皇帝陛下の深くてちょっと変な愛

ゴオルド

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第12話 巣

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 アーシャはあれからもたびたび物を盗んでいるらしい。だが、ルタもエミナも、アーシャの窃盗について罪をとがめるどころか、何の行動も起こしていない。

「被害者の数が増えるのを待っているの。もっと罪が深くなるようにね」
 そう言って笑うエミナがちょっと怖い。何か考えがあるようだ。

 泳がされていると知ってか知らずか、アーシャの窃盗はどんどん大胆になり、先日は城の通路に設置された剣士の石像(実物大。とても重い)を盗んだとエミナから聞いた。実は力持ちなのかもしれない。普通石像はひとりで運べないよ。というか石像は盗まないよ。


 預かった金の指輪はまだ返していない。だって、どう言えばいいの。アーシャが盗んだなんて……。だって初恋の人なわけでしょう。そんな人が盗んだなんてことを知ったら、陛下はショックだろう。言えない。
 かといって、うまい作り話も思いつかず、結果的に私がずっと持っている状態だ。紛失したら困るので、革紐に通して首からかけている。それも服の下に。服の上にはムーンドロップ、服の下には陛下の指輪というぐあいである。なるべく人に見られないよう、こそこそと隠し持っているわけで、これではなんだか私が盗んだみたいだ。後ろめたい気持ちになる。早いところ返したい。


 見えない悪霊だが、夜限定で出没することがわかってきた。昼は安心していい。だから、私は昼に寝て、夜は悪霊退治に務めるようになった。

 そのせいで、ここ最近は陛下とあまり遊んでいない。だって起きている時間が違うからね。一緒に釣りをしたり、森で珍しい虫を探したり、浜辺でたき火をしてお肉を焼いたり、(卵をとろ火で8時間茹でる)をつくってみたり、そういうことは中止となっている。友好度を高めるためのこうしたレクリエーションは、なぜか陛下にとっては「色仕掛け」になってしまうようなので、これを機会にやめてしまってもいいのかもしれないなあ。ちょっと残念かもしれないけど。

 昼間、陛下は私の部屋の前までやってきているようだ。でも夜に私が悪霊退治をしていることはルタ経由でご存じだから、寝ている私を起こすようなことはしない。かわりにドアノブにお菓子がかけられている。差し入れなのだろう。お礼のお手紙を、といっても一言だけだけど、書いて、深夜に陛下の部屋のドアに挟んでおいた。


☆ ☆ ☆

 その夜も、日が暮れると私はベッドから這い出して、悪霊退治のために巣をつくりにいった。
 巣は、いつも陛下の部屋の近くにつくる。
 材料は、敷物、クッション、薄い掛け物、うちわ、本、ランプ、飲み物、お菓子といったものだ。それらを寝そべったときに良い感じになるように城の通路に並べるのである。

 私は毎晩巣にこもって、お菓子を食べたり、ランプのあかりで本を読んだりして、城の中に悪霊の気配がないか探る。キタ! と思ったら、巣から飛び出していって退治して、また巣に戻り、寝そべってお菓子を食べるのである。

 城の兵士たちは、巣の発生当初は驚いたようだが、今ではすっかり慣れたようで、巡回の時などには私の巣を堂々とまたいでいくようになった。みんな足が長くて感心である。

 巣は、夜明けとともに片付ける。
 陛下は毎晩自室近くに巣がつくられていることを知らない。知られずにこっそり撤収するのが私の最近のミッションである。ちょっとしたイタズラ気分だ。


 今夜もいつものように巣作りを終えたところ、すぐさま悪霊の気配を感じた。おおっと、これだから油断がならない。方角は西のほう。走っていって、兵士の訓練所にいた悪霊を退治した。その戻る途中でまた感知し、今度は東へと走っていって、中庭の井戸にいた悪霊を退治した。
 いきなりの二連戦である。その上、連日戦っているので疲労も溜まっていたのかもしれない。巣に戻って横になると、ついうたた寝をしてしまった。


