皇帝陛下の深くてちょっと変な愛

ゴオルド

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第16話 あなたが喜ぶことを

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「それってカチュア様のことですか? 金色の前髪が長くて、銀縁眼鏡をかけている……?」
「そうそう。へえ、カチュア様っていうのか」
 なんかうっとりしているが。

「あの、カチュア様はセラム教徒ですよ。神官長で、私の上司なんです」
「そうなのか。ところでカチュア様はご結婚は」
「……」

「じゃあ彼氏は?」
「あの、フーランディアはサーニスラ教徒でしたよね」
「違うぞ」
「えっ」
 あれ、そうだっけ?

「俺はメリーテ教徒だ」
「風の神メリーテですか。それって風の魔法を使えるようになるために?」
 フーランディアは頷いた。

「フレイズ王子の旅を少しでも手助けしようと思って、入信して、魔法を覚えたんだ。だからメリーテ教に特に思い入れがあるわけでもないし、いつでもセラム教に改宗できる」

「いやいや、陛下といいフーランディアといい、なんでそう簡単に改宗って言っちゃうんですか。たとえ魔法目的で信仰していたのだとしても、改宗ってのはもっとよく考えてから……」

「改宗する」
「いや、だからね、こういうのは落ち着いて考えないと……」

「俺はもう決めた! 改宗するんだ!」
「いいから落ち着けええ!」

 肩を掴んで揺さぶっていたら、陛下が通りがかった。

「ハルーティ、フーランディアをいじめてはいかん」
「いじめてはいないです」

「可愛がってもいかん。焔で焼くぞ、フーランディアを」
「ええっ! 俺、焼かれるんですか」
「フーランディアが可哀想すぎます。いや、そうじゃなくて説得をしていたんです。だって軽いノリで改宗するっていうんですよ」

 フーランディアは私の手をふりほどくと陛下へと駆け寄り、姿勢を正した。
「陛下、俺は一目惚れをしました!」
「そうか」

「ですので改宗します」
「そうか。我もだ」
 二人は肩を組んで笑いながら行ってしまった。

「もっとちゃんと考えて! ノリで改宗しないで! お願い!」
 私の叫びが通路に虚しく響いた。


☆ ☆ ☆

 部屋に戻ると、カチュア様は窓辺に立って、城の外を見ていた。
「遅くなって済みません」
 振り返った顔には笑みが浮かんでいた。

「いや、なかなかうまくやっているようだな、ハルーティ」
「私、うまくやれているでしょうか?」

「ああ。この約半年で随分と表情が明るくなったようだ」
「明るく? 以前は暗かったですか?」

 上司は何も言わず、ただ笑うばかりだ。

「あ、そうだ。実は相談したいことがあったんです。あのナイフが召喚していた悪霊なんですが、私には見ることができませんでした……」

 陛下の言葉を思い出す。異教徒を愛したせいで神官として力が失われたのではないかと。

「あの、もしかして、異教徒と交流しているから悪霊が見えなくなったとか、そういうことってありますか?」
 もしそうだったらどうしよう。

「そんなことはあり得ないぞ、ハルーティ。我らの女神は寛容なのだ。異教徒とたとえ愛し合ったとしても何も影響はないさ。結婚するならちょっと面倒なことはあるがな。それで、その悪霊というのは、ああ、さっき私が退治したやつもたしかに姿が見えなかったが、あれは闇の魔法で姿を消していたんだ。私たちセラムの神官は、闇の魔法に抵抗する力が弱いからな」

「そうでしたか……」
 ほっと息を吐く。

「闇の魔法を使ったところで悪霊は悪霊。セラムの神聖魔法は通じるから倒すこと自体は容易だったな。それより……ハルーティ」
 上司は私の両肩に手を置いた。

「皇帝に近づき、寄附金をいただくという無茶な仕事をよくこなしてくれた」
「……はい?」
 なんの話?

「陛下からいただいた寄附金で、子どもたちの暮らしもだいぶ楽になった。ありがとうハルーティ」

「ま、待ってください、ちょっとよくわからないんですが、寄附金ですか? 陛下から?」

「なんだ、知らなかったのか。随分前に陛下はうちの教団に寄附してくださったぞ。子どもたちに使ってほしいと」

「そんな……」
 胸元に手をやり、指先でペンダントを探した。そこにあるのは金属のはずで、それなのにとても温かいもののように思えた。

「では、ここでの用も済んだことだし、一緒にゼマリウス山に帰ろう」

「あの! あの……もうちょっとだけ……ここにいてはダメですか」

 カチュア様は私をぎゅーっと抱きしめた。

「そうか、孤児として教団に保護されたハルーティが、とうとう自分の居場所を見つけたか。なら、おまえの望むようにしなさい」

 カチュア様にぎゅうぎゅうに抱きしめられながら、陛下にお礼をしたいなと思った。何か陛下が喜ぶことをしたい。

 どうしたら喜んでくれるかな。

 サソリパンかな、やっぱり。


<第二部 おわり> 後日談へと続く。

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