この島に優しい風が吹きますように

ゴオルド

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第19話 炎と破壊のドラゴン、パルナエ(職業はメイド)

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 馬の手綱を引いて、夜の街を歩く。
 自分のこつこつという足音と、馬のごつごつという足音がいやに響いた。
 今何時だろう。空を見上げてみても、星が瞬いているのが見えるだけでスウミには見当も付かなかった。あたりの豪邸の明かりは全て消えている。馬も眠そうだし、もう深夜なのかもしれない。今夜は王都に泊まったほうがよさそうだ。

「あっ、あの、すみませんっ。お金なら幾らでも払うので、一緒に来てもらえませんかっ」
 突然背後から声を掛けられて、スウミは思わず悲鳴をあげそうになった。

 振り向くと、メイド服を着た女の子が泣きそうな顔をして立っていた。赤い髪を一本の三つ編みにして背中に垂らし、両手でスカートをぎゅっと掴んでいる。

「びっくりした……あ、あれ? 以前どこかで会ったことがありますか?」
 スウミは、彼女の顔をのぞき込んだ。見覚えがある気がした。

「えっ、ないと思います。……いや、もしかしたらあるかも。イスレイ様と一夜をともにされたことはありますか。もしあるのなら、私と会ったこともあるかもしれません」
 スウミは自分の顔が激しく引きつるのを感じた。彼女はいま何て言った? イスレイ王子と一夜をともにしたことがあるかって? とんでもないことを言う子だ。そこでスウミはやっと思い出した。
「あなたは王城でイスレイ王子と一緒にいた方ではないですか? ほら謁見の間で」

「あっ、ああ! あなたはエルド様と一緒にいらっしゃったお方! おなかが弱いという噂のお方ですね」
「あ、あはは」

 女の子の顔が曇った。
「……ということは、あなたの髪は栗色ではないのですね」
「え? ええ、違います」
「瞳の色はどうですか。ブルーですか?」
「む、紫色です」

 女の子はがっくりと肩を落した。
「やっと栗色の髪で青い瞳の女の子を見つけられたと思ったのに……。暗くてよくわからなかった……。でも、もうこんな時間だし、外を出歩いている女の子なんて他にいないし、どうしよう……」
 ぽろぽろと涙をこぼしてしゃくり上げている。事情を聞いても、泣くばかりで話にならなかった。スウミは警戒するようにあたりを見回した。王都は治安が良いとはいえ、こんな深夜に長時間路上にとどまるのはさすがに危険だ。ひとまず酒場にでも行こうと誘ってみたら、彼女はこくんと頷いた。

 スウミは彼女の手を引いて、もう片方の手で馬のたずなを持って、王都シトの中心部、市場のあるほうへと向かった。メイドギルドで仕事をしていたときに酒場の清掃もやっていた経験があるから、こんな深夜でも営業している店で、なおかつ女の子が入っても大丈夫な店は大体わかる。こんなのきっと普通の貴族令嬢には無縁の知識だろうけれど。

 にぎやかな声が響く酒場を何軒か通り過ぎて、とある一軒の店の前で足をとめた。店前に置かれた木樽には花が植えられ、建物もきちんと手入れされている。通りに面したガラス窓から室内をのぞき見ることができた。客はまばらだ。

――ここが良さそうだ。

 中に入ると予想通り女性マスターがいて、二人を部屋のすみのテーブル席に通してくれた。スウミたちは見るからに訳あり客だろう。泣いている女の子と、さくらんぼ色した清掃服姿なのだから。注文を取りに来たマスターにお酒は飲めないことを伝えると、咎められることもなくお茶とパンケーキを用意してくれることになった。ありがたい。いざとなれば白麦酒の一杯ぐらい飲む覚悟だったが、そういう無理はしなくて済んだ。

 ちなみに所持金はそれなりに持ってきているから、支払いで困ることはないだろうと思う。といってもこれは会社のお金だから、無駄遣いには使えない。でも今夜のお茶とパンケーキ代は無駄遣いではないと思う。いや、無駄遣いなのかな。そうだとしても彼女を放っておけなかったからしょうがない。

 あったかいお茶を飲んで、彼女――パルナエはやっと涙がひっこんだようだ。
「落ち着きました?」
「うう……ぐすっ、ありがとうございま……わわっ」
 カップを両手で持った姿勢のまま頭を下げたので、お茶が少しこぼれた。

「大丈夫? やけどしてないですか?」
「うう、大丈夫です。熱いのは平気なので。でも、私っていつもこうなんです。何をやってもだめで……」
 せっかく引っ込んだ涙が、また出てきてしまったようだ。

「今夜だって、イスレイ様の命令で、栗色の髪で青い瞳の女の子を見つけて王城に連れて帰らないといけないのに、一人も見つからなくて……。やっと見つけたと思ったあなたは金髪で紫の瞳だなんて」
「それはなんというか、残念? でしたね?」
 パルナエはかぶりを振った。
「あの、誤解しないでくださいね。金髪で紫の瞳もとっても素敵だと思います!」
「そ、そう。ありがとう……」
 彼女はこくこくと頷いている。なんだろう、このぽやっとした不思議な空気感。スウミはマノとビビカのことを思い出した。

(雰囲気が似てるかもしれない……)

「ところで、イスレイ王子はどうして栗色の髪で青い瞳の女の子を探しているんですか?」
 大体想像がつくけれど、一応聞いてみた。
「そういう女性を夜のお相手として好まれるので……」
「うわあ……」
 まったくもう、今度会ったらエロ王子って呼んでやろうかな。もちろん王子様にそんなことを面と向かって言ったら不敬にもほどがあるので、心の中で言うつもりだけれど。

「イスレイ様は、過去に栗色の髪をした青い瞳の女性を愛されたのです。でもなぜか別れてしまったらしくて、今でもその方の面影を追っておられるのです」
 スウミは言葉に詰まった。もっと軽薄な理由だと思っていたのだけれど、わりと重めな理由があったようだ。最低なエロ王子であることに変わりはないが。
「だから、私、その方に似た女性をお連れしないといけない、そう思うのですが、本当は嫌なんです」
「……そうだったんですね」
 これ以上は聞いてはいけないような気がして、話を終わらせようとしたのだけれど、彼女は全部ぶちまけてしまいたい気分だったようだ。
「イスレイ様は、朝になるとお泣きになるのです。夜に愛したはずの女性を部屋から追い出して、ひとりでお泣きになるのです。私はそれが一番嫌なのです。イスレイ様に泣いてほしくない……」
 このことは聞かなかったことにしようとスウミは決めた。いくら私を巨大ナメクジで殺そうとした人とはいえ、それはそれ、これはこれだ。誰だって人に知られたくない秘密の一つはあるだろう。そのとき、エルド王子の顔がふと心に浮かんだ。

「パルナエさんはイスレイ王子のことが好きなんですね」
「えっ?」
 彼女は驚きのあまり涙も止まってしまったようだった。
「違うんですか?」
「わかりません。そうなんでしょうか。私はただあの方に幸せになってほしいだけなのですが」
「うーん。それって好きってことなんじゃないのかなあ」
 そこでパンケーキが運ばれてきて、話は途切れた。


 結局、その夜はこの酒場に泊めてもらうことにした。
 パルナエはパンケーキを食べ終わると泣きながら王城へと帰っていった。別れ際には「愚痴を聞いてもらってすっきりしました」と言って泣いていた。

 栗色の髪をした青い瞳をもつ、忘れられない女性か……。どんな人だっただろうと考えそうになって、慌てて自分の思考を止めた。このことは忘れることにしたんだった。もう考えないようにしよう。
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