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【第二章】 たとえ悪役だとしても
◆side story ルドガー
しおりを挟むウェンディだ!
ウェンディがいる!
しかも俺のことを覚えてた!
俺は高揚感を抑えきれずにいた。
それも仕方のないことだろう。
何故ならウェンディは、幼い頃に離れ離れになった「初恋の相手」だったからだ。
* * *
俺とウェンディは、山と畑に囲まれた田舎の村に生まれた。
家が近く年齢も同じだったため、俺たちは自然と仲良くなった。
成長するにつれて「女と遊ぶなんてダサい」と言ってきた奴もいたが、全員殴り倒した。
喧嘩をした理由をウェンディに聞かれたが、俺は答えなかった。
答えることで、ウェンディが俺から離れてしまう気がしたからだ。
喧嘩をしても理由を言わない俺のことを、「ルドガーは問題児ね」と言いながらも、ウェンディは俺と一緒にいてくれた。
幼い俺は、俺もウェンディもこのままこの村で成長して、そして結婚するのだと思っていた。
その考えは、ある日突然打ち砕かれた。
家から養子を出すことになったからだ。
俺の家は、決して裕福ではなかった。
父親の収入が少なかったのもそうだが、一番は子どもが多かったからだ。
俺を含めて子どもが五人。
兄が一人、次に俺、その下に三人の幼い弟妹。
養子に出す子どもを決めるにあたって、兄は跡継ぎとして家に残留することが決まった。
先方が男児を求めていることから、妹二人も家に残留することになった。
末っ子はまだ乳飲み子だったため、長旅に耐えられない可能性を考慮して家に残留することになった。
消去法で、俺が養子に出されることとなった。
子どもが養子に出されることは、珍しいことじゃない。
家の家計が苦しいことも何となく察していた。
両親は謝りながら「きっと先方の家では今よりもいい生活が出来る」と俺に言い聞かせた。
本心では養子になどなりたくなかったが、子どもの俺がどうこう出来る問題でもなかった。
「ルドガー、この村から出て行っちゃうって本当?」
「……俺、養子に出されるんだってさ」
「そっか。寂しくなっちゃうね」
ウェンディは言葉通りに寂しそうな顔をしていた。
その顔をしてもらえたことは嬉しかったが、ウェンディと離れ離れになることは、とても辛かった。
「ルドガー、小指を出して」
「小指?」
俺が小指を差し出すと、ウェンディは俺の小指に自分の小指を絡めて、不思議な呪文を唱えた。
「何だ、それ?」
「また会えるおまじない。お母さんに教えてもらったの。このおまじないを掛けたから、私たちはきっとまた会えるわ」
おまじないごときで願いが叶うとは思えなかったが、しかしそのおまじないを信じたいとも思った。
またいつか、ウェンディに出会えると。
* * *
剣術部で先輩を負かした日、俺はウェンディと一緒に帰ることになった。
「さっきの試合、すごかったね」
「たいしたことねえよ」
「そんなことないよ。騎士の家で育っただけあって、すごくカッコよかった!」
養子に出されたことは不本意だったが、あの村にいたら剣術が上手くはならず、この学園に入学することもなかったと思うと、巡り合わせとは不思議なものだ。
俺は養子に出されたおかげで、学園でウェンディとクラスメイトになることが出来た。
「あー、ちょっと聞きたいんだけどよ。あれから……俺が養子に出されてから、家は……その、どうだ?」
俺は聞きたいと同時に聞くのが怖かった質問をウェンディに投げかけた。
何度も家族に手紙を出そうと思ったが、俺のことを忘れて幸せに暮らしていたらと思うと、怖くて出せなかったのだ。
「みんな寂しそうだったよ。もっとお金があったら養子になんて出さなくて済んだのに、って」
「…………俺の家族が、そう、言ってたのか」
「ご両親も兄弟たちも、ルドガーが幸せに暮らしているのか気にしてたよ。酷い目に遭わされてはいないかって」
「あー、躾は大分厳しかったな。剣術の訓練も。でもその分、家より良い物を食わせてもらってたからチャラかな」
「そっか」
しばらくそのまま無言で歩いていたが、ウェンディが突然大きな声を出した。
重い空気を変えたかったのかもしれない。
「そうだ、ルドガー! 私と一緒に肝試ししない?」
「肝試し? ウェンディは怖がりだったような気がするけど平気なのか?」
「怖いからこそ楽しいんだよ。ね、一緒に肝試ししよう?」
ウェンディから遊びに誘われたのに、俺が断るはずがなかった。
幼い頃からそうだ。
だってウェンディとの遊びは、今も昔も、何よりも優先するべき予定だからだ。
「別にいいけど、本当にお化けが出ても知らないぜ?」
「大丈夫。もしそうなったら、ルドガーが守ってくれるもん」
ウェンディが可愛らしいことを言ってきた。
久しぶりに見るせいか、それともウェンディが魅力的に成長したからか、まるでウェンディが天使のように見えた。
……ああ、天使ではなく、ウェンディは聖女なんだったか。
「俺とはぐれたらどうするんだよ」
俺が照れ隠しに意地悪を言うと、ウェンディは小指を立てて微笑んだ。
「はぐれても私たちはまた会えるよ。私たちには、おまじないが掛かっているから」
可愛すぎる!
これはまずい、非常にまずい。
二人きりで肝試しなんかしたら、ウェンディの可愛さで、俺はどうにかなってしまうかもしれない。
…………そうだ。
肝試しには、俺が冷静になれる人間を連れて行こう。
冷静になれる……そうだ、あの女がいい。
公爵令嬢のローズ・ナミュリー。
あいつがいたら、浮かれた気分もきっと冷めるだろう。
出会ってすぐに分かった。
あいつには、他人をイラっとさせる才能がある。
ついでに俺がカッコよかったさっきの試合も見てなかったようだから、ここらで俺のカッコよさを見せつけてやるのもいいかもしれない。
「肝試し、どこでやるのが良いかな?」
「実は学園には、旧校舎が存在するんだ」
「旧校舎!? いかにもお化けが出そうな感じだね」
実は俺は中等部の頃に、旧校舎には何度も潜り込んだことがあり、秘密の抜け道も知っている。
夜に行ったことも何度もあるが、もちろんお化けなど見たことはない。
だから俺は肝試しというよりも、ウェンディとあいつの怖がる姿を楽しもう。
「肝試しなら夏にやるのがいいだろうな。夏はお化けが活発になるらしいからな」
「そうなんだ!?」
「ああ、だから夏に肝試ししようぜ。旧校舎は逃げねえからさ」
ああ早く、夏にならないかな。
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