僕らの名もなき青い夏

遊野煌

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三話

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「何? 僕にうまいことまとめられて不満? でもこれで葵が選択すべき候補が、ひとつみつかったでしょ」

「候補って……野球しに大学行けってことかよ?」

「そうだよ」

「あのな、簡単にいうなよ。大学の費用ってめちゃくちゃかかるし、俺まで大学行ったら、親の負担、目に見えてるしな……」

俺には二つ上の優秀な兄、りょうがいる。涼は獣医を目指して現在、一人暮らしをしながら地方の大学に通っている。そんな涼を全力でサポートするべく、専業主婦だった母は現在朝から晩まで弁当屋でパートとして働いている。

「拓海は? 歯医者継ぐのかよ?」

俺の言葉に拓海の顔が少し曇った。

拓海の父は歯科医で地元で歯科医院を経営しており、拓海は一人っ子だ。

「僕のことよりさ……葵の話しよ。葵はさ、たまには我慢せずに自分のやりたいようにしてもいいんじゃないかなって」

「え? なんだよそれ」

「うん、葵ってさ……すごく周りの目を気にするっていうか敏感に感じ取るっていうか……繊細じゃん」

「な、なんだよ。急に……」

拓海の真面目な顔に俺は心臓がどきんとした。

「……これでも葵とは物心ついた頃からずっと一緒だったから、なんだろな。友達とも家族とも違うけど……こう距離が近いっていうか、なんでもわかるっていうか……上手くいえないけど生まれたときから……ずっと一緒の葵のことは他の人よりわかるつもり」

俺が拓海と初めて出会ったのは生まれてすぐだったらしい。

俺の家と拓海の家は隣同士にある。俺たちの母親同士が幼馴染で大親友だったことから、結婚をして家を建てる際、隣同士になるように建てたと聞いたときは驚いた。

そんな環境で育った俺たちは、気づけばいつも一緒だった。

俺の隣には当たり前に拓海がいて、当たり前にこれからもずっと一緒に居られる気がしてた。

「拓海が、それいうなら俺も一緒だし……拓海が体調悪い時はすぐわかるし、温厚だけど意外と意思が強くて、一度決めたことは絶対曲げない強さがあることも知ってるし……あと、困ったときに頬かくクセとか」

「え……あ、ほんとだ……」

拓海が頬から指先を離すと恥ずかしそうに少しだけ俯いた。

(……俺、何言って……)

気恥ずかしくなった俺は口を閉ざした。すぐに拓海が、ふっと笑う。

「……なんかわかんないけど……青春してんのかもな、僕らも」

「ちょっ……なんだよそれ! なんて返したらいいかわかんねぇだろっ」

「あはは。葵、顔あかいよ」

「ばぁか、うっせ。暑いからだよっ!」

ようやく少しだけ傾いてきた太陽をみながら俺が立ち上がると、拓海も立ち上がる。いつも間にか拓海の身長は俺よりも少しだけ高くなった。

「あれ? 拓海また伸びた?」

「どうだろ? でも小さい頃は、ずっと葵のが高かったから……なんか未だに変な感じだけど」

いつからだろうか。俺より背の低かった拓海は俺より少しだけ背が高くなって、いつの間にか拓海の方が俺よりもずっと、将来について考えるようになった。

いつまでもこのままじゃいられないのに、俺はいまだに自分の将来がよくわからない。 

何がやりたいのか。
どうしたいのか。
わかんない。
決めきれない。

難しいことなんて何も考えずに、ただ拓海と並んで同じ道を歩めたらどんなにいいだろう。


「葵、帰ろっか」

「……おう」

俺は何とも言えない感情が心に渦巻きながらも、今日も拓海と一緒にいつものように家まで帰れることにほっとする。

なんだか恥ずかしくて絶対に口には出せないが、家族や兄弟以上に隣に拓海がいると安心する。

このままずっと一緒に隣で歩いていけたら、なんて叶うわけない願い事を七夕の度に星空に願っていることを俺は誰にも言ったことがない。

でも本当はどんなに願っても叶わないことをもう随分前からわかってる。

いつまでも子供じゃいられないから。年を重ねて大人と呼ばれるモノになっていかなきゃいけないから。

でも今だけはまだ気づかないままをしていたい。知らないフリをして子供のままでいたい。


「……ずっとこのまま歳とらなきゃいいのにね」

俺と同じようなことを考えていたのかもしれない。拓海はオレンジ色の空を見上げながら、そうポツリと呟いた。
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