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【第四章】 町での邂逅
第64話 真相の断片
しおりを挟むその日の夜、夢に出てきたローズは、いつもと違って笑顔の中に悲しみを滲ませていた。
「急な話だけど……あなたがあたしと会うのは、これが最後になるわ」
最後?
もう私の夢には出てこないということ?
「あたしの処刑日が決まったの。だからそれまでに魔力を最大まで溜めないと。特大魔法の三重掛けをするからね。いくら天才のあたしでも、魔力の減った状態でそれは無理。ってことで、魔力を温存しなくちゃだから、特大魔法以外の魔法を使うのはこれが最後だよ~ん」
ローズはふざけてみせたが、空元気のように感じてしまう。
自分でも気付いたのか、ローズは顔から笑いを消して大きな溜息を吐いた。
「はあ。あまりにも急な話だと思わない? 学園の外では、あたしの両親や魔術協会が冤罪を主張しているところだっていうのに、いきなり処刑だなんて。まるであたしの冤罪疑惑が大きくなる前に処刑しようとしているみたい」
言われてみると、確かに急な話だ。
原作ゲームではウェンディルートのみをプレイしていたから「悪女の断罪だ、やったー!」としか思っていなかったが。
ローズの件は、あまりにも内々に処理されている気がする。
「あたしが『死よりの者』に繋がる扉を開けたから、ある意味では冤罪ではないけれど……誓ってあたしは『死よりの者』を操ってはいないわ。事件は彼らが勝手に起こしたの。でも、そもそもあたしが扉を開けなければ彼らは出てこなかったわけで……この辺は難しいところよね」
ローズは自分にも責任があると思っているようだが、ローズは故意に扉を開けたわけではないはずだ。
だって原作ゲームでもローズは自身の感情を抑えようとしていた。
その結果「黒薔薇の令嬢」と呼ばれ周りから人がいなくなったが、それでも感情を抑えることを貫いていた。
今なら言える。
ローズは加害者ではなく被害者だ。
「でも、解せないのよね。扉のことは誰も知らないし、あたしは『死よりの者』を操ってもいない。それなのに、あたしは犯人扱いをされている。もしかすると、誰かに、犯人に仕立て上げられたのかもしれないわ。だってあまりにもあたしに不利な証拠ばっかり残っている……ねえ、やってもいないことの証拠が残ってるって、何!?」
ローズ側の意見だけで判断するのは早計かもしれないが、どうにもおかしい。
扉の件は他人が知ることの出来る話ではない上に、ローズは『死よりの者』を操った犯人ではないのだからローズが犯人だという証拠があるはずもない。
もしかしてローズは、罠に嵌められたのだろうか。
「考えたくないけれど、あたしがいなくなって一番得をするのって王子殿下なのよね。あたしが罪人なら、婚約破棄の賠償金を支払う必要は無いし、あたしと婚約破棄をすればウェンディと円満に婚約できる。ウェンディはいろんな男に惚れられていたから、早めに自分だけのものにしたかったということかしら」
ウェンディと婚約するためだけにローズを処刑する?
さすがにエドアルド王子はそこまでのクズではないと思うが……いや、エドアルド王子が私の推しだからそう思いたいだけだろうか。
実際の歴史でも、別の人と結婚したいから妻に無実の罪をなすりつけて処刑した王がいる。
無い話ではないのかもしれない。
「まあいいけれど。まんまと犯人に仕立て上げられたあたしも迂闊だったし。でも、だからこそ、一泡吹かせてやるわ……あなたがね!」
ローズはまっすぐ私のことを指差した。
…………え、私?
「あなたが過去を変えてくれれば、未来が変わるはずよ」
ローズに罪をなすりつけた犯人を見つけて復讐しろということだろうか。
私に、出来るだろうか。
しかし私の考えはすぐにローズの言葉によって打ち消された。
「あたしの復讐をしろ、なんて言わないわ。あなたはただ好きなように生きて。ローズ・ナミュリーとして、泣いて笑って好き勝手に生きて」
どういうこと?
ローズは復讐を望んで……ない?
「最初はあなたに意地悪を言っちゃったけれど、あたしはあなたのことを恨んでもいなければ、あなたに過度な頼みごとをするつもりもないの」
目の前のローズは、とても高校生には見えなかった。
達観したような目は、慈しみを含んだ微笑みは、私よりもずっと年上に見える。
「泣いて笑って自由に生きるローズ・ナミュリー。あなたにそうやって生きてもらうことが、かつてローズだった、あたしの願いよ」
なんて……なんて、ささやかな願いだろう。
ローズはこんなささやかな願いすら叶わない境遇にいたのだ。
「感情を殺して自分の世界に閉じこもっていたあたしみたいな生き方ではなく、あなたは自分の扉を開けて外の世界と繋がって」
自分の扉を……開ける。
「ふふっ、もちろん自分の扉を開けるというのは比喩よ。でも言いたいことは伝わるでしょう? 自分の世界に閉じこもって一人で生きようとしないで、という感じかしら」
ローズはいつものお茶目な笑い方ではなく、とても柔らかく朗らかに微笑んだ。
「自分の扉を開けることは、とても怖いことだわ。扉を開けた先にあるのは、良いことばかりではないもの。扉を開けなければ知らずに済んだのに、と後悔することもあるわ。扉の先にいる誰かと関わったせいで、辛い思いをすることもあるわ。良いことばかりではないのが現実よ」
自分の扉を開けることは、とても怖いことだ。
扉の外へ出て、外の世界と触れ合うのは怖い。
未知のものに触れるのは怖い。未知の人や価値観が私を虐げるかもしれない。
扉を開けて、自分の世界に外の人たちを招き入れるのも怖い。
自分をさらけ出すのは怖い。披露した自分を蔑まれて笑われるかもしれない。
『私』はそれが苦手だった。あまりにも臆病だった。
「それでも……勇気を出して自分の扉を開けることが出来たら、きっとあなたの世界は広がるわ」
結局『私』は、勇気を出せずに死ぬことを選んでしまった。
自分の扉を開けずに、扉を閉めたまま葬り去ることを選んでしまった。
「だから……ローズ・ナミュリーになった、あなた。どうか自分の扉を開けて。広い世界と繋がって。踏み出すことを怖がらないで……ううん、怖がってもいいわ。怖がりながらでも、前に進んで」
こんな『私』でも出来るだろうか。
怖がりながらでも、自分の扉を開けることが。
「あなたなら、きっとできるわ」
ローズは私の不安を包み込むような、満面の笑顔を見せた。
そして両手を広げて、私を送り出す。
「さあ、扉をあけて」
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