「アーシャさんって、陛下の初恋の人らしいぜ」
「マジで?」

 夢うつつに知らない男性たちの声を聞いた。城の兵士だろうか。

「初恋があれで、今はハルーティさんか。なんで変人ばっかりなんだ。陛下って女性の好みがおかしいよな」

「完璧な人間はいないってことだろ。一つぐらい欠点があったほうが親しみが持てていいさ」

「確かにな」

 わはは、という笑い声が徐々に小さくなって、私は眠りのふちで考える。欠点って何。ねえ、ちょっとどういうことなの……。


「どういうことなの!?」
「何がだ」

 はっと目を覚ますと、目の前に陛下がいた。というか陛下が通路にしゃがみこんで私の顔を覗き込んでいた。その目にはいつものようにあたたかなユーモアをたたえている。

「あれ、夢?」

 身を起こして、あたりを見回した。今は深夜だろうか。あたりに人の気配はなく、城はしんと静まり返っていた。っていうか、私、寝てた!?

「私としたことが、ね、寝てしまうなんて!」

「疲れているのであろう」

「ご、ごめんなさい、陛下。私、神官としてちゃんと頑張らなきゃいけないのに」

 慌てて悪霊の気配を探る。大丈夫だ、いない。ひとまずほっとする。今はまだ悪霊の被害者は出ていないが、油断したらどうなるかわからない。

「本当にごめんなさい……」

「謝ることはない。そなたはたったひとりで城の悪霊に対処しているのだ。よく頑張っている。ところで、この荷物の山は何なのだ」

 陛下は通路に置かれたクッションやらうちわやらを興味深そうに眺めた。

「これは巣です」

 少しの間ののち、陛下は頷いた。

「そうか。巣か」
「はい」

「ハルーティの巣なのだな」
「はい」

「ハルーティは巣作りをする習性があるのだな」
「はい」

「ハルーティは、気に入ったオスを巣に連れ込む習性はあるか?」
「ないです」

「それは残念なような、安心したような」
 そう言いながら、陛下は私の隣に腰をおろした。

「ところで、さっきから気になっていたのだが、これはどうしたのだ」

 陛下が私の胸元に手を伸ばし、首からかけている革紐を指ですくった。いつのまにか指輪が服の外に出てしまっており、ムーンドロップの隣でランプのあかりを受けて金色に煌めいていた。

「我の指輪か? 紛失したと思っていたが。なぜハルーティが持っているのだ」

 訝しげに見つめられて、心臓がどきんと鳴った。いや、私は怪しいことなど何もないのだから慌てる必要はない。それなのに動揺してしまう。

「こ、これは……私が盗ん……」

 言いかけて口をつぐんだ。私が盗んだわけではありませんなんて、とっさに言おうとしたが、なんだそれは。かえって怪しいじゃないか。逆に自白めいている。でもアーシャが盗んだとも言えない。そんなの陛下が悲しむ。
 ああもう、私の馬鹿。さっさと返せばよかったのに。今さら後悔してもおそいけれど。

「盗んだ、と言ったか?」

「え、えっと、ええと……」

 疑われてしまったかも。どうしよう。失望したかな。人の物を盗むような人間だと思われたくない。でも、どうすれば。そうだ、拾ったって言ってみる? いやいや、そんな嘘を誰が信じるの? もう泣きたい。

 陛下は眉をしかめ、ふうと息を吐いた。胸がぎゅっとなる。
「何か事情があるのだな。ハルーティは我の物を盗んだりはせぬからな」

「え……」
 なんで。何も説明してないのに。それどころか怪しさしかないのに。

「いや違うな、我の心は盗んでおったな。前科一犯であった」
 そう冗談めかして陛下は笑った。
 じわあっと涙が出てきた。そっか。疑ったりしないんだ。ごしごしと目を擦る。

「その指輪は返してくれ。父の形見なのだ。それにハルーティにはサイズが合わぬであろうから」

 革紐から指輪を外して手渡すと、陛下は指輪を薬指にはめて部屋に戻っていった。こんなふうに何も言わずに別れるなんていままでにないことだ。しゅんとしていたら、すぐにドアが開いて、陛下が出てきた。手に何かを握り込んだまま、私の隣に座った。

