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【第三章】 旧校舎で肝試し
第51話
しおりを挟む部屋をノックする音で目が覚めた。
窓からは陽光がさんさんと差し込んでいる。
「おはようございます、お嬢様」
時計を見ると、朝の七時半だった。
登校するなら、もう支度をしないといけない時間だ。
「お嬢様、ナッシュです。入っても構いませんか?」
「ええどうぞ」
ここで断っても面倒くさいことになると思い、ナッシュを部屋に入れることにした。
部屋に入り私の顔を見たナッシュは、一瞬ではあったが悲しそうな表情を見せた。
まだ私は顔色が悪いのだろうか。
「授業はどうなさいますか?」
「……休むわ」
「かしこまりました。私もそれが良いと思います」
ナッシュが欠席を勧める程度には、私は顔色が悪いのだろう。
お辞儀をしてから部屋を出ようとするナッシュの背中に声をかけた。
「ジェーンはもう出発した?」
ナッシュは律義に振り返り、質問の答えを告げる。
「早朝に出発いたしました」
「確認しに行ったの?」
「はい。お嬢様の分まで私が見送りに行ってまいりました。どこぞの姫のように、数人の護衛を連れて出発しましたよ」
護衛を付けたのは『死よりの者』に関する手がかりを持っているジェーンが、万が一にも盗賊に襲われないようにするためだろう。
原作ゲームの通りなら『死よりの者』に関する資料はそのうちセオが見つけるが、それはさておき、ジェーンを護衛してくれるのなら友人としては願ったり叶ったりだ。
『死よりの者』の資料はいずれ見つかるが、ジェーンはこの世界に一人しかいない。
それにしても。
「私の分まで見送りをしてくれたのはありがたいけれど、あなたたちって仲が悪かったんじゃないの?」
私が命令したわけでもないのに、ナッシュが自主的にお見送りに行ったのは意外だった。
「私は、彼女とは里帰りを見送りする程度には親しいつもりですよ」
「…………あれで?」
ジェーンとは顔を合わせれば喧嘩をしているのに、ナッシュの仲良しの基準はどうなっているのだろう。
仲が良い分には問題はないのだが。
「そういえば、朝食はお部屋で召し上がりますか? お持ちいたします」
「いらないわ。私の世話よりも、あなたは授業に出てちょうだい」
生憎お腹は空いていない。
それに今日は登校する気もないから、私の朝の支度を手伝う必要もない。
「いいえ。お嬢様のお世話以上に大切なことなどございませんので」
使用人としては満点な答えなのだろうが、世の中にはもっと大切なことがいっぱいある。ナッシュはローズ以外のことにも目を向けるべきだと、私は思う。
それに使用人と言ってもナッシュはまだ高校生なのだから、学ぶべきことも多いはずだ、
「あなたは私と違って、普通に欠席になるの。早く学校に行って」
「いいえ。お嬢様の顔色が優れませんので、私が看病を」
私は腰かけていたベッドから立ち上がると、ナッシュの身体をドアに向かって押しながら歩いた。
ドアの前まで押し、ナッシュの後ろから手を伸ばしてドアを開け、さら押した。
「これは命令よ。あなたは授業に出て」
「ですが」
「妙なことはしないから安心して。誰だって、一人になりたいときはあるわ」
後ろを振り返って私の顔を確認したナッシュは、渋々といった様子でお辞儀をすると、部屋を出て行った。
* * *
夕方になると、部屋には見舞いの品が届けられた。
ナッシュが普通に入って来るから忘れていたが、女子寮は男子禁制のため、手紙とお見舞いの品を女子寮の管理人が部屋まで運んでくれた。
まずは、エドアルド王子からの大きな花束。
オレンジを基調とした花束は、クールビューティーなローズには可愛らしすぎる気もしたが、花を生けると部屋が一気に明るくなった。
花束に添えられていた手紙には、ローズを心配する旨が書かれていた。
次に果物のたくさん入ったバスケット。
手紙には、簡潔なお見舞いの言葉が書かれていた。差出人は教師・用務員一同と書かれている。
最後に、授業のノート。
手紙は添えられていなかったが、ノートにはルドガーの名前が書かれていた。
私はまず、今日彼が登校したことに驚いた。
友人の遺体の第一発見者になったというのに心が強い……もしくは、部屋に一人でいたくなかったのだろうか。
彼がきちんと授業のノートを取っていることにも驚いたが、中を見てみると授業内容はメモ程度しか書かれていなかった。
正直このノートを見ても授業内容は全く分からないが、彼がイメージ通りの人で何だか安心した。
夜になるとナッシュが購買のお菓子を持って来た。
新入生はまだ町への外出許可が下りていないため、見舞いの品を買える店が購買だけだったのだろう。
予定では、新入生もこの週末には外出が可能になるはずだ。
「看病に来るのが遅くなり、申し訳ございません」
「別に頼んでないわ」
私に冷たいことを言われても、ナッシュは気にせずに紅茶を淹れている。
「なぜかウェンディ嬢に捕まってしまいまして。ウェンディ嬢が魔物を倒してお嬢様を守ったとのことですから邪険にも出来ず、こんな時間になってしまいました」
ウェンディは私を守ろうとしたわけではなかっただろうが、結果的には『死よりの者』を倒して私を守ったことになるのかもしれない。
あの『死よりの者』に私を攻撃する意志はなかったが、そのことを知っているのは私だけだ。
「ねえ、聞き忘れてたんだけど……事件のこと、公爵には連絡してないわよね?」
「事件に関しては、かん口令が敷かれていますので。連絡したくとも出来ません」
屋敷に連れ戻されることを恐れた私が質問すると、ナッシュは不服な様子を隠しもせずに答えた。
「未知の魔物が出る危険な場所に、お嬢様を置いておきたくなどないのに」
「屋敷に帰ったら事件のことを黙秘し続ける自信がないから、ちょうどいいわ」
「個人的にはかん口令を敷くのもどうかと思います。学園側の保身でしょうか」
それもあるかもしれない。
学園でだけ『死よりの者』が出るとあっては、学園の管理体制が問題視される。
亡くなった彼の家族へは、どう説明をしたのだろうか。
「つかぬことをお伺いしますが」
ナッシュが淹れ立ての紅茶を私の前に置きつつ尋ねた。
「明日は登校されますか?」
「……明日も休むわ。それに明日以降は、朝に来ないで」
「かしこりました」
夜に寝ないとローズの夢は見られないから何としてでも寝るつもりだ。
しかし今の精神状態でローズの話を聞くと、内容によっては朝、放心状態になっている可能性がある。
そんな姿をナッシュに見せては、ますます心配をされてしまう。
「……出来れば、夜も来ないで」
「しかし、それでは安否確認が」
「ドアの外から声をかけて。私が部屋から返事をすれば安否確認が出来るわ。数日だけでいいから。私には一人の時間が必要なの」
「……かしこまりました」
ここがゲームの世界だと分かっているのに、だんだんと私は彼らのことを、ゲーム内の登場キャラクターとは思えなくなっていた。
彼らは“生きている人間”だ。
そう思ってしまったことで、“キャラクターの死”が、“一人の人間の死”として、より重くのしかかってきた。
第一の事件と、昨夜の事件での、彼らの死が。
私の殺した、彼らの死が。
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