褒められたものではありませんが、盗賊団のリーダーさんが、それはもう将来有望な見た目なのです。盗賊団だけあって運動神経がよくて高い塀もひょいと軽やかに飛び越えていく姿は本当に格好良いのですよ!」
もしかしなくても、その盗賊団のリーダーはミゲルのことだろう。
ミゲルも攻略対象だ。
ただしゲームに登場するのは中盤以降で、それゆえに好感度上げが難しいキャラでもあった。
「悪っぽいところはルドガーさんと被りますが、彼は本当に悪いことをしていてギャップも特に無いです。代わりに盗賊団を結成するに至った悲しい過去があるような気がします。かなり痩せて見えるので、飢えから悪に走ったのではないでしょうか。町にはそういう人が多くいますから」
「……ジェーン。あなたって大分いい目を持ってるわよ」
ここまでで攻略対象四人の名前が挙がっている。
正統派イケメンキャラのエドアルド王子、ワイルド系幼馴染キャラのルドガー、大人びた年上キャラのセオ、ヤンチャな年下キャラのミゲル。
あとはインテリ毒舌キャラのナッシュで攻略対象は全員だ。
……あれ。
「ナッシュのことは気にならないの?」
そうジェーンに問いかけると、ジェーンは今までとは打って変わってムッとした顔をしている。
「私はローズ様にはエドアルド王子殿下とくっついてほしい派ですので。それなのにあの男、ローズ様のことを姫抱きにするなんて! しかもその姿を何人もの寮生に目撃させて! これがきっかけでローズ様と王子殿下の仲が悪くなったらどう責任を取るおつもりなのでしょう!? あの男は付き人の顔をした悪い虫ですよ!」
ジェーンは今やムッとしているどころか大変にご立腹だ。
エドアルド王子×ローズの過激派になるというのはこういうことか。
少しだけナッシュのことが憐れに思えてきたので、私の思う彼の一番の魅力を伝えてあげることにした。
「ナッシュは、本を読むときにだけ眼鏡をかけるのよ」
「そうですか」
ものすごくどうでもよさそうだ。
イケメンがたまにかける眼鏡は乙女にとっては堪らない萌えポイントだと思っていたが、ジェーンにとってはそうでもないらしい。
「そんな男の話より、ローズ様の好みのタイプを教えてください! 婚約者がいても、好みのタイプを話すくらいは構いませんよね?」
ジェーンはこれ以上ナッシュの話をしたくないようだった。
初対面の際にはこんなことはなかったから、私たちと別れてから今に至るまでの間に、今日の姫抱きの噂を聞いてしまったのだろう。
ジェーンはもはやナッシュのことを敵認定している。
「ローズ様は年上と年下、どちらが好きですか!? 強引な人と優しい人ではどちらが好みですか!? 勉強が出来る人と運動が出来る人と魔法が出来る人ならどうですか!? 愛は直接伝えられたい派ですか? それとも手紙で? あとは、あとは、」
「ちょっと待って。順番に話しましょう」
「はいっ!」
ジェーンは再びきゃいきゃいと上機嫌に戻っていた。
好きなタイプから始まり、恋人との理想のデートや結婚生活にまで話が及び、私たちは夜更けまで大いに盛り上がった。
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