「ルタから聞いたが、悪霊が見えなくなったそうだな。異教徒を愛してしまったせいだな。我と親しくしているせいで神官としての力が失われたのであろう」

 予想外の衝撃に見舞われて愕然とした。

「違うと思います。そんなの……絶対違います。セラムはそんなに狭量な女神ではないです……」

 それは陛下に言っているというより、自分自身に言い聞かせるようなものだった。陛下は目を細めた。

「気づいていたか? ハルーティ」

「何をですか」

「そなたはずっと我の求婚を拒んでおるが、いつも「結婚はできない」とか「無理」とか「宗教上の理由」とかそんなことばかりで、決して言わぬ言葉があるのだ」

「……」

「好きじゃないとか愛してないとか嫌いとか、そういうことは絶対に言わぬ。それはどうしてだ?」

「そんなの……深い意味はない……です……」

 陛下の目の奥が優しく笑っているのを見て、声が小さくなる。

「それに、なぜ我の部屋のすぐそばに巣をつくるのだ?」

「え?」

「城全体を見張っているのであろう? ならば我の部屋のそばでなくとも良いはずだ。我のことが心配だったからであろう? 一番守りたいと思ったから、ここに来たのだ」

「……」
「ハルーティ?」

 じりじりと追い詰められて、逃げ場を奪われていく。

「違う……違います……」

 自分に言い聞かせるみたいに、何度も繰り返し呟く。視線をそらしても何からも逃げられないのに、床や壁ばかり見てしまう。

 陛下は喉の奥で笑った。
「いつかハルーティの口から本当のことを聞かせてくれ。それまでは、それでよい」

 頭に手を添えられて引き寄せられて、頬にキスされた。

「さて、これを渡しておこう」

 金の指輪だった。陛下のものとよく似ているが、サイズが小さい。

「へ、陛下、これって……」

「つけるのに抵抗があるのなら、先ほどのように紐で結んでペンダントにすればよい。これはそなたを守るための……、いわばお守りだ。どうか持っていてほしい」

「じゃあ、じゃあ……お、お守りとして……」
「うむ」

 それは陛下の薬指にはめられた指輪と同じ輝きを放っていた。

「陛下、私……」

 私は指輪を自分の薬指にはめると、陛下の手をとって自分の胸に当てた。革の胸当ての上からだけど、感触は伝わる。

「ハ、ハルーティ!?」

 陛下が慌てた声を出した。恥ずかしい。どきどきしている。鼓動は陛下にも伝わっているのだろうか。そう意識することで、頬が熱くなる。

「大きな手……この手で世界を、みんなを守ってくださったんですね……今も……」
 胸に当てた手は硬直してしまっていて、だけど熱を持っていた。

「ハルーティ……いいのか……?」

 二人の不自然な呼吸音だけが深夜の通路にひそやかに響く。

「<霜を踏むように命を送る>!」
 周囲の空気が凍てついた。空気中に黒い穴が発生する。やった!

「大丈夫でしたよ、私、神聖魔法が使えました!」

 さっきまで胸、というか胸元のムーンドロップに当てていた陛下の手を両手で握って、ぶんぶんと振った。

「どう……いう……ことだ……」

 陛下が赤い顔のまま呆然としている。

「え? 異教徒と仲良くしたら神官としての力が失われるのではないかって、さっきおっしゃったから試してみたんです。大丈夫みたいです!」

「そう……か……良かったな……良かった……な……」

 陛下は仰向けに倒れ込んでしまった。

「陛下? どうしました?」

「期待してしまったではないか……」

「はい?」

 陛下は両腕で顔を覆った。胸が大きく上下している。
「いや、もう、よい」
 それきり黙ってしまった。寝ちゃった……わけではなさそうだ。

「ハルーティ」
「はい」
「次はないぞ。次に我を煽るようなことをしたら、もう止められぬからな」
「は、はい……?」

 ちょっとやりすぎてしまっただろうか。それはそれとして神聖魔法は陛下の仲とは関係ないようで、一安心である。

 では、どうして悪霊が見えないのか。原因がさっぱりわからない。早くゼマリウス山から助っ人の神官が派遣されるといいのだけれど。
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