皇帝陛下の深くてちょっと変な愛

ゴオルド

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後日談「似ている二人」

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「陛下」
「どうした、ハルーティ」

「あの、きのう、上司から言われたんです。以前より明るくなったって」
「そうか」

「陛下のおかげ、です……。陛下がそばにいてくれるだけで、私は笑顔になれる、んだと、思い、ます……」
「そうか……、抱きしめてもいいか?」

「だめです。それで、感謝の気持ちを込めて、焼いてきました」
「これ、は……」

「サソリパンです! 食べてください、元気が出ますよ」
「……そう、か……」

「頑張ってサソリの形にしました。いつもはザリガニっぽい仕上がりになるんですけど、きょうのはすごくサソリです。あと中身もサソリ多めにしておきました」

「……愛が……」

「はい?」

「愛が試されておるのだろうな……。いいだろう、受けて立とうではないか。サソリごときにひるみはせぬ。いくぞ!」

「はい! これで陛下もサソリシスターズの一員です!」

「……シスターズ……なのか、我も……」

「それで、食べながらでいいので、聞いてほしいのですが……。上司から聞きました、寄附のこと。ほんとうに嬉しかった。私、陛下にお礼をしたいです。それで、どうしたら喜んでくれるかなっていっぱい考えたんですけど、なかなか思い浮かばなくて。それで……それで? あれ? 陛下? どうしました? えっ気絶してる!? だっ誰か、誰かー!」

「うっ……ハ、ハルーティ……」
「へ、陛下?」

「……愛して……る……いつだって……我はそなたを……そなただけを……」
「言い方がもう完全に遺言! そんな最期の言葉みたいのはやめてください! ふざけてる場合じゃないですよ! どうしよう、誰か!」

 陛下はその後、本当に意識を失ってしまった。エミナが言うには、私が使っている干しサソリには気絶効果があるらしい。知らなかった。毒は抜いているから安全だと勘違いしていた。だって故郷である砂漠の村では子どもから大人まで食べていたけど、みんな平気だったのだ。砂漠の民には耐性でもあるのだろうか。ともかく、サソリパンはよその部族の人には食べさせちゃいけないということがわかった。

 陛下はその日のうちに意識を取り戻したけれど、大事をとって数日は安静にしておくこととなった。本当に済みませんでした……。看病させてください……。


 翌日。どういうわけか私はアーシャとともに草原にやってきた。
 窃盗の罪がうやむやになったアーシャだったけれど、さすがにちょっとは反省したのか、おわびに被害者の皆さんに手料理を振る舞いたいのだという。草原にはその食材探しにやってきたのだ。

「ハルーティも手伝いなさいよ。荷物持ちとか、イモ掘りとか」
 というわけで、なかば無理やり連れてこられてしまった。

 私は看病のために陛下の部屋に詰めていて、陛下もダメだと止めたのに、アーシャは私の革の胸当ての背中部分を掴んで、ずるずると引きずっていった。皇帝の権力はアーシャには通用しないらしい。


 初夏のまばゆい日差しの降り注ぐ草原は、腰丈ほどの草が風に吹かれて、ざわざわと音を立てて揺れていた。ところどころ可憐な白い花が咲いている。
 背の高い草むらに、大剣を持った黒髪の男の姿がちらちら見え隠れしている。皇帝陛下である。心配してついてきてくれたのだろう。本当に申し訳ない。アーシャは陛下に気づいていないようだ。あと草原には緑色のぶよっとしたものもいた。子羊ぐらいの大きさだ。なんだ、あれ。

 私は、草むらで震えているぶよっとした物体を指さしてみせた。

「ねえ、アーシャ。あれってもしかしてスライムじゃない?」
「ああ、そうね、スライムね」

 アーシャは私がタメ口になっても、呼び捨てにしても、全然気にしていないようだ。

「……スライムってモンスターだよね?」
「そうね」

「なんかこっちに向かってきてない?」
「そうね」

「……あのさ、あれに襲われたら死ぬよね?」
「そうね。でも雑魚だし、平気でしょ。簡単に倒せるわよ」

「え、アーシャってスライム倒せるの?」
「倒せるわけないじゃない、私は信仰心が足りなくて魔法が使えないんだから」
 なんでそんなにも堂々と自慢げに言うのか。

「ハルーティが倒せばいいでしょ」
「無理だよ。私はまだ悪霊退治の神聖魔法しか使えないし」

「……。なんでそれを先に言わないのよおお!」
 アーシャは一目散に逃げ出した。
「ちょっと、待って! 置いていかないで!」
 アーシャを追いかけながら、後ろを振り返ってみた。陛下が大剣でスライムを倒していた。本当に済みません!


 モンスターから逃げ回りながら、どうにかこうにか食材を集めて城に戻ると、アーシャは早速厨房をかりて、何やらつくり始めた。

「できたわ! ハルーティ、試食させてあげる」

 目の前に出されたそれは、沼……いや、毒の沼という感じの紫色のどろっとした液体だった。白いスープ皿になみなみと注がれている。
「これ、なに」

「野生の紫イモを使ったスープよ。私の故郷の料理なの」

「故郷の料理……つまり陛下のふるさとの料理?」

「そうね」

「へえ……」

 私はスプーンでどろりとした液体をすくい、おそるおそる口に入れてみた。

「激甘!」
 あまりの甘さに喉が焼けるようだ!

「これはジャムだよ、ジャムをもっと甘くしたやつ。美味しいけどスープではないよ」

「スープよ。飲みなさい、全部」

「ええ!? 無理じゃない? せめてパンに塗るとか……」

「いいから飲みなさいよ。それとも私の謝罪が受け取れないっていうの」
 そう言われると断りづらい。とはいえ、なぜ謝罪される側が気を遣わないといけないのだろう……そんなことを思いつつ、頑張って激甘スープを飲み干した。

「布教対決で引き分けにしてくれたこと、実は感謝してるのよ。あたしってあなたのこと誤解してたみたい。これからは子分にしてあげるわっ」

 甘いものを食べすぎて気持ちが悪くなってしまった私は、その夜、寝込んでしまったのだった。


<おわり>
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